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ユリウスの城へ

「兄様ぁ、おきて、もう朝ですよぉ」

 大声と同時に自分の腹の上にダイブしてきた妹の頭をくしゃくしゃとかき混ぜながらクロードは体を起こした。

 こうやってクロードの部屋に供も連れず、ふいに入って来るのはユリウスかこの妹姫だけだった。

「エスペラント、おまえも結構重いんだから兄様は潰れちゃうよ。だからこんなマネは止めて欲しいんだけど」

 一応、兄らしくいいながらもエスペラントのわき腹をくすぐると、エスペラントがきゃあきゃあと笑い声を立てながら身を捩って寝台から降りた。

「いつまでもお寝坊しているからよ。言わせてもらえば、この頭どうしてくださるの? 二ザンもかけて女官に結わせたのにこんなにしてくれて」

 リボンの取れかかった黒髪を指差してエスペラントがぷくっと頬を膨らませた。

「あはは……ごめん、ごめん、だけどその方がさっきより断然可愛いけど」

 クロードの言葉に猛然と抗議するエスペラントを適当に受け流し、寝台から降りて衣装部屋の扉を開ける。

「どこまでついてくるの?」

「え? ああ、お着替えするのね、兄様。お食事の後、私を馬に乗せてくださる?」

 おねだりする、妹にうんと言いそうになって昨日の事を思い出した。

「ごめん、エスペラント、今日は朝から用事が出来て無理なんだ。また、暇が出来たら乗せてやるから」

「えーっ、嫌よ、兄様」

 素早く衣裳部屋にすべり込んで扉を閉めてクロードは服を着替え始めた。だが扉はドンドンと叩かれている。

 やれやれ……クロードは扉の向こうの妹姫を思って溜息をついた。十二歳のエスペラントは父親によく似た黒髪のくるくるよく動く黒い瞳の少女だ。

 小さい時から何となく城内で放っておかれたような疎外感を味わって育ってきたクロードにとって、しがみついてくる、邪気の無い妹姫のエスペラントは可愛くて仕方が無い。

 女官達の「女としてお生まれになったのなら、お母様に似ていらっしゃたら良かったのに」などという声がどうかエスペラントに届いていませんようにとクロードは切に思う。

 ダリウスとユリウス、エスペラントの母親であるエリーゼは、亜麻色の髪で色素の薄いユリウスと同じ水色の瞳の絶世の美女だったらしい。

 しかし、エスペラントを生んだあと体調を崩し、南のザーリア州に転地治療に行ったままあっけなく亡くなったのだ。

 まだ幼かったクロードやエスペラントはまったく覚えてないのだが、ダリウスは――綺麗な人、だったと思う。と、これまた頼りないことを言っていた。

 転地治療に行く前から病弱で、めったに人前に姿を現さなかったらしい。それでも城に絵が一枚残されていて、それは彼女が伝説のように美しかったことの証明になっていた。

 少し前に、初めてその絵を見て、何でユリウスが女装して描かれているんだと兄、ダリウスに聞いて笑われてしまったのだが……。

「だって、すごく似てるんだもの」

 言ったクロードにそうだなと、ダリウスが頬を染めて言っていた事を……思い出した。

 とにかく――それ以降ハーコート公は正式に妻を娶った事は無い。その代わり愛妾を城下の屋敷に住まわせているという噂はクロードも知っていた。

 誰に遠慮しているのか、クロードは解からないが、子供達では無い事だけは確かだ。ダリウスもエスペラントも父親が新しい妃を迎えるべきだと常々言っているし、クロードも同意見だ。

 ――ユリウスは父親の事なんか興味無さそうだし。

 物思いに浸っていたクロードは、バキッと扉の一部が壊れる音に我にかえる。

「エスペラント、そんなに叩くとルーバーになってる所が壊れちゃうよ」

 着替えを終えて扉を開けると頬を膨らませたまま、エスペラントがクロードに抱きついて来た。

「馬に乗せてくれるまでこの手を離さないんだから」

「ええ? 聞き分けてよ、エスペラント」

 うーんと唸って困り果てたクロードが天を仰いだ所に戸を開ける音がした。

「何だ、騒々しいし、乳臭い匂いがすると思ったらやっぱりおまえか、チビ姫」

 今日も一人でふらっと寄った風情で、壁に寄りかかったユリウスが目だけエスペラントへ向けた。

「ん〜もう、チビじゃあ無いわよ、失礼ね。ユリウス兄様には関係無いのよ。あっち行ってらして」

 宿敵の登場にエスペラントも熱くなる。

「チビだからチビって言ってるだけだし。もっと他の事も言ってやってもいいけど」

 泣きそうなエスペラントにクロードも加勢した。

「もう、止めてよ、ユリウス……兄様。大人気ないまねは止めてください」

 それを聞いて、そーだ、そーだと嬉しがるエスペラントにつかつかとユリウスが近寄って、クロードから引っ剥がすとそのまま長椅子に放りなげた。

「痛―いっ」

「何だよ、乱暴な」

 二人の抗議など鼻で笑い飛ばしてユリウスはクロードの腕を掴む。

「さっさと顔を洗って……目やにがついている。食事を済ましたら私の小宮においで、クロード」

 目元に手をやるクロードをユリウスがニヤリと見る。

「あ、それと食事は軽めにしとけよ。後で吐かれると面倒だからな」

 そして、腕を離して部屋を出て行こうとして思い立ったように振り向く。

「エスペラント、悪いけど当分、クロードは私が預かるからね。この前まで使ってた木馬にでも乗っておきよ。そっちの方がお似合いだと思うよ」

 しっかり無駄口を最後にユリウスは部屋を出て行った。

「んもう、私、ユリウス兄様、大嫌いよっ」

 扉に向かって大声で叫んでからしょんぼりとうな垂れる。

「絶対、近いうちに乗せてやるから」

 クロードがエスペラントの肩を軽く抱く。

「絶対よ、兄様」

 部屋を出て行くエスペラントと入れ違いに女官が入り、朝食と洗面の用意をする。

「後で始末をしにまいります」

 用意が整うと女官達は側に付くことも無く下がって行く。クロードが父親や兄のダリウス、妹のエスペラントと一緒に食事を取らなくなってもう久しい。

 それでも昔は、横で女官が何くれと世話を焼いていたのだが、一人で食事を出来る歳になってからは鬱陶しくていつも追い出していたら、いつの間にか誰も付く事が無くなっていた。

 また、ユリウスは、州城の敷地内にどういう理由か小さい城を貰い、そこを居室としている為やはり一緒に食事を取った事が無い。

 それどころか今までその城へクロードは入った事も無い。

 テーブルの前に座って並んだ朝食を見たが、さっきのユリウスの言葉に早速食欲が無くなったクロードはフォークで添え物の茹でたかぶをグサグサと突き刺した。

 ――今日ぐらい、エスペラントを誘って一緒に食べれば良かったかな。

 結局、一口も食べずにクロードは立ち上がるとユリウスの小宮へ向かった。小さい時からクロードだってそれ相当の勉強を先生についてやらされていたが、ユリウスが先生について勉強しているなどと聞いた事が無かった。

 まあ、離れた小宮に先生を呼びつけていたのならクロードが知ることは無いだろう。十八歳で成人となるこの国ではダリウスも去年、大々的に成人のお祝いをし、父親について政務を学びながら早くも権の移譲も少しずつ行われている。

 後継者が決まっている今の状態であれば、クロードもユリウスもごくつぶしに違いない。しかし、クロードについて言えば仮の姿だったわけだ。俺が王の影だとして俺の役目ってなんだろう? 反乱とかあったら身代わりになる……とか?

 一体、ユリウスから何を学ぶのか、それさえ解かっていない。自分より三つ年上なだけの兄が何を知っているのか?

 ――まあ、本人に聞くか。考え事をしながら歩いて綺麗に刈り込まれた庭園をすでに過ぎ、ちょっとした森の中を歩いている。ようやく森の中にユリウスの小宮が姿を見せた。

 ――ここまでちょっとしたハイキングコースだよなあ。

 クロードは自分が来た道を振り返り、目を前方に戻して城の門の所に長身の男が立っているのに気付いた。

 黒っぽい長めの上着を着た男だ。州城にいる官吏や下男とは服が違うがユリウスの従者だろうか?

「クロード様、お待ちしておりました」

 その従者は顔色の悪い頬骨の浮いた顔をにっこりと笑い顔にしてクロードを城へと案内する。殺風景な石造りの玄関ホールから一つ扉を開けるといきなり大きな部屋に続いていた。


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