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擬態する者

 深夜トラシュのサロンを冷たい空気が満ちている、その暗い室内に。二人の影があった。

「剣に気付かれてしまった」

 そう言った割には悪びれない様子の男に「あなたはもう少し考えて動かないとだめですよ」と低いハスキーな声が(とが)めるようにそれに応えた。

「いつまで待つんだ、もういいだろ。さっさと(さら)って帰ろうぜ」

「攫うって、私達は誘拐犯じゃないんですよ、まったく」

 月明かりに照らされて顔半分が闇に浮かぶ。

「カルラだけが目的ではないでしょう、兄上」

 呆れたように言った顔は、確かにトラシュの顔だったが……。

「そりゃあそうだがカルラを見たか。ベオークに居た時のままだった。男に変わってたらと思って心配していたが。俺は早く連れ帰りたいな」

 唇をべろりと自分の舌で舐めながら男は笑う。トラシュの反対側の男は、がっしりとした体つきに背負っている剣のシルエットが壁に大きな影を作っていた。柄の長い湾曲した剣を背負っている。

「まったく、全部三つづつあるメキラ兄上は擬態(ぎたい)がへただから目立つし、ハイラは動きが鈍いしで兄上を選んだけど、私とインダラだけの方が良かったかもしれませんね」

 長い息を吐くと、あっという間にトーマスとの間合いを詰め、自分よりはるかに大きい男の胸倉を掴んで引き寄せてトラシュが低く(ささや)いた。

「勝手な事をするなよ。カルラに正体を簡単にばらしてみろ、私がおまえをばらばらにしてやる。意味が解かるかい、鳥頭」

「わ、解かった」

 トーマスがごくりと喉を鳴らす。トーマスの返事ににっこりと人好きする顔に戻ったトラシュが男の服を離した。

「じゃあまた明日、トーマス」

 その声は先程の低いハスキーな声では無く、穏やかないつものトラシュのものだ。

「そ、そううだな」

 トーマスが顔の汗を拭きながら部屋を出て行った。




「レジスタンスの中に気になる奴がいる」

「気になる、ですか」

 自分の腕の中にいる主を見下ろして、ラドビアスが聞く。

「シャムシールに似ている長刀を持っている。私が今迄見たことがあるシャムシール使いは一人だけだ。大陸の南ではどうか知らないが、他の地であの刀を使う者は少ないだろう」

「クビラ様の事を言っておられるのですか」

「本人はシャムシールではないとぬかしていたがな。擬態しているくせに得物を変えていないなんて考えなしの馬鹿はクビラしかいないだろう」

「ユリウス様」

「何だ」

「仮にもあなたのお兄様ですよ、そのクビラ様は」

 ユリウスは、はっと大きく息を吐いた。

「私があいつと血が繋がっているなんて虫唾が走る。ついでに言えば他の奴らも大嫌いだ。湿った所にいる虫並みだ」

 そう言ってラドビアスをじろりと見上げた。

「おまえもその手を早く離せ」

 ユリウスは緩められたラドビアスの腕から逃れて、指に巻いてある綿布をするすると外す。

 ――もう一匹はどこに隠れている? 見つけて潰してやる。取りあえず解かっているクビラの方をこちらから急襲してやる。

「ラドビアス、明日クロードの名を使ってあいつをここへ連れてこい」

 床にしゃがみ、綿布を外した指を噛んで新たに血を滴らせると、ユリウスは床にせっせと何かを書きつけていくが、そのうちに大きく舌打ちして立ち上がった。

「足りないな、ラドビアス、血が足りない……デイビットを()れ、死体がいる」

「ユリウス様」

「少し早まったが丁度いい。最後の従者までうまく使ってやればダリウスも喜ぶだろう」

 自分がどれだけ非道な事を言っているのか、すでにユリウスの頭にはない。部屋に仕掛ける術の事で頭が一杯の主にラドビアスは軽く息を吐くと、頭を下げて部屋を出て行く。

 ……勿論、死体を作るために。

 ユリウスは淡々と作業を進める。魔方陣は血が確保されてからにしようと、モンドの廟から持ってきた呪符に自分の血を垂らして文字を書き入れる。次に息を吹きかけ、頭から抜いた髪をその呪符に包み、それを五角形に折って自分の懐に入れた。




 次の朝、レジスタンスのアジトの戸が叩かれる。

『コン、コン……コン』その音に中から声がかかった。

「モンドの蝶は――」

 符丁を尋ねる声に訪ねてきた男が落ち着いて答えた。

「――蜘蛛に捕らわる」

 少しの間の後、重たげな戸が少し開き、その隙間から男がうかがうように顔を出した。

「誰だ、おまえ」

 目の前に立つ長身の頬のこけた顔色の悪い男に見覚えがない。急いで戸を閉めようとするが、相手の男は閉めようとする戸を引き止めるように素早く身体を割り込ませてきた。

「私はモンド州の公子の従者ですが、そちらのトーマス殿に小宮のほうへおいで願えますように仰せつかって参りました」

「ラドビアス、ああ、この人は大丈夫よ。何なのクロードったら先生を呼びつけるつもり? トーマス悪いけど少しクロードの相手をしてやってくれるかしら」

 入り口でもめているのかと早々とアジトに入っていたアリスローザがやって来る。腰に手をやって後ろを振り返ると、奥のトーマスに声をかけた。湾曲した大刀を背負った男は素直に戸口に向かい、クロードの従者の後に続いて小宮に向かった。

 ――今日のトーマスはやけに素直だわ。後でクロードがみっちりしごかれているのを見に行くのもいいわね。

 男の後ろ姿を見送りながらアリスローザは悪戯っぽく笑った。



「解かっているんだろう?」

 前を行くラドビアスの背中に後ろから声がかかる。

「何が、でございますか?」

 ラドビアスの応えにへっへっへっ……と、下卑た笑い声が響く。

「おい、サンテラ」

 それでも知らぬ顔をしているラドビアスにじれて男が肩を掴んできた。

「俺だ、俺。上手く化けただろう?」

 前を行くラドビアスがため息をついて振り返った。

「来られるのですか、来られぬのですか?」

「ああ、行くさ、あのガキ刀で二つにしてくれる」

 にやにや笑って言う声は既にトーマスの声では無かった。




「こちらへ」

 手の平を上に向けて指し示された部屋を、男はおとないも無く開けると足音も荒く中に入る。部屋は陽が登ったというのに厚いカーテンが閉められ、薄暗い上に何やら香が()いてあった。

「坊主、来てやったぞ」

 しかし部屋の中、丁度真ん中の椅子に座っているのはクロードでは無かった。亜麻色の髪に水色の瞳のはっとするほど綺麗な顔に男は笑み崩れた。

「カルラじゃないか」

 トーマスの姿を(まと)ったクビラはずかずかと大股で歩いて、椅子に座るユリウスの元へ行く。

「何だ、俺に会いたかったのはおまえか」

 いきなり屈んでユリウスを抱くと、それに応えるようにきつくユリウスも抱きついた。それを見て、ラドビアスがぱたりと小さい音をたてて外から扉を閉じた。


だんだん、話が血生臭くなってまいりますが皆様ついて来てくださいっ。

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