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ユリウスの弱み

 さっきから鳴りっぱなしの腹を押さえて、クロードはユリウスの部屋の扉を叩いた。

「ラドビアス居る?」

 扉が開いて、ラドビアスがクロードを中に入れる。

「俺、腹へって死にそうだよ」

 クロードが大げさに声をあげてみせるが「一食抜いたくらいで死ぬもんか」ユリウスがすかさず冷たく切り捨てた。

「年寄りと俺を一緒にしないでよ、俺は一食抜いただけで死んじゃうんだよ」

 クロードは、ぱたりと部屋の床にわざと倒れ込んだ。おや、まあとラドビアスが笑い顔になる。

「まだ、お夕食の時間じゃありませんが、何か持って来ます」

 そう言ってラドビアスは部屋を出て行った。

(わめ)けばだれも彼も言う事を聞くと思っているんだろう。この万年餓鬼小僧。そんなに腹へっているのならそこの柱でも食べとけ」

 ユリウスが片眉を上げて床に伏せているクロードを見下ろすが、前半のセリフはそのまま自分のことだろう。そう文句を言いそうになる。

 そこにかちゃりと軽い音がして、ラドビアスが温かい湯気をたてているシチューとパンを盆に載せて入って来た。それを見ると文句なんて霧散して消える。

「うわ美味しそう、頂きます」

 ゆっくり食べて下さいとテーブルについた途端に、がつがつ食べているクロードにラドビアスが声をかけた。

「あの一人残った従者、この騒ぎが収まったら始末しろ」

 長椅子に足を投げ出して書物に目を通しながら、ユリウスが淡々とラドビアスに告げる。

「記憶を無くすだけではいけませんか?」

「記憶を無くしてモンド州に帰しても話が複雑になるだけだ」

 ユリウスが冷たくラドビアスに言い返した。

「話が複雑に――ではモンドの方々の記憶を消されたのですか」

 ラドビアスが驚いた顔をした。

「あっそれ俺がやりました」

 クロードがパンを持った手を挙げる。

「左様でございましたか、それなら承知しました」

「ちょっと待てよ。承知したってことはデイビットを殺す事を承知したって事? それどうにかならないの?」

「どうにもならないな」

 あっさりと了承するラドビアスに慌ててクロードはユリウスを見るが、ユリウスは本のページをめくる手を休めずに言い切った。

 それを聞くと、さっきまでの空腹感がどこかへ消えたようにパンが喉につかえだす。

「そろそろドミニクも動き出す」

「ドミニクが何?」

「ドミニクは私達を人質に取ったつもりなのさ。その価値があると思っている。私達を盾にとってモンド州に越境して廟を家捜ししようと思っているんだろう」

「だから忘却術を」

 お宅の次男と三男を預かっているので廟を荒らすのを大目に見てね、と言ったところでハーコート公はせせら笑うだろう。うちには次男も三男もはなから居ませんと。ドミニクは知らずに一番欲しいものをすでに手の内に入れているというのに。

「既にガリオールがライクフィールド候からドミニク候へ送った密約書を押さえて、国軍を向かわせている」

 ユリウスが本をぱたんと閉じてにやりと笑った。

「密約書?」

「ああケースワース候、ミルフォード候以下有力なドミニクに加担している貴族、将軍らの名前がばっちり入っている」

「そんな都合のいい」

「偽造したのだから、そりゃあばっちり全部ある事無い事書いてある」ユリウスがしゃあしゃあと言う言葉にクロードが絶句する。

 ――国軍動かす根拠が偽造文書って……。

「ふん、形さえ整ってさえいればいい」

 ユリウスが事も無げに言った。

「じゃあその三州とボルチモア州を国軍が囲むわけだ」

「国軍に囲ませてここに集結したレジスタンスのリーダーたちも結界を張って閉じ込める。同時に州兵を動かしてモンドの廟にいっている奴らにも結界を張って二つともなかに居る奴ら全員殲滅(せんめつ)する」

 にっこり笑ってユリウスが続ける。

「それとも生かしといて結界を張りなおす贄の一部にあてるか」

「すでに結界の張り直しには充分の贄の用意はできておりましょう。ここから海岸線へ運ぶ手間がかかります」

 ラドビアスの事務的な言い方にクロードはぞっとした。話だけでお腹一杯に成るほどの血なまぐさい話に、クロードは顔色を失くしついでに食欲も失くした。

「ごちそうさま」

「もうよろしいのですか、お口に合いませんでしたか」

 皿を脇に押しやるクロードにラドビアスが心配そうに聞いた。

「さっきあれ程騒いでいたくせに。全部食べてしまえ、クロード」

「人殺しの話を聞いていたら食欲なんて無くなるよ」

 ユリウスがまたも冷たく言うのにクロードがいい返した。

 ――ドミニクだろうがミルフォードだろうがレジスタンスだったとしても、ただの人間どもなどいくら集ってこようがどうにでもなると思う。だが問題はインダラの出方だ。

 そんなことを考えながら、ふとユリウスは自分の口元に手をやる。そして自分が引きつった笑みを浮かべているのを確認して苦笑いした。

 問題はインダラだけでもてこずりそうなのに、そうでない気がするのだ。他にももっと悪いものが入って来ている気がする。

「酒を、酒を持って来てくれ」

「ここのところ連日お酒が過ぎますよ。今日はお止めになっては」

 心配げに言うラドビアスに向けてユリウスが持っていた本を投げ付けた。

「うるさい、酒を持ってこいと言ってる」

 だんだん大声になる。

「僕のくせにいちいち説教めいたことを言うのは止めろ。二度も三度も言わすな。酒を持って来い、ラドビアス」

「畏まりました」

 ラドビアスは大きく息を吐いて、片手で受け取った本をテーブルに置く。

「果実酒を水で割ったものでは」

「なんでもいい」

 ユリウスはラドビアスが部屋を出て行くと、テーブルに置かれた本をもう一度扉に叩きつけるように投げた。ユリウスの剣幕に驚いてあっけにとられて見ていたクロードがユリウスに問いかける。

「インダラのことを気にしてるの? ユリウス」

「おまえはどう思う」

 問いを問いで返されてクロードは答えに(きゅう)する――インダラは経典を捜しにモンドの廟に行くだろうが闇雲(やみくも)に捜すわけはない。

「ユリウスの身柄を確保してから口を割らせる方をとるよね」

 ――だがどうやって口を割らせる? ベオーク自治国に連れて行かれるくらいなら死んだ方がましだとユリウスは言っている。その彼から経典のありかを吐かせることが出来るのか。弱みなんてどこにも無いし、と考え込むクロードを眺めていたユリウスは、はっと目を見開いた。

「おまえか」

「俺が何?」

 意味が解からず眉を寄せるクロードにユリウスは答えず、椅子から立ち上がってそわそわと部屋中を歩き回って……つと止まった。

「サイトスへ行け、クロード」

「サイトス?」

「そうだ、私の側にいるな。おまえも私の枷になりたくないだろう。今直ぐだ」

 ――ええっ、どういうこと。

「早く行け」

 質問する間も与えられず、ユリウスの大声に仕方なくクロードは竜門を開けた。クロードが消えると、ユリウスはほっと椅子に座り込んだ。

「危ないところだった」

 ――クロードを盾に取られたら私は経典の場所を言わないわけにはいかない。

 そこへ酒の用意をしてラドビアスが部屋に戻ってきた。

「お酒をお持ちしました。……クロード様は?」

「さあ部屋に戻ったのだろう」

 ラドビアスは部屋に残る竜門の揺らぎの跡を認めて目を細めたがなにも言わず、果実酒を背の高い細い杯に半分注いで半分を冷水で満たして主に渡す。

「カシス酒です」

 奪い取るようにユリウスが杯を取ってぐいと呷る。

「ゆっくりお飲みください」

 ラドビウスの言葉が終わらぬうちにユリウスはお代わり、と杯をラドビアスへ突き出した。はあーと盛大に溜息をついてラドビアスは二杯目を作る。さっきより水を多く入れたのが精一杯の抵抗だった。

「ラドビアス」

 呼ばれて振り向くと、ユリウスの手には先程ラドビアスが果実酒の栓を切るために使ったナイフが握られていた。ユリウスは、ラドビアスの首元にナイフを突きつけて壁際まで追い込む。素直に壁に背中をつけているラドビアスの首にあてたナイフに少し力を加えるとついっと一筋血が流れた。

「何ですか、お知りになりたいことがあるなら普通に聞いてください」

「おまえは信用できない」

 ユリウスがナイフを握った手に力を込めて新たに血が滴った。


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