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レジスタンスのアジト

 クロードは隣のユリウスの部屋の扉が音を立てたのを聞いて、ユリウスが返ってきたのを知った。

「アリスローザ、兄様が帰って来たみたいなんだけど仲間を紹介してもらうの、兄様も一緒でいいでしょ」

「そうね」

 立ち上がりかけたアリスローザを制してクロードが席を立つ。

「呼んで来るよ、待ってて」

「ユリウス、帰って来たんでしょう、入っていいかな」

「どうぞ、クロード様」

 ラドビアスが応じて扉を開けた。部屋に入るとユリウスは羊皮紙に向かって何やら描きこんでいる。

「それは何?」

「モンドの廟の大まかな地図だ」

「何で?」

「トラシュに渡す」

 顔を上げずに羽ペンを動かすユリウスの右手を、クロードは思わず押さえて止める。

「そんな事したらこっちが不利になるじゃないか」

 ペン先からインクが漏れ、黒いシミが広がるのを側にあった布で急いで吸い取り、ユリウスが顔を上げた。

「何も詳細なものを渡すつもりは無い」

「……え」

「それ、らしいものだよ。邪魔するなクロード」

 ――そういうことか。

「ねえ、アリスローザがレジスタンスの連中に引き合わせるって言ってるんだけど。ユリウスも来てよ」

 クロードの言葉にユリウスは面倒臭そうにペンをインク壷に突っ込み、羊皮紙をラドビアスにぽんと渡した。

「仕舞っておいてくれ」

 そう言うと、渋い顔のままクロードの部屋で待っているアリスローザの元に行くために扉を開けた。

 ところが。

「アリスローザ様、先程クロードからあなたもトラシュ様と同じくレジスタンス活動を主導しておられると伺いました。さすがトラシュ様の妹君、凛々しくていらっしゃる」

 直前までの渋面はどこへやら、アリスローザにお世辞を言いながらにこにこしているのだ。この、二枚舌がとクロードはユリウスの背中に舌を出した。

「主導しているなんて大げさだわ。でもトラシュ兄様のお手伝いをしているのは本当なの。お二人が力を貸して下さるなら嬉しいのだけど。アジトへご案内しますわ」

 先に立って出て行くアリスローザの後ろからクロードとユリウスも続いた。そのユリウスが付いて行こうとする、デイビットとラドビアスに「ついてこなくていい」と、冷たく言った。

「ですが」

 デイビットが食い下がる。

「聞こえなかったか」

 ユリウスの有無を言わせぬきつい調子にデイビットも黙る。小宮を出ると、主城に行くのとは反対方向へ向かった。そのうち前方に古い教会の尖塔のような物が見えてくる。

「あれよ」

 アリスローザが指差すそれは、近づくにつれ無残な姿をさらしていく。崩れかかった建物の中はそれこそ瓦礫の山でここに人がいるなどとはとても思えない。その瓦礫の山を半分以上迂回した先の床に金属で出来た四角い蓋があった。

 アリスローザは慣れた手付きで取っ手を引き起こすとそれを掴んで立ち上がるように持ち上げた。そこに地下に続く階段が現れ、暗く斜度のきつい階段をやっと下りて行く。すると降りきった所に分厚いドアが立ちはだかっていた。

 どん、どん、……どん。

「二回続けて少し間をあけてもう一回叩くの」

 アリスローザがドアを叩くとすぐに低い男の声が聞こえた。

「モンドの蝶は」

「蜘蛛に捕らわる」

 アリスローザの答えの後に内側から閂をはずす音がして、軋む音を立てながらドアが開いて男が顔を出した。

「私よ、モンド州の公子を二人連れてきたの」

 アリスローザに入れと、それだけ言って男は姿を引っ込めた。階段と同じくらい薄暗い足場の悪い通路を抜けると急に開けた部屋に出る。そこには大きな机とベンチ式の椅子が置かれていて、その椅子に五、六人の男たちが座って談笑していた。

 だが、アリスローザの連れてきた新顔の二人に気づくと皆がしんと黙り込んだ。

「紹介するわ、モンド州の公子のユリウス様とクロード。クロードにはさっき皆会っていると思うけど」

 なんで俺は呼び捨てなんだよ、アリスローザ。クロードはこっそりつぶやく。

「そして右からヘンリー、クリストファー、ステファン、マーク、ウィリアム、そしてトーマスよ」

 アリスローザの紹介の後に男達から不満の声が上がる。

「おいおい、モンド州っていえば今の国王の兄が州公をやっているところだろう。大丈夫なのか」

 ヘンリーと呼ばれた男が胡乱そうに言うと他の男たちも大きく頷く。

「そんなぺらぺらした服を着たお姫様みたいなのと可愛い坊ちゃん二人に何が出来るというんだ」

 クリストファーがおどけたように言うと笑いがどっと起きた。

「剣をふるうのは確かに出来ないし、するつもりも無い。でも、わたしの立場と資金はこの活動に有益だと思いますけど」

 ユリウスが落ち着いた声で一同を見回した。屈強な男たちに囲まれていようが、笑われようが、ユリウスが怖がることはあるわけもない。

 外見はともかく、ユリウスにとってこの男たちはまるで悪戯ざかりのガキに見えるらしい。

「ちえっ」

 トーマスは面白くなさそうに椅子から立ち上がると、壁にもたれて腕を組んだ。

「まあここの場所も武器も何もかもあんたらが提供してくれているんだから好きにすりゃあいい」

「次の襲撃の場所だが……」

 机に地図を広げてヘンリーがペンで何箇所か印を付ける。そこにいる人数分印があるということはここにいるのは各グループのリーダー格の者らしい。そう、クロードは見当を付けた。ヘンリーが話出すのを遮るように地図の上にトーマスの大きな手がどかっと置かれる。

「今日はその話は無しだ」

 そう言ってユリウスの方へ顎をしゃくってみせると、他の男たちもはたと黙り込んだ。じろりと見るトーマスにユリウスも負けずに見返して、暫くの間二人の睨みあいが続いた。

 だが、先に視線をはずしたのはトーマスだった。気まずい空気が流れる。

「その刀、変わってるよね、大陸で使われている物みたいだけど」

 張り詰めた空気を破って、クロードがトーマスの背負っている刀を指差して尋ねた。

「シャムシール」

 ユリウスの声。

「違うな」と、トーマスが応じる。

「よく似ているがタルワールだ」

 ぼそりと言って、背中から抜いた剣をクロードの鼻先に突きつけた。

「この剣は片刃だよね、突くのには向いていない」

 抜き身の刀の背をついと撫でて、クロードはトーマスに笑いかけた。

「それに良く似た剣を使う奴を私は知っているがおまえ、どこでその剣を手に入れたのだ」

 ユリウスが探るように目を細めてトーマスを見たが、当の本人は知らん振りを決め込んで壁にもたれている。

「シャムシール使いがレイモンドールにいるとはね。シャムシールは大陸の南でつかわれている湾曲した柄と刀が特徴だ。そいつのは柄が長い。振り下ろした時にてこの力が加わってより強力な力で切ることが出来るようにでもなっている」

 ユリウスの解説にウイリアムがへえーと感嘆の声をあげた。

「俺も剣術習いたいんだよね」

 クロードが呟く。

 一応モンドの城でも基礎は習っていて結構好きでもあったが今までもう少しつっこんで極めたいとは思っていなかった。ところが最近身の危険を感じることが多くなり、自分の命を他人に託すばかりなのが厭わしい。つまりは強くなりたいのだ。

 魔術においてはユリウスでいいが事、体術、剣術においてはからっきし頼りにならないことは解かっている。だからラドビアスに頼むつもりでいたのだ。

「トーマス、私に剣を教えてくれませんか。ここにいる間の、空いている時でいいのだけど」

「俺はいつもここにいるわけじゃないぜ」

「それはいいわ、トーマスは剣術の達人だもの。二日はいるでしょう、トーマス」

 やっと場が和んだとほっとしたアリスローザが口を出した。

「はっ、面倒なこった」

 トーマスが地面に向かって言う。

「嫌だって言わないってことはイエスよね」

 アリスローザがクロードに笑いかけてきて、クロードもつられて笑うが心からは笑えない。それは、さっきクロードに近づいたユリウスが耳元に短く言葉を残し離れたからだ。

「トーマスを探れクロード」

 ――え? と思ったときにはユリウスはクロードの側から離れていて、さっきの言葉がどういう理由かも解からなかった。

「クロードがやる気になってくれて私も嬉しいわ。早く私の相手ができるくらいになってね」

「あ、そうだね」

 アリスローザに曖昧に返し、クロードはトーマスを見やったが、トーマスはこちらを見ようともしなかった。

「では今日のところは私達はお邪魔のようですので失礼します」

 ユリウスがすたすたと帰る後姿にクロードも追いつこうと走る。

「ユリウス、俺剣うまくなるからね」

「何だ、急に」

「だからさ、おれの事頼りにしてって事だよ」

 ユリウスの背中が震えている。


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