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トラシュのサロン

「魔道師の勢いを削ぐ戦いを私達はしているの」

「そんな危険なことして……大丈夫?」

 クロードの言葉にふっとアリスローザの口元が緩む。

「危険が無いとはいえないけど。今の所、各地の廟を襲ったりしているだけだし。今年の夏至の日は今までに無い好機らしいのよ」

 ――そうか……結界を張りなおす日だ。

「何で」

 取りあえず相手の相手の真意を計ろうと思い、クロードは何も知らないふりをして聞いた。

「あのね、詳しくは知らないけどそこら中の大きな廟の廟長や州宰、魔道師庁の上位の魔道師がそっくりどこかへ行くのよ。おまけに夏至の日の夜は国中外出禁止になるらしいわ。夜陰に乗じてモンドの廟や国府にも入り込んで、悪辣な魔道師どもを成敗できるってわけなのよ」

 どうやら何でその日なのかは知らないようだ。『悪辣な魔道師ども』なんていう言葉で語るその魔道師そのものをアリスローザは、果たしてどれだけ知っているのだろうか。

 誰かに踊らされている――そんな気がクロードを暗くする。

「勇ましいね、はは……」

「絵空事だと思っているんでしょう」

 反応の薄いクロードにアリスローザが憮然として大声を出す。

「ええっ、いや、そんなこと」

 まあ落ち着いてと手を上げたクロードの手をアリスローザが掴んで降ろす。

「このレジスタンス活動にはお父様をはじめ各州候の後ろ盾があるのよ」

 アリスローザは鼻息荒く、紅潮した頬を見せ、どうだと腰に手をやるが、こんなに簡単に活動の裏のことまで喋っていいのか。クロードは人の事ながら心配になる。

「そ、それは頼もしいよね、各州候ってうちの父様もはいってるの?」

 重大な秘密を打ち明けたのにクロードにはあまり響かないようだとアリスローザに眉根を寄せた。まだ、事の重要性も解からない子供なのか。確か私より二つほど下だったはずだった。

「あなたのお父上は現王コーラルの兄ですもの、サイトスに近すぎるわ」

「そうか、そうだね」

 俺とユリウスはその子供って事だけど、それはいいのか。不思議な線引きだよな。心の内でクロードはそう突っ込む。ままごとみたい。そんなことを言えば、きっと烈火のごとくアリスローザは怒るだろうけど、クロードにはそう思えて仕方なかった。

「ライクフィールド候、ケースワース候、ミルフォード候、ガウス伯爵等々たくさんのお味方がいるわ。あなたはどう? ここまで聞いてやめるなんて言わないでしょう」

 ここに至って初めてクロードの意志を確認しようとするアリスローザに、微笑ましいとさえ思ってしまう。しかしそんなことはおくびにも出さず、クロードは深刻そうな顔をしてみせた。

「こんな私に出来る事があるかな」

「そんな事、お父様や兄様が考えてくださるわ、クロード大丈夫私がついているし」

 すっかり保護者気分のアリスローザに両手を握られる。

「うん、がんばるよ」

 調子よく答えるとアリスローザは満面の笑みを浮かべた。しかし、アリスローザの自分の意に誰もがたやすく応じると思っていることの危うさに内心穏やかじゃない。

 今まで自分の意に背かれた経験が無かったのか。彼女は人の外面だけを見て信じてはいけないという事がわかっていない。簡単に仲間に引き入れたと思っているクロードさえ、実はアリスローザの敵側の人間なのだから。

 ああ、そんな事を訳知り顔で思っている俺は十四歳にしてどんどん腹黒くなっていくのだとクロードはため息をついた。



 主城の二階の南側の端にトラシュのサロンがあった。南側は大きく窓になっているが今日は厚めのカーテンが天井近くから下げられていた。

 真夏にでもならないとこの海に近い水で周りを囲まれた城は肌寒いのだ。その為、午後とはいえまだ日は暮れていないのに灯の灯されたこの部屋は薄暗い。

それが返って親しみがわく空間になっているのかも知れない。毛足の長い絨毯にそのまま腰を降ろしている者、長椅子に足を投げ出している者様々に寛いでいる。

「皆様に今日、ご紹介するのは私の友人、隣州のモンド州第二公子のユリウス殿です」

 トラシュの言葉にユリウスがにっこりと微笑む。

「ユリウス・ヴァン・ハーコートです、よろしく」

 集まっていた者たちが様々に囁きあっているが、ユリウスは構わず奥の長椅子に陣取って早速酒を飲み始めた。ざわざわと他愛もない話が続く中、トラシュがすくっと立ち上がって話を始める。すると皆、話を止めてその姿を仰ぎ見た。

「皆さん、夏至の日まであといくらもありません。皆様のお力を借りる日がやってまいります」

 トラシュは余韻を計るようにたっぷりと間を取りながら話を続ける。

「モンド州との州境近くへ密かに集結させております、うちの州兵が途中こちらにおられるモーギャン卿率いるライクフィールドの州兵と合流してゴート山脈側からモンドの廟に入ります。廟を制圧して後、イーヴァルアイなる老魔道師を捕縛。それにより、このレイモンドールに巣食っている魔道師どもの首根っこを押さえる手筈になっております」

「我らが州境を侵犯しようとしている州の公子など呼んで大丈夫なのか、トラシュ」

 モーギャン卿がトラシュに厳しい目を向ける。

「だからこその第二公子ですよ、モーギャン卿。彼には将来モンド州を担ってもらうお手伝いをさせて貰う代わりにこちら側についてもらいます」

「そうなのか」

 モーギャン卿がユリウスの方へ顔を向けたため、皆の視線がユリウスに集まる。

「そのように承知しておりますが」

 酒を飲むのを一旦やめてそれだけ言うとまた杯に口を付けてぐいと呷ってユリウスは、立っているトラシュを見上げた。

「先程の話ですが、大事なところで穴が空いておりますよ」

「どういう意味だ」

 モーギャン卿が馬鹿にされたのかと大声を出す。

「我がモンド州のゴートの廟ですが、皆様行けば何とかなると思われているのなら大変だと思いましてね」

 ユリウスが笑いながら言うのを、トラシュが皆に目配せしてまあまあと宥める。

「理由を聞かせてくれますか」

「モンドの廟と皆様は一言で言ってらっしゃいますがモンドの廟は昔ならいざ知らず、今ではゴート山脈一帯に広がっているのですよ。山脈のあちこちに大小の廟が建っていてそれを一つ、一つ捜してゆかれるのかと思いまして。そんな事をしている間に私がイーヴァルアイなら竜道使ってスタコラ逃げているかなと思いますが」

 ユリウスの話に皆ぐうっと黙り込む。

「だからこそ、モンドの廟に詳しいあなたをお呼びしたんですよユリウス。あくまでも廟へは奇襲でなくては意味がありませんからね。そして、お酒はもうだめですよ」

 トラシュがユリウスの手から杯を取り上げてテーブルに置く。

「このくらい大丈夫ですよ、トラシュ様」

 憮然とした顔を隠そうともせずにユリウスは立ち上がった。

「私の知っていることはお教えします。それでは皆様、お先に失礼します」

 言うだけ言ってさっさとサロンを出て行くユリウスをトラシュが慌てて追いかける。

「皆様すぐに戻りますので」

「ユリウス、待って」

「あのモンド州の公子、女のような顔であれであてに出来るのか」

 自慢の顎鬚を撫でつけながらモーギャン卿が苦々しく言った。

「でも美しい方ですわね、噂以上でしたわ」

 横に座った豊満な体の女が嫣然(えんぜん)と笑った。



「ユリウス、気分を害したのかい」

 先を行くユリウスに走り寄るトラシュにユリウスは立ち止まって振り返る。

「あんな穴だらけの計画に私を引っ張り込むつもりだったのですか、トラシュ」

「それは」

 ユリウスにじっと見つめられてトラシュは僅かに目を背けた。

「父上や兄上を裏切って、成功するわけのない反乱ごっこに加わるほど私は世間知らずではありませんよ。いくら上位の魔道師がいなくても州境に兵が集められている事くらい廟は把握している筈です。それとも廟に対して、または、父上に対して何か他に有効な策があると言うのですか」

「……それは……」

「私には話せない事がまだあるようですね、トラシュ様。廟の様子については思いつく限り詳しく描いたものをお届けします。それでは失礼します」

 素早く踵を返して立ち去ろうとするユリウスにトラシュが追いすがるように言う。

「ユリウス、どうかわたしの話を」

「ラドビアス、いるか」

 トラシュの言葉を断ち切ってユリウスが自分の従者の名を呼んだ。

「はいここに」

 柱の影から姿を現したラドビアスがトラシュに頭を下げる。

「では明日またお目にかかります」

 トラシュが差し出した手を仕方無く握ると、その手にトラシュが唇を寄せる気配にユリウスはすうっと手を引いた。

 身を(ひるがえ)して帰るユリウスの後姿をトラシュは見送り、出したままの自分の手を見ながら呟く。

「つれないな」

 そして、にやりと笑った。彼らしくない笑み。しかしそれは直ぐに消えていつもの好青年の顔に戻った。


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