選ばれた者
今まで父親が自分の部屋に来たことなど無かった。そのせいでクロードは酷く落ち着かない気分で父親を見上げた。
「もう、体はいいのか」
そう言うハーコートは、手ずから寝台の側に椅子を置いて腰掛ける。
「父様、先ほどはお客様の目の前で申し訳ありませんでした」
暫く無言のままの父親にクロードは自分の出生についての疑問をぶつけてみようかと口を開きかけた。
「父様、あの……」
「先ほどのガリオールの言葉はダリウスには聞こえていないし、あれは何にも見ていない」
「えっ?」
――さっきのあれを兄様は見てないし、聞いてない?
「呪をかけられたのだよ、おまえは」
言って、クロードのシャツのリボンを解くと左の身頃を肌蹴た。見るとクロードの左胸に薄く何かの模様が浮き上がっている。
それは火傷のような赤紫の模様だった。
「これって?」
「……竜印」
父親がぼそりと言う。
「私もこれを見たのは今日が初めてだ――」
そう言ってクロードの目を見据える。
「クロード、おまえは私の子供ではないのだ」
ハーコートの言葉にクロードは、これから自分が知りたかった話が始まることを知った。
「私の子供では無いが、血の繋がりが全く無いわけでもない。我々は王の血脈で繋がっているのだ。おまえは、現王コーラル、私の弟の子供なのだ」
クロードの目が大きく開かれる。――父様は、この人は何を言っているのだ? 俺がこのレイモンドール国の国王の息子だって――?
クロードが混乱しているうちにもハーコートの話は続く。
「あと数年の後、現王コーラル陛下が崩御される。次期国王となられるのはおまえの兄、クライブ殿下だ。クライブ殿下が即位なされる時、おまえもサイトスに赴き王の影として王崩御の時までお側に付き従う事になろう。おまえとクライブ殿下は双子として生を受け、この国の王は双子の内一人が継ぐことになっているのだ」
「選ばれたのがクライブだった――と、いうことですか」
「いいや、選ばれたのはおまえだ、クロード」
ハーコートの言葉にまた、混乱する。
だいたい、双子なんてそんなに頻繁に生まれないし、それが条件であるというのならこのレイモンドール国が五百年も続いてきた事が嘘くさくなる。
そして、王では無く王の従属として生きる方が選ばれた者とはどういう事なんだ? 父の話を聞いていても他人事のように実感が湧かない。
――こんな事が俺と関わりあるはずが無い……。
唾を飲み込む音がやけに響いてどきりとする。クロードは、父親の話を神妙に聞いているのだが、その話は手のひらからこぼれる砂のように頭から落ちていく。
「王の即位の日までおまえはここでそのまま暮らすがよい。しかし、これからはある勉強が必要になる」
ハーコートはクロードから目を離して扉の方へ顔を向けた。
「ユリウス、いるか」
「はい、ここにいますよ、父上」
戸の外に控えていると思っていたハーコートは、思ったより近い声に眉根を寄せた。
「おまえ、いつの間にそこへ」
寝台の天蓋から下がっている布を掻き分けてぬっとユリウスが顔を出すと憮然とした顔を隠そうともせず、ハーコートはユリウスをねめつけた。
「あなたが来る前から居ましたので。ルークが私の城に寄って行きましたのでお話は全部伺いましたよ、話が早くて良かったでしょう。じゃあ、明日から始めてよろしいのでしょうね、父上?」
不機嫌な父親に対していつものように唇の端をニヤリと吊り上げてユリウスが笑う。
「今晩は無理をせずにゆっくり休みなさい」
ハーコートはクロードに優しく言うと最後にユリウスに冷たい視線で一瞥すると部屋から出て行った。
その様子をクロードは何も言わず、見ていたが……。何でこの二人はこんなに仲が良くないのか? クロードが物心ついた時にはすでにユリウスと父親の仲はギクシャクしていた。
子供らしくないユリウスのせいだと思っていたが、それだけでは無いのかもしれない。
「どれ、見せてごらん」
口の端を上げたまま寝台に腰を降ろしてユリウスは父が肌蹴たままにしていたクロードの胸元に指を滑らす。
「くくっ、立派な呪だな、ガリオールは流石にきっちりしている」
言いながら胸の模様を指でなぞる。
「あの……くすぐったいから止めてもらえません? 兄様」
「ハーコートの言っていた事、聞いたろ? 私とおまえは兄弟じゃないんだ。二人の時は名前だけでいいよ」
「じゃあユリウス、触るの止めてよ」
「はいはい」
ユリウスは笑いながら手を引くとすっと表情を変える。
「今日ハーコートから聞いた事はこの先、私以外の人間がいる所で口外してはだめだよ。ダリウスやちび姫にもね」
「解かった」
「よし、いい子だクロード」
ユリウスはすいっと立ち上がると部屋を出て行き、クロードはぽつりと部屋に残された。明日から何が始まるのか……そして思い返してみれば現国王が崩御するなんて何で解かるわけ?
しかもそんな恐れ多い事を父様やユリウスも何で平然と言ってのけるのか。分からないことが山積みだ。
今晩はとても眠れそうに無い。胸のじくじくする痛みと共にクロードは長い溜息をついた。