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インダラ来襲

 クロードを見送って自分もモンド州の廟に出かけようとした時、扉の開く音がして、ユリウスの夜着の左袖のレースを引っ掛けるように細い剣が柱に突き刺さる。

 レイピア――。突き刺さった剣を見て、ユリウスが苦い顔をした。顔を戻す間にインダラがユリウスの右手を掴んでいた。

「お久し振りです、カルラ様。今日は一段と艶やかですが、私では相手不足でしょう。私の主が待っておられますよ。経典をお持ちになりバサラ様に御くだりなさい。悪いようにはなりませんよ、カルラ様。お転婆も大概になさいませ」

 顔を近づけたインダラに唾をとばして注意を逸らし、ユリウスがレイピアに止められたレースを引きちぎって片手で印を結んだ。矢継ぎ早に風と火の範字を宙に書いて『爆』と叫ぶ。

 それに対して咄嗟に風の盾を出して爆風を防いだインダラは、柱からレイピアを引き抜いて壁を蹴って飛び、ユリウスの背後に飛び降りる。そしてユリウスの足を払いうつ伏せにした。背中に自分の片膝をついて押さえ、レイピアをユリウス顔のすぐ横に突き立てた。

「観念なさい、あなたは体術も剣術も私に敵いません」

「つ……解かったから足をどけろっ」

「本当にお解かり頂けましたか、なかなかカルラ様は油断出来ませんからね。経典の在りかをお教え下さい。そうしたら信用いたしましょう」

 インダラはレイピアを引き抜き、ユリウスの髪を結っているリボンをぷつりと切ると、それで両手を後ろ手に素早く縛った。

「言っておきますが呪文だけの呪は私には効きませんよ、反呪の札を身につけておりますから」

 この細身の男のどこにそんな力があるのか、立ち上がると片手でユリウスを立たせる。

「経典はモンドの廟だ」

 ユリウスが諦めたように答える。

「では取りに参りましょう、竜門を開けて下さい」

「これでは印が結べない」

 弱弱しくユリウスが言うが、「だめですよ、その手にはのりません」と、インダラが笑う。

「何を結べばいいのか言ってくだされば私がやります」

 ちっと大きく舌打ちしてユリウスが早口で言った。

「内獅子印、不動根本印、宝瓶印だ」

 次々と印を結んでインダラが印を結ぶ。

「アルベルト、ルーファス、サイロス、道を開けろ」

 ユリウスの声に暗闇が現れた。

「お先にどうぞ、カルラ様」

 促すインダラを一睨みして、ユリウスは竜門に飛び込むや否や呪を唱えた。『閉じよ』というユリウスの声と共に闇が瞬時に姿を消した。

 驚いているインダラの直ぐ後ろに、もう一度竜門が開き、ユリウスは飛び出して振り返ったインダラに体当たりした。その先にもう一つの穴が現れる。

「何?」

 インダラが不意をくらって竜門に落ちたのを確認してユリウスが呪を唱える。

「アルベルト、ルーファス、サイロス、天地四方を閉じろ」

 言い終わると、ユリウスはレーン文字を宙に描いて床にくたりと座りこんだ。

「捕まえたか、竜道の主の私が腕を封じられたくらいで、竜門を一人で使えぬと思ってくれたのが幸いしたな」

 ユリウスがにたりと笑顔を浮かべたところに風きり音のような声が聞こえた。

「主よ、残念ですが穴を空けられて逃げました」

「解かった、アルベルトもう良い。それより解してサイトスから戻るクロードが通れるようにしてくれ。それと私の手を自由にしてくれ」

「御意」

 黒い影がユリウスを包むと手首に巻かれたリボンがはらりと落ちた。

「やっと帰れたよ」

 そこに大きな声とともにクロードが竜門から顔を出した。

「何か急に竜道が目の前で閉じちゃってさあ、壁が出来たようになったからびっくりしちゃったよ。その壁にレーン文字を描きつけて爆したら光が飛んで壁に穴が空いてやっと出られると思ってたら壁が急に消えてさ。あれって何だったんだろう……ってどうかした、ユリウス」

「おまえか」

 ユリウスが額に手をやって溜息をついた。

「それに、どうしたの、その格好」

 ユリウスの夜着の袖口から肘まで美しいレースが無残に引きちぎられて焼け焦げ、穴がそこここに出来ているし、髪は結ってないし。

「……インダラが襲ってきたんだ」

 ユリウスがぼそりと言った。

 インダラはかなりの体術の使い手だった。でもここにいないってことは。

「やっつけたの?」

 クロードの言葉にユリウスの目は冷たい。

「捕らえたと思ったがおまえが逃がしてやったんだよ、おまえのお得意の術で」

「――と、いうことは。じゃあ、竜道が閉じてたのって」

「インダラを閉じ込めてた」

 あー、そうだったのか。

「あのさ、夜着の事は俺がアリスローザに謝るからね」

「殊勝なことを言っているけどそんな事ぐらいで割が合うわけがないだろう、クロード」

「わー、御免なさい」

 クロードは言いながらユリウスの攻撃に備えてレーン文字の『エイワズ(防御)』を宙に描く。

「そんな小細工をするところが頭にくるんだっ」

 ユリウスが風と力の範字を描いて宝瓶印を結んで押すようにする。すると稲妻が床近くを走りまっすぐクロードに向かっていく。稲妻が『エイワズ』を引き裂いて轟音と共に四方へ飛んだ。

「ユリウス様、何の音です?」

 あまりの音に外からデイビットの声がした。

 そこで、二人ははっと部屋を見回した。

「クロード、片付けろよ」

「俺?」

 ダマスク織りのカーペットは四方向にひどい焼け焦げが出来ているし、そこら中めちゃくちゃになっている。

「もう、自分の感情にまかせて術だすのやめてよね」

 クロードはぶつくさ言いながら取りあえずテーブルや椅子を起こして元の位置に戻した。次に、暖炉から引き抜いた炭状になっている薪を使って魔方陣を描いていく。その中にレーン文字で『ダガス』(打開)を中心にした復活呪文を書き入れる。

「これでどうかな」

 クロードは額の汗を拭いながら後ろで腕を組んでいるユリウスに声をかけた。クロードは魔法陣があまり得意ではない。練習も他に比べて怠りがちだったせいで声も小さい。

 ふーんと言いながらユリウスは少し眺めて所々描き加える。

「……まあやってみろ」

 何か含みのある言い方で言われたがこれ以上考えられないので、クロードは魔方陣の真ん中で印を組んで自分の書いたレーン文字を左から読んでいく。途端に空間がぐにゃりと歪んでゆらゆらと陽炎のように揺らいだ。色という色が混ざっていくような感覚に眩暈を覚え、ぎゅっと目を閉じて耐えていた……。

「終わったぞ」

 ユリウスの声がする。

「成功した?」

 クロードの問いにユリウスが答える。

「まあまあだな、自分で見てみろ」

 言われて恐る恐る薄目を開けたクロードは、部屋を見てユリウスのまあまあの意味が解かった。

「全部新品にしちゃったのか」

 何だかぴかぴかと安っぽく光る室内に内心焦るが、これ以上はクロードにはどうしようもない。置いてあったアンティークの家具は、作りたての軽い色合いに変わってしまった。

「土台の魔方陣自体がすでに違っていたけどまだ教えてなかったし、これだけでも上等だろ」

 ユリウスが珍しく褒めてくれたのはいいが、これを直してくれる気もないらしいのに焦りが募る。そこへラドビアスが入って来た。

「外でデイビットが心配しておりましたが、どうなさいました……あ、これは」

 ラドビアスは時と場合によっては使用人としては思えない事をする。例えば今のように何のおとないも無しに許可なく主人の部屋に入って来たり。入ってきてからラドビアスは挨拶をした。

「ただ今もどりました。で、これはどうなされたのです、ユリウス様」

 一渡り部屋を見回して最後に自分の主へ目を留める。

「また、何かやらかしたんですか」

「なんで私に聞くんだ。クロードがやったんだ」

 ユリウスがさも心外という顔を見せて言った。


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