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ボルチモアの企み

「何?」

 クロードがのぞくと手荒く手で頭を払われる。

「邪魔だ、クロード。今から読んでやる」

 ユリウスは、こほんと咳払いを一つして話を始めた。

「長女、アンはライクフィールド州候夫人、次女ジェーンはミルフォード州候夫人。次男マイクはドートル州のガウス伯爵に婿養子にいき、三男ロイスはサイトスのスノーフォーク伯爵に養子にいってる。まあ、他の庶子たちは臣下と婚姻させているようだな」

 ユリウスが羊皮紙の上を埃を払うように手をすべらせると、書いてあった字が紙の上をすべって床に落ちた。その上で改めて羊皮紙を広げて呪を唱えると、黒い粒子の細かいもやのような物が紙の上に現れた。それは蠢きながらレイモンド国の形になっていき、やがて紙に定着した。ていく。ユリウスはそこへさっき言った関係のある州に印を書き入れていく。

「どう、思う?」

「普通ならサイトスの魔道師庁を押さえようとするだろうけど、インダラはモンド州のゴートの廟を狙ううんじゃないかな。魔道の本拠地だもの」

「そうだな」

 ユリウスもうなずく。

「ドミニクの企みのためなら、手っ取り早いのは私を殺すことだが。インダラがそんな事を言う筈ないし、インダラがどういう餌さをぶら下げてドミニクを釣ったのかまだ解からない。少しライクフィールド、ミルフォード、ドートル各州とサイトスに間諜(かんちょう)を付けて様子を見るか」

「ゴートの廟はどうするの?」

「あれは放っておく」

 クロードの問いかける顔に黙って聞けと口にした。

「こことゴートの廟は逆にあいつらを招き寄せてから結界を張って全滅させてやる」

 にやりと口に端を上げて、ユリウスはクロードに向いた。

「まずは私の城に戻ろう。お前にペンダントを渡しておかなくては面倒でいけない」

 手に持っていた羊皮紙にふっと息を吹き掛けると、黒いインクはもとの黒い粒子に戻り消えた。お湯を使って落ちてしまった血の呪印を、新たにナイフで自分の指を切りつけてクロードに再度付けるとユリウスは竜門を開けた。




「モンド州ハーコート公の次男ユリウスと三男クロードを人質に取って州兵を密かに送り、モンドの廟を落として廟主イーヴァルアイなる魔道師を押さえてしまえば魔道師どもは身動き出来ない、でしたな」

 ボルチモア州州候、ジークフリート・ステファン・ヴァン・ドミニクは暖炉の前に立つ男に向かって確認するように話しかけた。自身はすでに寝ようとしていたので体は寝台の中だ。

 突然、寝酒を楽しんでいたところに暖炉から炎が激しく上がり、彼は驚いて誰か人を呼ぼうとしたが、当の炎の中から男が出てきてドミニクに礼を取って頭を下げた。

 見知った顔に思わず落としそうになった杯をどうにかサイドテーブルに置く。

「インダラ様、でしたな」

 この二年程前、このところ州宰と意見が合わなくなり、イライラと過ごしていたドミニクの前に現れたのがベオーク自治国から来たという男だ。大陸ではベオーク教皇の力が絶大だと言う事は爵位を継ぐ前にサイトスに遊学していたお陰でドミニクは知っている。ここでベオーク教皇の後ろ盾を得られ、レイモンドールの上位の魔道師どもを駆逐(くちく)できたなら。あの死ぬ事の無い人間の皮を被った化け物どもを一掃できる。 

 魔導師ときたら一見すると慈悲深い優しげな顔をしているが、冷酷な内面では何を考えているか解かったものではない。あいつらを排除した暁には、自分の未来は揚々と開けている。

 自分は、たかが北部の州候に納まっている器ではない。今の魔道教に守られている王はレイモンドールの魔道教が滅びることによってその正統性をも失う。

 そして……ドミニクは一人ほくそ笑む。モンド州にあるゴート山脈その一帯にある魔道教の廟の中に今も生きていると言われるレイモンドールの魔道教の祖である老魔道師、イーヴァルアイの身柄をこの男に引き渡せば取引は終わる。

 百年に一度の結界の張り直しに向けて、上位の魔道師が出払っている今こそ絶好の好機であることは間違いない。縁戚(えんせき)に繋がる州候や息子たちには魔道師庁の横暴に対する義憤による反逆を振りかざして地下組織を作らせている。だが、ドミニクの本心はそこには無い。

 新しい国の王になる、それこそが彼の本心だった。

「しかし、そのイーヴァルアイという魔道師を捕らえるより、サイトスの実権を握る宰相のガリオールを捕らえたほうが宜しいのでは」

 イーヴァルアイという魔道師の名は、ドミニクには初めて聞く名前で、レイモンドールの歴史書にも出てこない。初代太陽王と言われたヴァイロンがレイモンドールを強固な結界で守る事を命じた魔道師の名前がそうであったのかとも思う。

「ガリオールとてもイーヴァルアイの僕なのですよ、候」

 ドミニクに諭すように言って、インダラが懐から筒にした書面をドミニクの寝台に寄って手渡す。かさかさと紙を広げると縦書きで見慣れぬ文字が書き連ねてあり、最後に名前らしいものに五本爪の龍を(かたど)った四角い印が押印されている。

「これは?」

「ベオーク教皇の親書です。お読みしましょうか」

「頼む」

 ではと、インダラは手渡したばかりの書面を奪うように手に持つと読み上げ始めた。

「我、ベオーク教皇ビカラはレイモンドールに潜伏せる罪人の引渡しに助力されるボルチモア州、ジークフリート・ステファン・ヴァン・ドミニク侯爵殿に対し、事成就の暁には、候にふさわしい地位をベオーク教皇の名に置いて贈呈差し上げる事を確約するもである。尚、そちらに使わしたインダラを私の名代として候に進言させることを了解するを望む旨記す、とあります」

「うむ、承知した。イーヴァルアイは必ずや捕らえて引き渡しましょうぞ」

 ドミニクの返事に満足そうにインダラはうなずくと書面をドミニクに渡し、部屋の窓を開けた。

「それではおいとまいたします。候」

「どこへ、ここは三階ですぞ」

 慌てて言うドミニクにインダラは笑顔を返す。

「お気遣い無く、知り合いが主城に来ておりますので会って参ります」

 インダラはそう言うと窓枠に手をかけて姿を消した。

「魔導師という者は恐ろしいものだ」

 眠気などとっくに消え去ったドミニクは飲み残していた酒をごくりと飲みほした。

 アリスローザが女官と主城に入るのを見送ってラドビアスは帰ろうとしたが、自分の背中に伸ばされた手に気付いて払い退けた。

「サンテラ、カルラ様からから目を離してはだめじゃないか」

「解かっている」

「ビカラ様をはじめクビラ様、メキラ様、バサラ様、皆カルラ様のご帰郷を心待ちにしていらっしゃるのだ。この数百年、ビカラ様の傷の(いえ)えるのを待っていて後回しになっていたがそろそろ本腰を入れてお連れすることになった。お歴々の方々もさすがに御歳を召されてきたからな。バサラ様以外は八百歳を超えていらっしゃる。しかも……」

 一旦、口を切ってインダラは薄く笑った。

「カルラ様がご出奔された後褥(こうじょく)に仕えられたのがハイラ様だからな。他のご兄弟も足が遠のくというものだ。ことに我が主バサラ様は一度もハイラ様を寝所にはお入れになっておられない。他のご兄弟との間にもまだハイラ様は御子を生しておられないのだ」

 大抵の男より男らしい容貌のハイラが女性化した後もほとんどその姿が変わっていないことで、バサラはもとより、他の兄弟らも彼女を寝所に呼ぶのを躊躇(ちゅうちょ)しているのだ。

「カルラ様がいらっしゃる所ならどこへでもお供するつもりだ」

 ラドビアスはつぶやくように言った。

 彼の主はベオークに連れて行かれる事になったらどんな手を使ってでも命を断ってしまうだろう。しかしベオークが本気で連れ戻そうとしているのならこれに勝つことはない。

 であるなら、私は主の命に背いても主をカルラ様を死なせはしない。僕としては破錠(はじょう)しているのは解かっている。主の命より自分の思いに殉じてしまっているのだから。

「しっかりカルラ様に張り付いていろ」

 黙りこむラドビアスにインダラは一言言うと闇に消えた。


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