蔵書室の火事
「だが、血が濃い為に私以外の兄達にも護法神は効くようでね」
思い出し笑いしているユリウスは酷薄な笑い顔になる。
「ここに結界を張って五、六十年経った頃兄バサラが取り戻しに来た事があったが、ヴァイロンが奴の腕を……」
そこまで言ってユリウスは、はっと夢から覚めたように唐突に言葉を切った。
「とにかく、私はあいつらに経典も私もやるつもりはない。もし、私が捕まったらクロード、王から奪い取ってでも『鍵』で私を殺してくれよ」
「うん」
クロードの心もとない返事にユリウスは声を落とす。
「私を生き地獄へ落とさないでくれ。頼むから」
いつもの彼らしくない言葉にクロードはユリウスの頼みを退けることができない。
「解かった」
「ラドビアスはその時からユリウスの味方なんだよね」
「さあな……私が一番とか言いながらインダラと通じていたわけだし」
ユリウスが悔しそうに言った。
「私をお連れください、そう言ったのは、おまえだったのに」
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撹乱するために放った火が瞬く間に燃え広がり、魔道師たちが消火の術をかけようと駆け去って行く中、カルラは抱えた経典ごといきなり背後から男に抱えられた。
男は地下に降りる長い階段を下っていく。
「蔵書室にも火を点けておきましたので皆、そちらに向かっていると思われます。今のうちに地下の抜け道から外へ」
そう言った男の顔をやっと見る余裕がでたカルラは、足をばたつかせて男から逃れる。
「おまえ、バサラの僕の一人じゃないかっ」
「はい、サンテラと申します」
「どういうつもりだ、バサラに何を言われた」
「バサラ様はご存知ありません。カルラ様、私を一緒にお連れ下さい」
信じられるかとカルラはサンテラをねめつけた。
「おまえはあの時、蔵書室の大扉を閉めた奴だ。側に寄るな、殺してやる」
「地下は迷路ですよ、殺すのは無事ここから出られてからにされてはどうです」
サンテラが迷わずカルラの血にまみれた手を掴むと、そのまま走るように歩いて行くので仕方なく、カルラも引きずられるように歩いた。頼る者などいないと気を張って生きてきた。その自分の腕を力強く引いていくこの者を……信じていいのだろうか。ほんの少し頼ってもいいのかと心が揺れた。
「それは、おまえの意思なのかサンテラ」
「はい、カルラ様」
そう、言ったくせにとユリウスは思い切り唇を噛んだ。
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「ユリウス」
過去の思い出に沈み込むユリウスをクロードの声が現在へぐいと引き上げた。
「何でもない」
思ったより話し込んでしまったとユリウスは戸を少し開けて廊下を盗み見る。
「私はドミニクの血縁の者がどれだけこの企みに加担しているか調べる。おまえは今からこの部屋に結界を張ってやるから竜門を通り、ガリオールに連絡を取ってここの城下町ごと結界を張る者と、ゴート山脈一体の結界を張る者をよこすように言ってくれ」
指を噛んで血をクロードの胸に垂らし、竜印をなぞりながらユリウスは呪を唱える。
「これでペンダントとローブの代わりになる」
そう言うと部屋の四隅に範字を書き付けてある札を置いて自身は外に出ると、外からレーン文字を扉に指で描きつけた。それから扉に触れると、扉は一寸の隙もなくぴたりと閉まった。
「クロード、始めろ」
「んじゃあ、やりますか」
クロードは再びサイトスへと竜門を開いた。
サイトスへの竜道は途中から石畳の道になり、一ザンも歩くと目の前に手すりのついた階段が現れる。クロードはその階段を上がって双頭の竜が翼を広げている飾りのついた扉を開けた。そこは魔道師庁にあるガリオールの執務室の一角に繋がっている。それは誰が竜門を使うのかしっかり自分が管理したいガリオールの性格を現しているようだ。
「クロード様、ですか」
書類にサインをしていたガリオールが顔を上げて訝しげに見る。一人で竜門を使うのは少し早いのではと眉をひそめる。しかし、ガリオールの思惑など関係なくクロードはガリオールの机に手をついた。
「ユリウスから伝言があるのだけれど」
その言葉にガリオールの面が引き締まり、クロードにうなずくと部屋から仕事中の魔道師を出して自分の前の椅子をクロードに勧めた。
「ボルチモアの城下町とゴートの廟一帯に結界を張る魔道師たちを何人か振り分けて欲しい」
「それは……主に危険が迫っているのですか。私とルーク、ラドビアスがいれば直ぐにでも結界は張れますが」
「ラドビアスは勘定に入れないで欲しい」
クロードの言葉にガリオールは怪訝な顔をする。
「ラドビアスを外すと?」
「そう」
クロードが声をひそめて身を乗り出す。
「ところで親父さんの容態はどうなの」
「国王陛下のことですか。この所ご不調の事が多ございましてお休みになられておりますが……一体何をお聞きになりたいのです?」
ガリオールはへっと笑うクロードをややあきれて見た。クライブ王子と瓜二つというのに受ける印象がまるで違う。
「『鍵』のことだよ、今は指輪のままなの? 剣になっているの?」
「それを聞いてどうなさいます」
顎を引いてガリオールはクロードを油断無く見つめた。