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ユリウスの告白

「ユリウス、後で話があるんだけど」

 トラシュの横に立っているユリウスに後ろからそっと声をかけると、ユリウスは振り返らずに手を動かして了承の合図を送ってきた。指し示された部屋でクロードが待っていると、ユリウスがするりと音を立てずに部屋に入り、扉を閉めた。

「話とは何だ、クロード」

「うん、俺達ねずみを追っていたと思ったらきつねの穴に入っていたかもって思ってさ」

「きつね……? どちらかというと侯爵は猪に近いご面相だが、そんな事はなから承知していると言っていただろう。それとも……」

 ユリウスがクロードの胸倉を掴むとぎりりと締め上げて睨んできた。

「私に話してない事があるのじゃないか? この前出歩いて帰って来てからおまえの様子が変だったものな。無理やり呪をかけてしゃべらせても良いんだよ」

「わ、解かったよ、話すから……離して」

 げほげほと咳こむクロードを離してユリウスが腕を組む。

「で、何をかくしている?」

「インダラっていう魔道師がボルチモアに来てる」

「インダラ」

 クロードの言った名前に明らかにユリウスの顔色が変わる。

「カルラって奴を捕らえに来たって言ってたけどカルラってユリウスのことじゃないの?」

「どうして……」

 ユリウスの口から思わず漏れた声は震えていた。

「インダラがここに居るということは、この絵を描いたのは奴だな」

 ユリウスが大きな溜息と共に言う。

「インダラってユリウスの何?」

「あいつは……私の兄の(しもべ)だ」

「兄さん?」

 ユリウスに兄弟がいたっていいんだけど、とクロードはつぶやく。

「私には一応、建前上四人の兄と一人の姉がいる。それぞれに僕がいるが、すぐ上のバサラには二人僕がいた。インダラとサンテラという名の」

「サンテラってラドビアスのことだよね」

「そんな事も知っているのか」

 いつの間にとユリウスの顔に書いてある。

「で、ユリウスが犯した罪って何なの?」

「一番上の兄、ビカラの頭をかち割って、秘宝の経典を盗んで逃げた事、かな」

 えーっとクロードは絶句するが、ユリウスはそんな凶悪なことをさらりと言って薄く笑った。

「私は一番下で兄達から逃げ回っていて……ある日一番上の兄、ビカラの僕に捕まって寝所に連れ込まれた時、ビカラが油断した隙に脳天をかち割ってやった。そして逃げるときにビカラが隠していた経典を盗んで逃げたんだ」

「あの……寝所に連れ込まれたって……?」

「ふん、(とぎ)の相手に決まってるだろ」

 ユリウスが苦々しく言う。

「だってユリウス、男じゃないか。しかも兄さんの寝所って」

 たじろいたようにクロードが言う。

「そうだ、私は男になるんだ」

 自分に言い聞かせるようにユリウスがつぶやく。クロードは目をしばかせてユリウスを見る。着替えの時に何度も見たがそりゃあ綺麗だけど女の子みたいに胸が大きいわけでもなかった。

「男になりたいってどういう事?」

 クロードの問いにユリウスは不貞腐れたような顔で吐き出すように喋りだした。

「気味の悪い話だぞ」と。



 大陸の東にあるハオタイ皇国という国がある。他民族国家だが大多数のハオ族という民族が支配している。そのハオタイの北の高地にベオーク自治国という魔道師だけの国があった。ベオーク自治国自体は、小さい都くらいの大きさだがその影響力は大陸全土に及んでいた。

「それってどういう……?」

 クロードが首を傾げた。

「レイモンドール以外の国にいる魔道師はすべからくベオーク自治国の支配下にあるということだ」

 自ら生産する事のないベオーク自治国は、魔道師たちへの允許や地方からの租税、国王、貴族たちからの献上金、各地にある廟からの上納金などによって恐ろしいほどの財を持っている。

 また派遣している魔道師が、各国において権力を持って国に多大な影響を与えているのだ。大陸では王の戴冠式にベオーク自治国の教皇の御璽(ぎょじ)が押印されている書面の無い王は、正統とはみなされない。

 そのベオークの宮殿、朝陽宮に住んでいる者たちの頂点にいるのが魔道教会で神と呼ばれている一族だ。その一族は恐ろしく長命だ。そして中々子孫を増やせない。

 なぜなら長い間一族の血統を守るために極端な近親結婚を繰り返した為だ。今では血族以外の者と交配できるか定かではないほどだ。直系の僕たちにしても相手にはなり得ない。

 彼らには繁殖能力はない、つまり竜印を受けて自分の主と同じ寿命と不老を甘受(かんじゅ)した代償として、僕は子孫を残すことを手放すのだ。

 

「まだ、この気色悪い話を聞くつもりがあるかい、クロード」

「もし、聞かせてくれるなら」

 クロードの答えにユリウスはそうかと溜息をついた。

「私達一族は普通の人とかなり違っている。まるで違うともいえる。私達は生まれてから暫くは雌雄同体(しゆうどうたい)の体だ。魚や虫の一部にそんな例があるのと同じような。力の無い者、強く望む者が女になる。姉のハイラは女を望んでそうなった。私は……生まれた時から兄達に女になるよう望まれていたんだ」

「兄達って、そんな」

「兄達と言っても厳密に言えば直ぐ上のバサラ以外は兄弟じゃない。しかし、それがどうだっていうんだ? 私達は長年に渡って家族内で婚姻関係を結んでいたんだ。吐き気がするだろ? 私の父親は長兄のビカラだし、母親は長姉だ。

 同腹にバサラという兄がいるが、それ以外は前教皇のアンテラとアンテラの母親との間に生まれた現教皇のビカラ。そしてその後はアンテラと長姉アニラとの間の子供だ。次男クビラ、三男メキラ、次女ハイラ。

 私を生んだ長姉アニラは、私が十五歳の時にクビラに殺された。彼女はその間、子供を産む道具のような人生だった。私はそんな人生はまっぴらだったから、兄のバサラから僕を一人奪って最西の寂れた島に逃げ込んだんだ」

 あまりの想像外の話しにクロードはユリウスにかける言葉も無い。

「うまくいったと思ったのにビカラは経典に呪をかけていた。何年もしないうちに護法神が追いかけてきて私は捕らえられてしまった」

 五百年以上も前のことなのに昨日のことのようにユリウスが唇を噛む。

「だが、護法神が来る前にあらかた経典の中身を私は頭に入れていたからね。護法神をある程度手なづける術を見つけていた。それで護法神と取引をしたのだよ」

「取引って?」

「詳しくは教えるわけにはいかないがとにかく、私が経典を害さないかわりに私の(いまし)めを解くことだ。経典はその日から大事にある所に仕舞ってある。護法神は今は王を守っているが、今でも私にとっては害悪で触れることもできない。あれで斬りつけるだけでもそこから壊死する。それ以外で私を殺すのは骨が折れるだろうな。私はしつこいから」

「しかし」

 そう、言ってにまりとユリウスの唇がつり上がった。


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