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地下室の勉強

 次の朝早くにユリウスの城に来たクロードが、ローブに着替えてラドビアスと共に下に降りる。そこには、すでにユリウスが長椅子に腰掛けて本を広げていた。

「お早うユリウス」

「今日は吐かなかったんだろうな」

 本から顔を上げずにユリウスが言う。

「吐いてないって」

 クロードがむくれる。

「そりゃそうと、おまえ、ダリウスにトラシュが私を送って行く事を言ったろう」

「さあ? 兄様は二人が一緒に出て行くのでも見かけたんじゃあないの」

 内心どきどきしながら、クロードはしらじらと言って席についた。

「まあいいよ、近々ボルチモアへ出かけるからね」

「え、ああ行ってらっしゃい」

「じゃなくておまえも行くんだよ」

 ユリウスがくくっと笑う。

「一人じゃ寂しいから弟を連れて行くって言ってやった」

「もう、寂しいとか口からでまかせ言わないでよね。俺を巻き込むのも勘弁して」

 何が寂しいんだよと呆れたクロードの抗議に、ユリウスは楽しそうに笑う。

「何? これからもどんどん、巻き込むつもりだけど」

 クロードが嫌がれば、嫌がるほど楽しくなるらしいユリウスは、更なる抗議に知らん顔だ。

「ところで宿題を見せてもらおうか」

 ユリウスが急に先生モードに切り替わったため、クロードは緊張しつつ座りなおした。その後ニ刻ばかりの間に竜巻が部屋の蔵書を飛ばし、火柱がそこら中から立ち上り、鉄砲水が壁を濡らして部屋中恐ろしいくらい滅茶苦茶になっていた。

 それは、クロードが結ぶ印が稚拙で力が一定していない上に、ユリウスが寸止めしないで術を繰り出すせいだった。

「少しお休みされては?」

 ラドビアスの声に「じゃあ、少し休憩」と、ユリウスが答える。肩で息をするクロードは、ほっとして長椅子に倒れこんだ。足がびんびんに張っている。知らず知らずのうちに体中に力が入っていた。

 さっき自分の方へ向かってきた火柱にクロードは、強い風の印を結んで、空間にエイワズというレーン文字を描き『防御せよ』そう、叫んだ。すると、突風が火を蹴散(けち)らしてちょっとクロードはやったといい気分だった。ユリウスのちっという舌打ちにすかさず範字の『バ』を描いて外獅子印を結んだら、今度は水が自分のほうへ噴出して全身ずぶ濡れになってしまったのだ。

 それを見てユリウスが大笑いしている。

「『バ』を描くところまでは良かったんだがその後、レーン文字で正しい位置に戻してやらないから自分の所に水が向かう事になったのさ」

 ユリウスが嬉しそうに垂れる講釈を大人しく聞きながら、くっそうと思っているクロードにラドビアスが乾いたローブを差し出す。

「お風邪を召しますよ、お着替えください」

「着替えたって、どうせまた濡れるか、燃えるかするのに意味ないだろう」

 ユリウスが冷たく言う。

「うるせー」

 クロードは、この日何回目になるのか分からないほどのお馴染みの感情で頭をカッカさせながら、ローブを着替えた。

「まだお勉強されて日が浅いのに印を組合わせたり、クロード様は飲み込みが早いですね」

 濡れた服を片付けながらラドビアスが褒める。

「解かってやってるんならいいが、こいつは思いつきでやってるだけだからな。始末に負えない」

 ユリウスにすかさずけなされた。こちらも反撃したいのはやまやまだが、ユリウスの言葉はまさに核心をついていたため、クロードは反論できず、黙り込んだ。

 昼食を挟んで一刻半ばかりの後……。

「いいですか、明日からは別の場所に結界を張ってそこで練習して下さい」

 ラドビアスが手を叩いて厳しく言ったところで、今日の練習は終わりになった。クロードは縄で蓑虫のようにぐるぐる巻きにされて、天井からぶら下がっている。それを楽しそうに左右へ振り子みたいに手で突き飛ばしながらユリウスが面倒くさそうに問う。

「何で?」

「これ以上この部屋を使われると蔵書が全滅します。何、考えてらっしゃるんですか」

 それにラドビアスが冷たく言い返す。

「怒られてやんの」

 クロードがここぞとばかりに声をあげた。

「じゃあ、今日は終わりだ。さて、上に上がろうか」

 すると、つんと顎を上げてユリウスが部屋を出て行こうとするのでクロードは慌てる。

「うわーっ、降ろしてよ、ラドビアス」

「だめだよ。何でラドビアスに言うんだ、クロード。私に降ろして下さい、もう偉そうな口をききませんと言えよ。だったら降ろしてやる」

「えーっ、そんな守れないことを言えないよ」

 クロードの言葉にふーんとユリウスが踵を返して歩き出す。「だったら明日までそこに居なさい」

「うわー、降ろせっ」

「だめだ」

 大騒ぎする二人の間に入ったラドビアスが、さっさとクロードを降ろしてやる。

「何勝手なことをしているんだ、ラドビアス」

「いい加減になさいませ」

 またもや自分の主にぴしりと言うと、ラドビアスは、クロードに巻かれている縄に手を置いた『解!』すばやく印をきると、縄ははらはらと落ちてクロードの足元にたまった。

「ユリウス様、クロード様上に上がって下さい」

「ラドビアスは?」

「これを放っておけるわけないでしょう」

 聞いたクロードが後悔するような険悪な顔ででラドビアスが答えた。

「あ……そうだよね」

 助けを求めるようにユリウスを見たが、ユリウスは素知らぬ顔で階段を上って行った。クロードは慌ててユリウスの後を追い、階段を上がりながらラドビアスとユリウスの関係を考える。ラドビアスはユリウスの僕と言っていたが、そのわりには結構あのユリウスに言いたい放題だ。

 見かけはラドビアスのほうが年上に見えるが、どっちが年上なのか。魔道師においては見かけの歳などあてにはならない。そんな事を考えながら地下から上がってクロードは自分の体調が悪くないのに気付いて嬉しくなった。

 もう、慣れたってことかなあ、俺ってやっぱり天才? へらへらしているクロードの顔に向けて服が投げつけられる。

「上に戻ったらいつまでもその格好でいるな」

 ユリウスは、そっけなく言いながらローブを脱ぎ捨ててシャツの袖に手を通していた。

「はいはい」

 ユリウスを見ないようにしてクロードも着替え始める。

「あのさあ」

「なに?」

「ユリウスって女の子が好きなの? それともさ……」

 クロードは、脱ぎかけて頭の所にある腕を掴まれてぎょっとした。慌ててもがいてローブを脱ぐと間近にユリウスがいてしまったと思う。

「何が言いたい?」

「えっと、ほらユリウスって男の人にも結構好かれるからさ……あれはでもユリウスもちょっと悪いよ。なんかにっこり笑ったりしてさ……ぎゃっ」

 言い終わらないうちにユリウスに押し倒されて、馬乗りになったユリウスが印を結ぶ。

『縛せよ』

 突然、クロードは金縛りにあったように目だけしか動かせなくなる。

「おまえに何が解かる? 私だってこんな見てくれにしてくれと親に頼んだわけじゃない。こんな女みたいな顔や体つきにしてくれなんて……この見かけのせいで女を見るように見られたり、扱われたり……おまえ、それを私が楽しんでいるとでも思っているのか。どうせそうなら逆手に取って利用してやると思っても……それもだめなのか」

 最後のほうは絞り出すようなユリウスの言葉だった。軽く言ったクロードの言葉にユリウスの過去を抉る出来事があったのかと思い至り、クロードは、ごめんと言いたかった。

 そんな思い詰めた顔をするクロードに気付いたユリウスが、我に返ったように目を見張る。そして……にやりと笑い、いつもの彼に戻った。

「今度、そんな事を言ったら酷いよ、クロード。その手の冗談が私は一番嫌いなんだよ、覚えて置けよ」

 両肘をクロードの頭の横について耳元で囁くように言われて、クロードは瞬きで解かったと合図した。

「ふん、今日だけは許してやるよ。私はがっしりした男が嫌いだが、おまえは私が劣等感を覚える懸念はこの先まったく無い……だろうからな」

 クロードは相等失礼なことを言われていたが『縛』されているため反論できず、精一杯眼つきを鋭くした。そしてユリウスが印を組み、術を解そうと上体を起こしたところに強い声がかけられた。

「何をやってる」

 ダリウスの声だ。

 その声の方へ目をやって、クロードはこれって見ようによっては変なことになってるのではと気付き慌てた。シャツ一枚のユリウスが下着姿の俺に馬乗りになっている状態。それを見つけたのがダリウス兄様……ってこれはかなりやばいと青くなった。

 兄弟なんだから、じゃれ合っている図で正解だろうと思うが、相手が弟のユリウスに執着しているダリウスなのだ。そんな微笑ましい状況だとは思わないだろう。

『解』素早く小さく印を切って、術を解くとユリウスが立ち上がった。

「ダリウス兄様、これは違いますからね」

 そう宣言して、クロードも急いで立ち上がる。


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