アリスローザからの誘い
「やめようよ、こんな……」
クロードの声を打ち消す、アリスローザの気合とともに打ち込まれた棒を自分の棒でやっと止める。
「逃げてもむだよ。戦いなさい、クロード」
今度は横から払うように棒を打ち込んできたのをクロードは、上から叩いて何とか逃れた。
「俺さあ、剣術あんまり得意じゃないし、止めない?」
どうにか逃げようとするクロードは、背後の下弦からすくうように飛んでくる棒を跳んでかわし後、わざと棒から手を離した。
「いてっ」
そこへ容赦なく、ばこっと棒が打ち込まれてクロードは声を上げた。
「君って本当に強いね」
手首をさすりながらクロードが言うと「毎日、鍛えてるのよ、ごめんなさいね。やりすぎたわ」
アリスローザが心配げにクロードの手首を持って、腫れてないか確かめる。
「いっいや、いいって、何とも無いから」
どぎまぎしてクロードは手を引いた。
「私、お転婆がすぎるっていつも言われているのよ。でも何が好きって、ダンスより、歌より剣術が好きなんですもの。まあ私もクロードと同じ庶子なのよ。で、あまり厳しく他のお姉さまたちみたいに言われないから。父様も兄様も私を可愛がってくれているから自分が庶子だなんて普通は忘れているんだけど」
そういえば、ドミニク候は名君と名高いが英雄色を好むの例え通り、たくさんの妾妃がいるらしい。確か二十人を超える子供がいると聞いたのを思い出した。
その中で庶子といえど父親の目に留まり、可愛がられているのなら確かに庶子なんて関係なく幸せなのだろう。
「で、俺に興味があるのは庶子同士ってことで?」
「うーん、なんか前に見たときに周りから浮いていてね、ほっとけない気がしたのよ。それにクロードって今の生活に疑問を感じているみたいに見えて……私の仲間にしたいって思ったの」
「仲間……?」
「うん、私ね、この国の現状を憂いているの。そういうの思った事無い?」
急に話が政治色を帯びてまたまたクロードは面食らう。
「この国の……現状?」
「魔道師がこの国を牛耳っている事がおかしいってことよ」
アリスローザの声がわずかに高くなる。
「王や州候の側に控えている宰相、州宰がなんで皆魔道師なわけ? 国事、州事すべて王、州候の意見より宰相、州宰の意見が通って今じゃあ言いなりよ。この国は魔道師庁の意向で動いているのと同じよ」
鼻息荒く話すアリスローザにクロードは言葉も無い。
アリスローザはこの国の成り立ちというか根幹を否定している。こんなだいそれた事を初めて口をきく俺なんかに言っていいの? と心配になる。それにクロードはどちらかというとアリスローザが敵視している側の人間になるべく準備しているのだ。どう、返事をしようかと考えている横から聞き知った声がした。
「おや、クロード、おまえもなかなか隅におけないな」
声の方へ顔を向けると、ユリウスとトラシュが立っていた。
「そんなんじゃあ無いよ、兄様こそどこへ?」
「彼が居城へ帰るというので送って差し上げるところだ」
トラシュが代わりに答える。それを聞いて女の子じゃあるまいしと、自分がこの間ラドビアスに送って貰った事は当然棚に上げて、クロードはへっと小さく声を出した。
「アリスローザ、城へ戻りなさい」
トラシュに不服そうな顔を見せるアリスローザの背中にクロードは手を添えた。
「送っていきます。おやすみなさい」
送って行きながら、横のアリスローザを盗み見る。そして、さっきの話を思い出していた。あれだけの理屈、自分だけの考えじゃあないだろう。そんな考えを持った、アリスローザに影響力を与えられる誰かがいる。建国から五百年、魔道に守られたこの国の内側から少しずつ崩れてきているのかもしれない。
長い安定した王朝が滅びる一因はお家騒動だ。しかし、この国にはその争いが起きる懸念 は無い。なぜなら、王は生まれた双子の内のどちらかに限定され、魔道側が選んだ子の片割れが王になる事に決まっているからだ。そこへ、他の王子や王女が入り込む余地は無く、王となる子供は魔道によって王になるまで守られている。
そして、他の一因は……魔道師の持つ利権、権力を取り返そうとしている集団が生まれている。その集団がどこまで結集しているのか、各州にどれだけ生まれているのかは解からないが、ボルチモア州は州姫が加担しているかもしれないのだ。
その上が知っていると考えたほうが自然だろうし、扇動している可能性すらある。何かきな臭い匂いが漂って来る予感にクロードは溜息をついた。
アリスローザを送って広間を横切り、階段を上がっているとダリウスに声をかけられた。
「ユリウスを見なかったか、クロード?」
「私はユリウス兄様の従者じゃないんですよ。いつも居場所を知ってるわけないでしょう」
そう答えながら知っていたりする。
「もう居城へ帰ってましたけど」
「そうか、なら良い」
クロードの返事に頷いて下へ降りる兄にふと悪戯心がわいて「トラシュが送って行ったけど」と、余計なひと言を加えた。
途端に顔色を変えたダリウスが外へ出て行くのをクロードは抑えきれず大笑いして見送る。それにしても一応、兄弟って事になっているのにこれではトラシュより性質が悪いではないか。ダリウス兄様も女の子にもてもてなのに勿体無いよな。まあこの後、どうなるか知ったことじゃないと鼻を鳴らしてクロードは自分の部屋に帰った。
「今度、私の城にご招待させて欲しいのだけれど」
エスコートするようにトラシュがユリウスの背中に手を回す。
「ダリウス兄上では無く、私ですか」
「ええ、うちの城でサロンを開いているんですが身分に関わらずいろんな方を呼んで語らっているんですよ。貴方にもぜひ来て頂きたいのです」
「一人であまり城を離れた事が無いので……弟を連れて行っても構いませんか」
ユリウスは暫く地面に視線を落として心細そうに言う。
「もちろん、いいに決まっています」
「では、ご招待楽しみにしております」
「何か企んでいる」――ユリウスの片側だけ唇を吊り上げたその顔は、クロードが側に居たらそう、言ったはずのかなり性質の悪い笑顔だった。
「ユリウス!」
そこに大きな足音とそれに負けない程の声がした。 二人が揃って振り返るとダリウスが険しい顔でやって来ていた。
「兄上、どうかしましたか」
ダリウスはユリウスの問いには答えず、ユリウスの隣のトラシュをちらと見て視線をユリウスに戻す。
「父上に挨拶も無く居城に戻るなんて」
説教しつつユリウスの手首を掴んで自分側に引き寄せた。
「少し飲みすぎて気分が悪くなってしまったものですから……兄上から言っておいて下さい」
「だからあまり飲むなといったのだ」
「ダリウス殿、本当に気分が悪そうだよ」
トラシュがユリウスとダリウスの間に割って入る。
「いや、そうだな、トラシュ、ありがとう。後は私が送るよ」
ダリウスが応酬してしばし、無言で睨み合う。 その沈黙を破ったのは……。
「ユリウス様、お迎えにあがるのが遅れて申しわけありません」
灯を片手にラドビアスが現れた。
「ダリウス様、お客様、ここからは私がお連れいたします。では参りましょうか、ユリウス様」
「おやすみなさい、兄上、トラシュ様」
唖然とする二人を残し、あっさりとユリウスはラドビアスの元に行くと後ろを気にするでなく歩み去って行った。