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パーティの夜

 玄関近くで父親とダリウスが、先触れの後に入って来る近隣の主だった貴族、豪商ら来賓の挨拶を受けているのを見つけて、クロードはそっと後ろから近づいていく。すると、足音に気付いてダリウスが振り返った。

「遅いぞ、クロード。昼に使いをやった時には部屋に居なかったらしいし……」 

「すみません、兄様。ところでエスペラントは?」

「あそこだ」

 兄の指差す方へ眼を向けると白いレースを胸元にこれでもかとあしらったドレス姿が見えた。山のように高く髪を結い上げて化粧をがんがんに施された妹、――妹だよな? が中央付近で来賓客と挨拶を交わしていた。

「あっちに行ってもいいですか」

 ダリウスの背後に小さく声をかけると、大人しくしとくのだぞという兄の声が返ってきた。クロードは来賓客の途切れたところを見計らってエスペラントに声をかける。

「十三歳おめでとう、エスペラント」

「クロード兄様」

 振り向いたエスペラントがえーっという顔をする。

「何なのその思いっきりいい加減な頭……」

 そういえば起き抜けで櫛もいれてなかったかと思うがそんなに気になるほどでもないし、どうせ客は自分のことなんて見やしない。

「どう、今日の私?」

 エスペラントが期待しながらクロードを見るので、クロードは大いに戸惑った。なんか変だよと思うが、言ったらダメな気もする。

「えっと、そのドレス、すごいレースとフリルだよな」

「それだけ?」

「ええっ? 今日の顔さ、すごい塗ってるよね、びっくりした」

 エスペラントの物凄い落胆した表情に、間違いを犯したことをクロードは気づいたが、どこら辺がまずかったかは解からなかった。

「兄様、だいっ嫌い」

 思い切り足を踏まれてクロードは壁際に逃れた。

「これが嫁に行ける歳のお祝いなんて絶対嘘だ」

 毒づいて、ついでに溜息もつく。もう少ししたら部屋に戻ろう。ちゃんとパーティに顔を出していると父と兄に見せたからにはもう自分は用済みだ。クロードは早くも帰る算段を始めた。

 エスペラントには悪いが主役のエスペラントより目立っているのは長兄のダリウスで、まるで彼の二度目の成人のお祝いのようだ。

 貴族の若い娘達に囲まれて長身で見栄えの良いダリウスが爽やかに笑っている。さっきから誰か足りないと思っていたらユリウスがいない。きょろきょろと見回すと丁度クロードの反対側の壁際に置いてある椅子に腰掛けているユリウスを見つけた。

 深い紫の服を着て今日は髪をゆるく三つ編みにして後ろに垂らしている。そのまわりに結構女の子たちが集まっている。それなのに彼女らにまるで声をかけるで無く、そ知らぬ顔でひたすら酒を飲んでいるせいで誰も近寄れないようだ。そうでなくともユリウスの風貌は気安く声をかけるには気がひけるほどの美しさなのだ。

 そこへ、貴族の子弟らしい流麗な様子の男が近寄って何事かユリウスに話しかけている。あいつに知り合いなんていたんだと興味がわいたが、変にかかわるのはまっぴらと知らんふりを決め込むクロードの前をダリウスが足早に通り過ぎた。



「ユリウス、久しぶりですね」

 親しげに呼び捨てされた自分の名前、その声にユリウスは顔を上げる。

「前に会ったのは君の兄上の成人のお披露目の時でしたよね」

 にっこり笑って握手を求めて手を差し出すのを見て、ユリウスは小さく舌打ちをして立ち上がり手を握った。

「ボルチモア州のドミニク候のご子息、トラシュ様ですよね」

 首を軽く傾げてユリウスが言う。

「覚えていて下さって嬉しいです」

「もちろん、忘れるわけありませんよ」

 言いながらユリウスは、トラシュが握ったままの手をやんわり外す。

「今日はエスペラント姫の美しい姿を見られて良かったですよ」

「では、お気に召しましたか。嫁入りの話なら父上か兄上のほうが話が早いのだけど、まあ私も口添えしますよ」

 そう、返して脇のテーブルに置いていた背の高い杯を持って酒を飲もうとしたが、背後から手首を掴まれた。

「ユリウス、飲みすぎだぞ、もう止めなさい」

「……兄上」

 暫くユリウスを挟んでダリウスとボルチモア州候の子息トラシュが睨み合う。

「丁度良かった。今エスペラントのいい縁談の話があって……ねえトラシュ様」

 その二人の間の緊張感など知らぬ素振りでユリウスが朗らかに言う。反対側の壁にいるクロードには何の話をしているのか解からないが、あれで相手が女の子なら普通なのにと眺めていた。どう見ても三角関係に見える。あんなところにのこのこ行かない俺は偉いとクロードは舌を出した。食べ物もそこそこ食べたし、俺は酒なんて飲まないしそろそろ引き上げ時だ。クロードが階段を半分ほど上がりかけたところで、踊り場から上階へ上がって行く女性が目に入った。

「あの……すみません」

 クロードの声にびくっと肩を震わせて女性が振り返った。

「……何かしら」

 振り向いたのは自分とあまり歳が違わないと思われる少女だった。そう思うがクロードには女性の歳がよく解からない。化粧をされてしまうともうさっぱりだ。

「お客様の控え室はこっちじゃないんですけど」

「あ、ああそうなの? 案内して下さるかしら」

 なんか使用人に間違われているみたいだが、訂正するのも面倒でクロードは庭へ手を向ける。

「こちらです、どうぞ」

 少女を先導しながら横目で見る。自分もブロンドだがクロードは銀髪に近いブロンドだ。後ろから付いてくる明るい黄みの強い太陽を思わせる色とは大違いだ。この子が太陽なら俺は月だな……ふと思う。髪に似合う大きい明るいブルーの瞳の可愛い顔立ちだ。ここら辺のたぶん貴族の娘なのかなとクロードは見当をつけた。

「あちらですよ」

 庭の左手にある二階建ての小宮を手で指し示して立ち去ろうとした、クロードに少女から声がかかった。

「ありがとう、クロード。あなた、ハーコート公の三男のクロードでしょ?」

 少女はにっこり笑って続ける。

「私は隣のボルチモア州の州姫でアリスローザといいます。トラシュ兄様について来たのだけど兄様ったらあなたの二番目のお兄様にご執心で私なんて放ったらかしなの」

 ああ、あの三角関係の……とクロードはトラシュの顔を思い浮かべた。

「しかし、なんでユリウス兄様?」

「そうよね、州候の次期当主が男性好きじゃ困った事だわ。でもあなたのお兄様、凄い美形ですもの。ここら辺では有名なのよ、写し絵なんて出回って」

 へえ、あいつの本性知ったら皆手を挙げて逃げ出すだろうに。そうクロードは考えていたが思い切りくだけた口調のアリスローザのことは別に変だとは思わなかった。

「ねえ、もう少しお話しない、クロード?」

「いいけど」

 アリスローザがクロードの手を取って庭の奥の方へぐんぐん引っ張って行く。いくらなんでもこれはおかしいとクロードも思う。

「私前からクロードの事気になっていたのよ、知ってる?」

 いや、名前も顔もさっき知ったばかりなので知らないと答えると、ぱしりと頭を叩かれてクロードは目を丸くした。

「何度か私、ここに来てあなたに挨拶したことがあるのに全然覚えてないの?」

 そう、言われても思い出せない。一応、ごめんと謝っておく。女の子っていう生き物にはなるべく逆らわないほうがいいと妹で勉強済みなのだ。

「いいわ、許してあげるから私と一勝負しないこと?」

 ――え? 一勝負って……。

 アリスローザは辺りを見回して庭の隅にあった手頃な棒きれを二本拾うと、その内の一本をクロードに投げてきた。

「私、結構鍛えてるのよ」

 そう言って棒を構えるアリスローザにクロードは面食らう。

 やはり自分に色気のある話はまだ早いだろうが、何でパーティに来た隣の州姫と剣術の真似事をするはめになるんだ? と胸の内で大いに愚痴った。



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