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東の庭

「クロード、捜していたのに。何、人ん家に勝手に上がり込んでご飯たべているんだよ、おまえは」

「今日休みなんて聞いてなかったんだもん」

「うるさい、無断で食べたものを返せ」

「なんだよ、ケチ」

 テーブル越しに組み合った手をラドビアスが両手で押さえる。

「理由を見つけて喧嘩をするのを止めてください。ユリウス様、お急ぎなのでしょう?」

「そうだった……クロード、宿題はちゃんとやったろうね」

「いや……その……」

 そういえばあの後さっさと寝台に潜り込んで寝たんだっけ。

「もちろん、やったさ」

 後ろめたさゆえの強気で言いながらユリウスを見る。

「へえ……」

「まあ良いよ、貸した本と巻物をしっかり勉強しておけよ、クロード」

「ラドビアス行くぞ」

 何か言われるかと思ったがユリウスは竜門を開いてさっさと、潜っていく。

「それでは失礼します、クロード様」

 頭を軽く下げてラドビアスも主を追って竜門を潜り、闇はふいと消えた。なんだよ、さくさく急いでお勉強するんじゃないのかよ。

 ほっとしたのか、がっかりしたのか自分でも解からないまま、クロードは暫く椅子に座っていた。そうだ、と立ち上がる。

 エスペラントを馬に乗せてやろう。またいつ休みになるか解からないのだからと自習なんて棚上げしてクロードはユリウスの小宮を後にした。

「あんな大昔の詩やら歌やら今更何の役に立つっていうわけ?」

 丁度、古典の勉強が終わったところで少々げんなりしながらもエスペラントは威勢よく言った。その大昔の言葉が俺には大問題なんだよと思いながら、自分の部屋に置きっぱなしになっている本のことを考えてクロードは苦笑した。

「今日は葦毛のロッシュに乗せてやるよ」

「早く、兄様」

 エスペラントに手を引かれながらクロードはダリウスの結婚話を思い出していた。俺は結婚なんてこの先縁がないのかと漠然と考える。

 したいのかと聞かれれば今は全く好きな娘もいないし興味もない。しかし、一生できないと決まってるとなるとしてみたくなる……かなとも思う。

 確か魔道師は妻帯出来ないと聞いた事があるし。

 この国の国教であるはずの魔道教は在家で魔道師になることを禁止しているのだ。つまり魔道師はすべて出家して各地にある廟に属しているか、首都サイトスにある魔道師庁に属しているのだ。

 一般の人が魔術を日常使うことは無いが、まれに廟から脱走して街中で暮らす辻魔道師がいるにはいるとも聞く。国の中で根を張り、浸透しているのに民の誰も魔道教がどんなものなのか中身を知ることが無い。変な国教だ。

 そんな事をつらつら考えながら厩舎に向かう。横で姦しくエスペラントが何か言っているがクロードは上の空だった。

「ドレイク、いる?」

 厩舎(きゅうしゃ)の入り口から声をかけると、太りじしの中年の男が手ぬぐいで首の後ろを拭いながらやって来て歯の欠けた口を開けて笑いかけた。

「これはクロード様、今日はどの馬になさるんで?」

 いつもふらりと一人でやって来て馬の世話や馬丁の子供と遊んでいた子供が、自分の雇い主の庶子とはいえ、本当なら口を利くこともない身分だと知ったのはつい一年ほど前だ。

 相変わらず一人でやって来て自分のような下賎の者にも町の子供じみた気安い口を利くクロードにすっかり慣らされて、今では膝を折ることも無く普通に話をしている。

「うん、今日は二人で乗るから体の大きいロッシュにしようかと思ってる」

「あれは足が遅いですよ」

「今日は速くなくていいよ」

「左様で」

 そう言ったところで厩舎の外にいる豪華なドレス姿の少女が目に入り、ドレイクは狼狽する。

「ああ、こいつは気を使わなくていいから」

 それを見て、クロードが少女の方へ顔を向けた。

「エスペラント、父様や、兄様に告げ口なんかするなよ」

「そんなの、するわけ無いでしょう」

 勝気な返事が返ってきて、ね? とクロードは馬丁の男に片目をつむってみせた。大きい馬具をロッシュに着けると、クロードはドレイクに手伝ってもらってエスペラントを馬に乗せ、自分は身軽にエスペラントの後ろに飛び乗る。

「じゃ、東の庭に行くか」

 楽々と手綱を取って並足よりやや速い速度で走らせ始めた。東の庭とは、庭と言っても手入れのされていないややうらぶれた広い州城の敷地の東にある荒地だ。だが、それだけに馬で走り回っても誰にも文句を言われない。

 整備されている馬場みたいに人がうじゃうじゃ寄って来ないクロードのお気に入りの場所だった。白い小さな花が咲き乱れ、雑草といえど群生している様はそれなりに美しい。

「きれいね、兄様」

「うん」

 そこら中ジグザグに馬を乗り回して、エスペラントをきゃあきゃあ言わせてからゆっくりと並足にさせいるとクロードの前に乗っているエスペラントが振り向いた。

「兄様、また乗せてね。私が大きくなってもよ」

「ああ、もちろん」

 エスペラントにそう言ったが、クロードはそれが無理なことも解かっていた。エスペラントは十三歳になる。貴族社会で女の子が十三歳といえば、社交界にデビューする歳だ。そうなったら、こんな風に城を抜け出して遊びまわるわけにもいかないだろう。

 クロードだってそうなのだ。あともう二、三年の後には現王が死んでクライブが王となり、胸の竜印が完成する。そうしたら嫌もおうもなく、サイトスに行ってクライブが死ぬ時まで彼に仕えなくてはならない。

 そしてその後は……際限の無い月日を魔道師として生きていかなくてはならない。クロードはふっと気持ちが冷めて馬を厩舎に向けた。

「今日はこれで終わり」

「え――? もう、終わりなの兄様」

 エスペラントが残念そうな声をあげたが、クロードは早く自分の部屋に帰りたくなっていた。自分の部屋に帰ると本棚の奥へ隠していた巻物と本を取り出して、机に広げて自分の思いを誰に言うでもなく口にする。

 俺は一歳やそこらで魔道師として生きる運命を与えられた。竜印の完成とともに俺は歳を取ることも無く人としての範疇(はんちゅう)を超えた生き物になってしまう。今までの王の半身たちは自分の決められた将来について葛藤は無かったのだろうか。俺は……怖いよ。

 しかし、もし俺がクライブだったとしても寿命が尽きるまで歳を取らない王として生きる道があるだけだ。

 王という名の半身を魔道に人質に差し出す為に双子を世に送り出す存在……。それって幸せなんだろうか。

 暗くなるばかりの考えを振り払い、クロードは本に集中しようと昨晩のラドビアスの説明を思い出しながら古代レーン文字を悪戦苦闘しながら音読していく。

「俺ってクライブに仕えるんだよな。でもさ、そいつが嫌な奴だったら最悪だよな」

 印を結ぶ練習をしながらそんな事をぶつぶつ言っている時点で勉強に身が入ってないのは一目瞭然だ。

「どんな奴か見に行ってやるか」

 声に出すと、クロードは立ち上がった。今ならユリウスの城には誰もいない。ローブとペンダントを取りに行こう。サイトスなら竜道も整備されているから俺でも通れるはずだ。

 そう算段をつけると、ラドビアスやユリウスが竜門を開けるときに使っている呪文と印を思い出して、さっきとは雲泥の差の熱心さで練習してみる。

 その一刻の後にユリウスの城の地下からごく若い魔道師姿の者がこっそり竜門を開けた。


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