第01刻 闇泣
人生の生きる意味。
それを見つけることは難解な数式の答えを見つけることよりもはるかに難しい。
―ダニエル・カチェフ著「人生の難問」より―
落ちていた。
静かな闇の海を、僕はゆらゆらと漂いながらゆっくりと落ちていた。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、暗闇と痛いぐらいの無音が周りを支配していた。
肌に感じる水は差すように冷たく、体の心まで凍ってしまいそうなほど。
だが、その水さえも見ることはできない。
―何故?
こんな寂しい所にいるんだろう。
疑問が浮かぶ。
真下に広がるは無限の深淵。
とくん。
突然、無音の世界に音が響く。
響いたのは僕の心音。
冷たい海で、冷たい僕の心臓が急に脈打つ。
ひどく大きく聞こえたその音は…しかし続かない。
鳴ったのは一度だけ。
音は無音の海に溶けてその姿を消す。
だが、消えいく僕の心音は僕の記憶を呼び覚ましていた。
浮かび上がったのは一つの光景。
―そうだ…僕は。
―学校に行くのが嫌で。
―アイツらに会うのが嫌で。
横断歩道。
赤の歩行者用信号機。
走って来る大型トラック。
一歩踏み出して、それから…。
痛みは一瞬だけ。
あっけない。
本当にあっけない死だった。
後悔は…たぶん、している。
だけど、僕には強さがなかった。
生きる強さが。
だから。
もし……もしも、今度生まれ変われるなら。
もっと強くなりたい。
もう二度とあんな思いをしなくていいように。
もっともっと…強く。
僕は泣いた。
暗く、冷たい、闇の海で。
声をあげることはできなかったが、その代わり涙がボロボロと絶え間なく零れて暗い海に溶けた。
泣いて。
泣いて。
泣いて。
やがて、涙が枯れたその時。
今まで底が見えなかった暗闇が、僕の直ぐ目の前まで来ているのを感じた。
深い、深い、黒より黒い闇が、その口をぱっくりと広げて僕を飲み込み、僕の意識は深い闇に溶けるようにして…消えていった。