スパダリになった元彼と再会したら、忘れたはずの恋が動き出した
『同窓会しませんか?行ける人は反応ください!』
昼休みに開いたスマホに表示された、見慣れないアイコンのグループ。
名前を確かめると、サークルの後輩からの久しぶりのメッセージだった。
突如作られたグループチャットのメンバーを確認する。
試験の結果を見るような、そんなそわそわとともに指を滑らせて見つけたのは、旅行先であろう景色の写真が設定されたアカウント。
知らない写真に、彼は今どんな生活をしているのだろうと思いを馳せる。
昔から仕事の速かった彼は、既に「行く」というリアクションを示していた。
大学を卒業して5年、一度も顔を合わせていないどころかSNSもフォローしていない。
『知り合いかも?』に表示されたこともあったが、名前を見ただけで苦いような甘酸っぱいような思いが去来して、気持ちに蓋をするようにスルーしていた。
月末の金曜日か。予定はない、けど……。
誰に誤魔化すわけでもなくスケジュールアプリを開き、一応予定を確認する。
参加するか躊躇ったが、元彼が行くのに自分が行かないなんて負けたような気がする。
妙な意地が出てきて、「参加します!」と返事をした。
元彼――シュウと付き合いだしたのは大学に入ってすぐのことだった。
入学オリエンテーションの日、早めに学校に向かった私よりも、さらに早く登校して本を読んでいたのがシュウだった。
少し癖のある黒髪がよく似合うミステリアスな雰囲気に惹かれて、ドキドキしながら私から声をかけた。……薄い唇と色白な肌が知的に見えて好みだったのは認める。
そこから色々話しているうちに気になっているサークルが同じだと知り、気がつけば付き合っていた。
お互いに男子校、女子校の出身で、ちゃんとお付き合いするのはこれが初めて。
だから、青春っぽいこともたくさんした。
手作り弁当を持ってピクニックしたり、付き合って一年の日にはサプライズでプレゼントを贈ったり、終電を逃して二人で繁華街を彷徨い歩いたり……。
私の誕生日には、背伸びして海の見える素敵なフレンチに連れて行ってくれたこともあった。
女性には金額の書いていないメニューを渡すレストランで、それを知らないシュウが「この一番高いコースにしようか」なんて言って……。
普段は何でもスマートにこなすシュウの珍しいやらかしがかわいくて、今も温かい思い出として心に残っている。
最後は……そう、仕事に全力を出していきたいシュウと、プライベートも充実させたい私の、方向性の違いで別れたんだったっけ。
未練などはないはずだ。
すごく好きだったけれど、もう何年も思い出すことはなかったし。
今の生活は、120点ではないかもしれないが充実していて、そのスタイルを変えようというモチベーションは今のところない。
ほんの少し会うのが不安に思えるのは、昔の思い出を綺麗なまま閉じ込めておきたいからなのか、今のシュウを見てかつての恋心に少しだけ浸りたいからなのか……。
そもそも、向こうにはもう彼女がいるかもしれないしね。
昔からモテる人だったから今だってそうに違いない、と一番あり得そうなシナリオを想像してみる。
心はすっと凪を取り戻し、この恋愛は過去のものなのだとすぐに整理ができた。
―――――
7月某日。同窓会の場所として指定されたのは、暖色の照明がこなれた雰囲気を醸し出すワインバルだった。
大学の頃は安さ重視で大衆居酒屋ばかり行っていた後輩のセンスに不安があったのだが、しっかり成長していて安心する。
店の半分を貸切にしたらしく、すでに集まっていたメンバーはハイチェアやソファで楽しそうに赤い顔で語らっている。
「先輩!こっちです〜!」
会を企画してくれた後輩が、人懐っこい笑顔で手を振っている。
その声につられて、何人かがこちらを向く。
注目を集めた特有の、周囲の声が一瞬途切れる感覚があった。
「久しぶり、今日は企画ありがとうね」
大人の余裕を醸し出すように、あえてゆったりと集団に近づいていく。
通りがかったスタッフにサングリアを頼み、後輩のいるハイテーブルについた。
「先輩お元気でしたか?ってかめちゃめちゃ綺麗になってて驚きました!」
「うふふ、ありがとう。今日が楽しみだったからおしゃれしてきたの」
綺麗になっただなんて失礼な、前から綺麗だったって言ってよね!なんて少しだけ思ったが、そこは大人の余裕で真面目に感謝を述べておく。
今日が楽しみだったのも、めかし込んできたのも本当だったから。
なんなら、気合が入っていると思われないように、天然美人を作り込んできた。
サテンのロングスカートに、ほんのり肩が見えそうなドレープが美しいトップス。
髪はサッとクリップでまとめたふうだが、これだってちゃんと計算している。
「みんなと会うの久しぶりすぎて、顔見ても誰かピンとこない子がいるな」
そんなことを呟きながら、参加メンバーたちに目線を走らせる。
目が合った子にはそっと手を振りつつ、探しているのはシュウ。
……いた。少し遠い席だ。
存在に気づいた瞬間、心臓が跳ねた。
相変わらず集団の中心にいるらしい。
髪が短くなったり染めていたりしたらどうしようとよくわからない心配をしていたが、癖のある黒髪は昔のままで、ひどく安堵した。
記憶の中の面差しより、少しだけ痩せただろうか。
ネイビーのカットソーが、彼の白い肌をよく引き立てている。
幸い、向こうはまだ私の存在に気づいていないようだ。
気にしているのがバレないように、目線を止めることなく一周させて後輩に向き直る。
「みんな大人っぽくなりましたよねえ〜」
「ほんと!こんなおしゃれなお店で飲み会するなんて思わなかった」
そう言って笑ってみせると、後輩ははにかみつつも、「数々の飲み会を職場で経験してきましたからね!店選びも上手くなったと思いません?」などと宣うので、少し小突いてやった。
ちょうどサングリアが届いたので軽く乾杯して喉を潤すと、先ほど目があった女の子たちから声がかかったので、テーブルを移ることにした。
―――――
「ここ空いてる?俺らもいれて」
女の子数人で小さな女子会を開いていたところへやってきたのは、シュウと何人かの男子…いや男性陣と呼ぶべきか。
なんてことない顔を装って「どうぞ」と答え、少し空間を空ける。
しかし、体は緊張して指先には妙な力が入った。
声は上ずったりしていなかっただろうか。
どうしてるかなと気になってはいたけれど、心の準備がないまま同じ卓、しかも隣の席になってしまった。
顔は見たいと思っていたけれど、何を話せばいいかわからないし、それ以上にどんな空気を纏えばいいかわからなかった。
元彼元カノの空気が作りたいわけではないが、全くの友人同士という空気でもなんだか寂しい気がして。
我ながらめんどくさい。もうアラサーなのに。
「女の子だけで楽しんでるところ、お邪魔じゃなかった?」
「……」
「はい!久しぶりにシュウ先輩たちに会えて嬉しいです」
一体なんと答えればいいか困っていたところ、無邪気そうに引き取ってくれる後輩。
実はシュウたちが来る前に、久しぶりに会うのが不安だという話をしてあったので、空気を読んでくれたらしい。
できる後輩に、心の中で手を合わせた。
「みんなは最近なにしてんの?」
一人一人に話を振るシュウを見て、ああ、ここが好きで嫌いなところだったと思い出す。
誰もが輪から外れないように気を配る優しさと、決して彼女であっても人前では特別扱いしないという一線。
若かった私は、「シュウの特別なんだ」と周囲に示してほしくて、そのスタンスが辛くて仕方なかった。
今になってみれば、周りに気を遣わせないというシュウの言い分も納得できるものだけど、初めての恋愛でそこまで大人にはなれなかった。
「そういや、職場この辺だっけ?」
私への質問の順番が最後なのは、何か意味があるのだろうか。
当たり障りのない質問のはずなのに、勝手に意識してしまって考えがまとまらない。
「ここからは電車で一本かな。仕事は楽しいんだけど、そろそろ中堅に足がかかり始めた気がして困っちゃう」
捻り出した結果、無難な答えになってしまったがまあいい。
記憶の通りなら、シュウは有名企業でコンサルとして働いているはずだから、余計なことは口走らないに越したことはない。
なんとなく比べられたくなくて、なんとなく負けられない気がしただけ。
私、なんでこんな意地張ってるんだろう。
「後輩の指導とか大変になってくるよな、おつかれ」
外面のいいシュウは分かったようにさらりと共感してみせ、それすらも癪に障る。
こんな話がしたいわけじゃないのに、と感じてしまった自分を認めたくなかった。
もう少し、特別な空気感を期待していただなんて。
「二次会の店も探してあります!行く人〜!」
「はいはーい!」
「どこの店〜?」
企画担当の後輩が呼びかけると、飲兵衛たちは大学生の頃に戻ったかのようにはしゃいで大笑いしている。
ただし、声のトーンは抑めなあたり、ちゃんとみんな社会人になったのだと実感させられる。
「俺、朝早かったからここまでにするわ」
シュウが申し訳なさそうな声色で二次会グループに声をかけると、「えー」という名残惜しい声が聞こえてきたが、彼は笑ってあしらっている。
シュウが帰ると宣言したことで、一次会で切り上げる子たちが集まってきた。
「駅こっちだろ?同じ方面ならみんなで行くか」
同世代の中でも特に人望のあるシュウは、酔った子たちをさりげなくまとめはじめた。
特に予定のなかった私は、二次会に行くべきか、それとも一度も二人きりで話せていないシュウについていくか、迷って決めきれずにいた。
一緒に飲んでいた女の子たちも、二次会に行く子と帰る子で分かれており、どちらに行っても問題なさそうである。
もだもだ悩みつつ、「もうこれは縁がなかったってことかな」と諦め気味に二次会のグループへ向かおうとした、その時。
「ほら、こっちでしょ」
私の肩にシュウが一瞬だけ触れたと思うと、彼はすぐに列の先頭へと移動していった。
なに、来いってこと?
ほんの少しだけ彼のペースに乗せられることへの不快感があったが、結局どっちに行ってもいいと思っていたし、「お酒で判断力が鈍っていた」という言い訳に流されることにして、列の最後尾に加わった。
来た時とは違うこの駅は、少し大きくていくつかの路線が走っている。
「じゃあ私こっちなので!」「今日はありがとうございました!」と、誰かと合わせることもなくそれぞれが散っていく。
こんなドライな去り際も、大学時代と変わったところだろう。
久しぶりの面々との別れを惜しんでいるうちに流れに乗り遅れた……
というか、素直になる覚悟を決めるのに時間がかかりすぎて、気づいたらみんながいなくなってしまっただけだが、ここで初めて二人きりになることができた。
「何線で帰るの?」
ここにきても正直になりきれず、まだ逃げ道を持ったまま問いかける。
告げられたのは私とは違う方向で、「もうここまでだな」とようやく諦めがついた。
名残惜しいけれど、別れを告げるために笑顔の準備をした、そのとき。
「いい店知ってるんだけど、どう?」
聞こえてきたのは、予期していなかった、けれど待っていた言葉。
思わずシュウの顔を見つめてしまう。
弾んだ心に気づかれたくはなかったけれど、私を見る彼の瞳が柔らかくなったので、きっとこの感情は伝わってしまっているのだろう。
それでもはっきりとは認めたくなくて、「行きたい」とだけ口に出した。
―――――
シュウに連れられて降り立ったのは、地下鉄で数分の小さな駅だった。
表通りは華やいでいるが、裏通りは地面に小さな看板がいくつか置かれているだけで人通りはまばら。
建物から漏れ出る光でいくつか店があることはわかるが、歩いているだけでは中の様子を窺い知ることはできない。
シュウの足取りには迷いがなく、私は静かに彼の隣を歩く。
坂の合間から見えた小さな神社や枝垂れ柳がやけにノスタルジックで、一瞬だけ大学生の頃に戻ったような気分になった。
コンクリート打ちのビルの中、奥まったところにある扉を開けた瞬間、空気の密度がぶわりと上がる。
テーブルやカウンターに置かれたキャンドルの炎が揺らめいていて、緊張感と落ち着きが同居している。
客のほとんどはカップルや女子グループで、しっとりと会話を楽しんでいた。
カウンター席に案内されると、色とりどりのリキュールの瓶と、ガラスケースに入った冷たそうなフルーツが目に入った。
「素敵なお店だね」
「会社の人に、甘いのが美味しいって教えてもらったから」
「彼女とかと来ればよかったじゃん」
「あはは、確かに」
軽いジャブを打ったつもりが濁された。
いるともいないとも答えない、こういうところが好きで嫌いだ。
ほんの少しだけ、唇をとがらせて拗ねたようなふりをしてみる。
酔ったせいか、子供っぽい振る舞いになっている自覚はある。
自然な仕草で私の前にメニューを広げると、グラス一つ分くらいだけ体の距離が近くなる。
友達でも恋人でもない距離感。
どれも美味しそうで決めきれずにいると、「いちごのパフェにすれば?」と助け舟が入る。
「じゃあそうする」と答えたところで、そうだ、この人は私が欲しいものに気づく人だった、と記憶が蘇る。
「食べたいメニューで目線がよく止まってるよ」とかつてシュウに言われたことがあった。
当時は少し照れくさいだけだったけど、こんなに大人ぶった今となっては、同じように見破られたのだという恥ずかしさの方が勝る。
「今は彼女いないんだよね」
「ふーん、コンサルなんてモテそうなことしてるのに」
恋人の存在について隠すままにしておくと思っていたのに、割と早めに旗色を明らかにしたシュウに驚く。
「忙しくてそれどころじゃないでしょ。お金だって入ってくるけど使ってる時間もないんだから」
気づかれないよう横目でシュウの顔を観察すると、忙しいという言葉の通り、学生の頃より少しクマが濃くなっている。
それがかえって陰のある色気にも見え、なんだか心臓がどきりとした。
「そっちは?毎日出社?」
「リモートもできるけど、今日は出社してきたよ」
「その服で?」
「その服って何よ!」
飾らなさすぎるシュウの感想に、思わず大人の仮面を忘れて突っ込んでしまう。
綺麗なお姉さんだと思ってやってきたのに、心外だ。
「肩見えてるじゃん、遠くからでも目立つ」
「ちゃんと会社ではジャケット着てましたー。というか目立つってなんなの、もしかしてこっち見てたわけ?」
「別に」
私だって立派な社会人ですから会社ではちゃんとしてますー!と強く主張したい。
興奮のままに売り言葉に買い言葉で応酬していたけれど、見ていたことを認めるようなシュウの反応に、心が揺れたのがわかった。
シュウの気持ちに、気づきたくない。
もうこの話はやめにしたくて、強引なのはわかっていたがなんとか話をまとめようとする。
「まあ、お互い仕事を頑張ってるならなによりなんじゃない?」
「ありがたいことに次、プロジェクトリーダーやらせてもらえることになってるしね」
「ふーん、がんばってるじゃん」
「もっと素直に褒めろよ!」
みんなといるときは何を話したらいいかわからないとあんなに思っていたのに、二人きりになった途端するすると言葉が出てくる。
素直じゃないのはご愛嬌だ。
「…で?今日なんでずっとツンツンしてたの?」
突然の芯を食うような質問に、びくりとしてシュウを見やる。
シュウはグラスに視線を落としたまま、氷を転がしている。
態度とは裏腹に、聞こえてきた声は優しくて、二人の間の雰囲気は途端に甘くなった。
みんなの前では程よい友達の距離感を出していたつもりだった。
そんな虚勢がシュウにはバレていたんだとわかると、恥ずかしさやら情けなさやらで頭の中がぱちぱちとする。
泣きたいわけではないのに、なぜか瞳が潤む。
「別に、普通だと思うけど」
「そんなことないでしょ、全然目合わなかった」
「気のせいじゃない?」
「今だって下向いてる。こっち見て」
今の顔を見られたくなくて、すぐに顔を上げられない。
別に恋愛のときめきも、ヒリヒリする嫉妬も今は求めてないはず。
それなのに「こっちを見て」とはっきり言われ、逃げられない。
一つ息を吐き、お腹に軽く力を込めてから顔を上げる。
「もう付き合ってないんだし、あのくらいの距離感がちょうどいいと思っただけ」
お望み通り目を合わせ、わざと困ったように笑って見せる。
「付き合ってないんだし」という言葉を聞いたシュウが、少し悲しそうな顔をしたのは私の勘違いかもしれない。
カウンターの向こうでは間も無くパフェが出来上がりそうで、ちょうど仕上げの粉糖が雪のように舞い落ちているのが見えた。
届いたパフェはフルーツの花が咲いているかのような盛り付けで、見ているだけで気分が上がる。
美しくておいしそうな食べ物を目の前にすると、先ほどの微妙な感情は頭の隅に追いやられていった。
いそいそとスプーンを手に取ったところで、余裕ぶりたい意地悪な自分が顔を出す。
「見て、おいしそう。あーんしてあげようか?」
いちごとクリームをたっぷり乗せたスプーンをシュウの方に向けて、強気に笑ってみる。
付き合っているのを隠すようなあなたは、人前でじゃれあったりなんて、できないでしょう?
そう思っていたのに、私の予想は簡単に裏切られた。
「じゃあ遠慮なく」
恥ずかしくもなんともなさそうな、全く変わらないテンションで私の手を掴んで自らの口に運ぶ。
「ちょっと!本気にしないでよ!私のいちごだったのに!」
「くれるって言ったからもらっただけ。ほらお返し」
私の非難など意に介さない様子で、シュウは自分のパフェから大きな桃を掬うと、私の口元に近づける。
まさか自分が食べる側に回るとは思っておらず、どうしようと僅かに逡巡したのち、小さく口を開ける。
ずっと目線を感じながらもなんとか飲み込んで、恐る恐るシュウの様子をうかがうと、満足そうな顔で笑っていた。
「機嫌直った?」
「まあ、許す……」
「最近オフィスと家の往復しかしてないから、こんなゆっくり夜過ごすの久しぶりだわ」
シュウの呟きのような一言。
この時間が心地いいというメッセージに、嬉しくなると同時に、少し気恥ずかしさも芽生えた。
「そんな生活で夜パフェとか太るよ?」
「仕事で頭使いまくってるからセーフ」
「それで痩せるならみんな苦労してないし」
全くもって納得できない説明にくすくすと声が漏れる。
むしろ以前より痩せているのだから、本当は食べる時間もないのだろうことは容易に想像がついた。
「たまにはいいんだよ。だってこうしないと二人で話せなかったから」
「そんなことないと思うけど……」
「あるって」
その言葉の意味を考えたとき、ハッと思い出す。シュウはそんなに甘いものが好きじゃなかった。
スイーツが食べたいという私に、「俺は辛党だから」っていつも返していたっけ。
私はずいぶん、彼のことを忘れていたらしい。
シュウの思惑がようやく理解できて、スプーンを持つ手が止まる。
「来たってことは、少しは一緒に過ごしたいって思ってくれてた?」
率直すぎて、言葉に詰まる。
うん、と頷けばそれで丸く収まるのかもしれない。
でも私から言葉にしないとなのは、ずるい。
自分じゃ行かない店を調べて、みんなといる中でも私の姿を見つけていたのは誰?
「……違わない……けど」
「けど?」
「別に昔みたいに好きなわけじゃないから」
少し冷たすぎたかもと言ってから後悔したが、言葉を選ぶ余裕はなかった。
畳み掛けるように攻め込まれて、正直頭はクラクラしている。
いつもなら誰も傷つけないように当たり障りなく境界線を引けるのに、うまくいかない。
それでもいいよ、と少しだけ笑ってからシュウは続けた。
「俺が一緒にいたかっただけ」
シュウにしては珍しいストレートな言葉。
……なにそれ。
私の知ってるシュウはそんな甘いこと言うタイプじゃなかった。
頬が火照った気がするが、薄暗い店の中では見えていないと信じたい。
逃げても逃げても追いかけられて、もう勝ち目なんてない気がしてきた。
「へえ、素直だね。大人になったんだ?」
天邪鬼な態度を取ったって引いてくれるわけはないのに、こうする以外に自分を守る方法がわからない。
「まあね。でもこれは俺の気持ちだから。サクラがどう思ってるかは知らないけど」
真剣な瞳が私を射すくめる。
これまで強気だったシュウの突き放すような態度に、ここで引いたら本当に後がないかもと焦りが胸をよぎる。
「っ……また美味しいお店が見つかったら、ご馳走になってあげてもいいよ」
口をつくのはどこまでも可愛げのないセリフ。
けど、それが陥落寸前だというのはシュウにバレているのだろう。
今日のところはこのくらいにしてあげるとでもいうかのように、短い笑い声が聞こえた。
「ではまた、エスコートさせていただきます。連絡先をいただいても?」
わざとらしい慇懃なセリフに、悔しいけれどきゅんとしてしまう。
口元が緩みそうになるのを下唇を噛んでごまかしつつ、鞄からスマホを取り出すのだった。
リアリティを追求してみましたがいかがでしょうか?
行ったことのない店になぜ迷わず辿り着けたかというと...
シュウは電車の中で行き方を調べて、完璧に頭の中に入れているからです。
この作品はnoteにも掲載しています。




