Book of ways
すべての選択には、あらかじめ答えが用意されていると思っていた。
未来の地図を紐解けば、傷つくことも、失敗することもない。完璧な人生という名のレールの上を、ただ滑り落ちていくだけの毎日。
だが、痛みのない世界に、本当に僕の意思は存在していたのだろうか。
これは、用意された『正しい道』を捨て、雨のなかで自分の足跡を刻み始めた、僕の選択の物語だ。
Book of Ways』を開くと、そこには地図ではなく、無数の「分岐点」だけが描かれていた。
路地裏の古書店で見つけたその本を、高校生の陸は半信半疑で持ち帰った。白紙のページにペンを滑らせると、文字が生き物のように滲み、青い光を放ち始める。
『左の道を行けば、失くした時計が見つかる。右の道を行けば、忘れられない出会いがある』
言葉に従い、いつもと違う角を曲がると、道端の草むらで猫が懐かしい時計を丸めて寝ていた。翌日、別の選択肢を選ぶと、転校生と改札前でぶつかった。本に記された「道」は、未来の可能性そのものだった。
陸は夢中になり、毎朝本を開いた。テストの選択肢、告白するタイミング、部活の進路。本が示す「最善の道」を選び続けることで、彼の人生は完璧に思えた。失敗も、後悔もない。
しかし、ある雨の日、ページを開くと文字が激しく揺れていた。
『今日、あなたは重大な事故に遭う。回避する道は一つ。部屋から一歩も出ないこと』
陸は恐怖に震え、部屋のドアを閉め切った。外では豪雨が街を濡らしている。スマホの画面には、友人からのメッセージが届いていた。「傘を持ってなくて困ってる。助けてくれないか?」
本を見つめると、新たな文字が浮かび上がった。
『その要求に応えれば、あなたは傷つくことになる。部屋にとどまれ』
陸は指を止めた。本に従えば安全だ。傷つかず、後悔もしない。だが、自分の足で歩いていない人生に、一体何の意味があるのだろうか。指示通りの道を選ぶだけの自分は、ただの操り人形ではないか。
陸は『Book of Ways』を強く閉じ、棚の奥へと押し込んだ。そして大きな傘を二本抱え、雨の降る街へと走り出した。
泥を跳ね上げ、転びそうになりながら駆け抜ける。本には書かれていない、激しい風と冷たい雨の感覚。濡れた前髪を払いながら友人の元へ辿り着いたとき、膝にはすり傷ができていた。
「遅いよ!」と笑う友人に傘を渡す。痛む膝を押さえながら、陸は心から笑っていた。
翌朝、机の上の本を開くと、全てのページが真っ白に戻っていた。最後に、一行だけ新しい言葉が刻まれる。
『あなたの道は、あなたが踏み出す一歩でつくられる』
陸は静かに本を閉じ、自分の靴紐を固く結び直した。
【了】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「もしも未来の選択肢がすべて分かる本があったら」という着想から生まれた物語です。失敗のない安全な道も魅力的ですが、傷つきながらも自分の足で選んで進む過程にこそ、自分だけの本当の人生があるのではないかと思い、この作品を執筆しました。
陸が雨のなかで踏み出した小さな一歩が、読んでくださった皆さまの背中をほんの少しでも押すきっかけになれば幸いです。
評価やご感想などをいただけますと、今後の励みになります。よろしくお願いいたします。




