ずっと見守っている
まさに、蛇に睨まれた蛙の心地だった。あやしめ、と言われてピンと勘付けたのは、その言葉尻に見覚えがあったからだ。そして、幼い頃から当たり前のように視てきた妖が視えることを言い当てられたことが、わたしの心をひどくかき乱す。
「最初にきみが視た妖は狐だね?」
そうです、と言いかけた口を慌てて噤む。小学校に上がりたての頃、七五三の撮影で訪れた神社の軒下にいた男の子を見つけた。話しかけようと近づいたわたしは、彼から放たれる異様な気配と頭の上から生えたふさふさの耳に、琥珀色の瞳を見た瞬間勘づいた。彼はこの世のものではないと頭の中でテロップのように訴えきたのだ。
「次の日、学校に行く途中で視たのは河童だった。彼は、自分が視えるのか?ときみに問いかけながら小学校の門にきみが入るまで追いかけてきた。あの時は怖かっただろう?」
妖艶に微笑みながら肯定され、思わず頷いてしまう。生まれて初めて視た河童はぬめぬめしていて、しゃがれた声をしていた。彼は自分が視えることが嬉しかったようで、逃げるわたしの後を追い、小学校の門の前まで追いかけて来た。だが、門を入った瞬間、背後からの気配が消えたので振り返ってみるとそこには誰もいなかった。当時の夢だと思い込もうとした幼い自分が蘇り、手のひらに汗が噴き出す。
「怖くなったきみは両親に相談し、河童が出た場所に彼らを連れて行った。だが、川から出てきた河童を見ても彼らは河童が視えなかった。夢でも見たのだろうと片付けられたね」
見透かされている。というか、全てをどこかで傍観していたような口調に得体のしれない悪寒が背中を走る。目の前にいる顔の良い男の底の知れない顔を睨め付けた。
「‥‥なんなんですか一体」
「言っただろう?ぼくはきみを見守ってきたって」
訝し気に見るわたしの視線にも動じない香茂葵は、態勢を崩しながらわたしに顔を寄せる。端正な顔の奥にあるのは阿修羅なのか菩薩なのか今の段階ではわからない。けれど、彼から漂う尊崇を集める気配と微かな妖の気配は不思議とわたしを安堵させる。その正体が何なのか知りたくなったわたしは、彼に詰め寄る様に顔を寄せた。
「きみの妖視の能力が安定してきたのは20歳を超えた頃。白狐と会った日からだ」
どくんと心臓が波打つ。それは反射的なものではなく、胸の奥の核心を突かれた何かが揺り動かされたようなそんな振動だ。
「彼に会うまでのきみは、妖に付きまとわれるような焦燥感から神出鬼没な彼らへの対策を講じられずにいた。幸いきみの周囲に現れる妖には悪い者が少なかったから、生活に支障はないにせよそれなりに大変な毎日を送っていた。だが、白狐が現れてからというもの、彼の傍にいる間は妖を視ても不安に駆られない。それどころか、視ること自体を自分でコントロールできるようになった。大きな成長だよ」
まるで生徒の全てを見てきた教師のような口調でどこか誇らしげな表情をしている。その視線に嫌悪感は無くて、むしろ自然に誇らしく受け入れている自分が心の隅にいて、その得体の知れなさに嫌悪すら感じる始末だ。
「ここまで言えばわかると思うけど、きみの能力は一代で覚醒したものではない。きみの妖が視える力は千年前から存在する霊的資質。つまり、世襲された能力なんだ」
「世襲って、両親からの遺伝ってことですか?」
「そうだよ」
「でも、わたしの両親は妖が視えないし勘付きもしなかったですけど」
わたしの言葉にこげ茶色の瞳の奥が揺れ、憐れみを帯びた視線でわたしを見る。何かを言いたげに綻んだ彼の唇が言葉を飲み込むように結ばれていく。付き合わせた顔を離し項垂れるように椅子に体を預けてから、彼はわたしを見据えながら重々しい口を開く。
「彼らはきみの親ではない」
「‥‥はい?」
聞き返すわたしの言葉に返す彼の表情に笑みはなく、骨壺を一瞥しながら鼻で嗤って見せた。