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妖視





お茶なんか出さない。出してやるものか。


「三弦ちゃんって呼んでもいい?」

「・・・・ご自由にどうぞ」

「ぼくのことは何とでも呼んでくれて構わないよ」

「じゃぁ‥‥人さらい王子で」

「なんか語呂悪くない?」

「じゃぁ、泥棒王子で」

「‥‥とりあえず、座って話そうか」


 何という屈辱だろう。わたしの実家だというのにどうぞと促されて座るという謎すぎるこの状況に、サングラス軍団からの完全包囲だと言わんばかりの圧×10。サングラスの隙間から見える彼らの目はどう見ても一般人の眼光ではないし、統率のとれたその様は明らかに訓練されたものに見える。結果は出ている、この人たちはただモノではない。


「このサングラスの人たちはあなたの仲間ですか?」

「そうだよ。ぼくの部下だ」


 頬杖を突きつつの余裕の笑みを見ながら、この人のペースに完全に呑まれている自分にも腹が立つ。ふと視界に入った骨壺に、本当に両親が火葬されたのだと実感させられる。


「(――――この男が、両親を勝手に埋葬した男、香茂葵)」


 さっきレストランで会ったぶりに見る端正な顔が、ゆっくりとわたしを捉えるようにこちらを向いた。

色素の薄い茶色の瞳が緩やかに弧を描きながら、手元にある見馴染みあるカップにお茶を注ぎ入れていくのを眺めていると、サングラス男の一人が小皿を差し出してきた。


「ぼくが作ったお茶請けなんだ。よろしかったらご賞味ください」


 小皿の上に乗っていたのは柑橘系の果物らしき皮に砂糖をまぶしたお菓子のようだった。爽やかな香りが鼻をくすぐる。その匂いがひどく誘惑してくることに、この男と食べたレストランのご飯以降何も口にしていないことに気が付いた。抗えず摘まみ上げて口に頬り込むと、砂糖の甘さと柑橘の果汁が口いっぱいに広がっていく。


「・・・・美味しい」

「よかった」


 ちらりと一瞥した先にいる彼の顔は満面の笑みを浮かべている。こんなおいしいお菓子を作った人がこんな暴挙に出るなんて信じられないとさえ思わされてしまう、そんな味がした。


「ぼくと会った後、神社に行っていたんだね?」


 見透かすように目を細めた。その奥に笑みは感じられなかった。この期に及んで真意を見せない彼の態度に腹が立ち、わたしは無言を決め込む。そんな私を眺め見ながら、彼は静かに話し続けた。


「ぼくは、きみをずっと見守ってきた。やっと話せてうれしいよ、三弦ちゃん」


 これがただのおじさんなら鳥肌ものだろうが、端正な顔の貴公子に言われるとどうにも女心が刺激されて受け入れそうになる。だが、彼のしたことはずっと見守ってきた人間ができる所業ではない。頬杖を突きながらまるで愛猫を愛でるような彼の目に対抗するようきつく凝視してやる。


「あーぁ。怖い顔しちゃって」

「どうやってこの部屋に入ったんですか?」

「病院でもらった書類を見せたら、管理人さんが鍵を貸してくれたよ」

「わたしに無断で二人を病院から引き取ったのはなんでですか?」

「きみには行くところがあったんでしょ?三弦ちゃんは今日、誕生日、だから」

「‥‥そんなの、両親が死んでるって分かってたら行ってません」

「そこまでする程のことかな?」

「‥・・・は?」

「ぼくは誕生日の方がよっぽど大事だと思うけど?」


 美食家王子と香茂葵は同一人物だとわかってはいたけど、いざ突き付けられると、夢から引き戻される感覚で眩暈がした。夢のようだったわたしの誕生日の思い出が音を立てて崩れていく。わたしは、目の前で嗤笑を浮かべる男に挑むように睨む。怯みもされず、相変わらず柔和に微笑んでいる。


「誕生日は楽しめた?」

「・・・・皮肉ですか?」

「きみが心置きなく誕生日を楽しんでもらえるように配慮したつもりだったんだけどな」

「‥‥配慮?どういう意味?」

「誕生日の日に病院や火葬場になんか行きたくないだろ?きみへの連絡は遅らせて、ぼくの関知の元で大方済ませておいたんだよ」

「‥‥ってことは、レストランにいた時点で、二人は死んでいたってこと?」

「うん。そういうこと」


悪びれもなく即答する。目の前にいるそれは男でも人間でもない悪魔だ。全細胞が叫ぶようにわたしに訴えかけているけど、飲み下し、平静を装って質す。


「‥‥あなた、誰なんですか?」

香茂葵かも・あおい。きみのご両親の生前遺言執行者だ」


 サングラス軍団の一人が書類を差し出す。 正面には生前締結契約書と書かれてあった。ページをめくると2人のサインがあり、その上には自分たちが亡くなった場合の処理、葬儀、書類諸々それらを香茂葵に任せると記されている。段々と読み進めた――――最後の項目。


「ご・・・・お・・・・」


 目を見張るわたしを見ながら、香茂葵がゆるゆると口端を吊り上げる。


「あれ?両親が借金してること知らなかったのかな?正確には、5億2千8百万飛んで21円と4銭だよ。数珠、護符、人形、パワーストーン、祈祷。あ、ブランド品もあるね」


 細い指が種目別で金額を指差す。ブランド品以外は普通の家庭なら買わないような代物ばかりが名を連ねていた。だが、度肝を抜くのはその隣に書かれてある金額の高さだ。1品に対して数百万も使っている。質素倹約、勤倹力行の具現化のような両親を見てきたわたしには信じられなかった。


「こんな大金だれが‥‥」

「【主】だ」

「‥‥あるじ?」

「陰陽宮の創始者から彼らは借金したんだよ」

「‥‥おんみょう‥‥ぐう?」

「彼は高貴な身分でね。気軽に市井に降りられない。だから代わりにぼくが市井に降りて諸々を請け負っている」


「(主?高貴な身分? 市井に降りられない?)」


 なぞとハテナだらけのわたしを差し置いたまま彼は話続ける。


「家系図をみたことがある?」

「‥‥謄本なら見たことありますけど」

「その一番先。先祖のまた先祖を知っている?」

「・・・・知らないです」

「知りたいとは思わない?君が本当は何者なのかって」


 妖しい微笑みを浮かべながら婉曲に誘っているのはわかっていた。惑わされることなく素っ気なく彼に返す。


「興味ないです」

「・・・・そうか」


 すっと立ち上がり、興が削がれたと言わんばかりに冷淡な顔でわたしを見下ろす。香茂葵が。ツンとそっぽを向いた。 その横顔がまた綺麗でもはや腹が立つ。


「明日中にこの家は抵当に入る。この部屋の中に在る遺産はすべて返済に充てられる。5億に届かない分はきみが全額負う事になるからそのつもりで」


 人間が呆然を通り越した臨界点突破はフリーズだ。辛うじて動く口で反論した。


「・・・・・は!?!?!??」

「親子連座。常識だろ」


 茶色の瞳に冷たさが宿ったままわたしを平淡に一瞥した彼は、何の迷いもなくコートを手に取り玄関へ向かう。


「5億・・・・・」


 その背を追う気力もなくなった。ゲームかマンガでしか見たことがないネタのような金額を前に、わたしは呆然としながら紙切れを見詰めていた。


「(‥‥お金チョコなら何枚分ですか?)」


 背中を見せる彼に対してそんな質問ができる空気ではない。でも、そんなことくらいしか思いつかないほど現実味がなかった。なぜわたしに相談してくれなかったのだろう。 【いつか】の話をしてくれた二人は、最後に何を伝えたかったんだろう。 わたしが見ていた二人の顔は偽りだったのだろうか。様々なことが頭を駆け巡っている。


「(‥‥娘なのに借金していることすら知らなかった)」


 最後に話したのはいつだったっけ。最後にこの家に帰ったのは?そんなことを考えていたら胸の奥がぎりぎりと痛み始める。


「辛い?」


 背後から聞こえた、パンクしそうな頭に入り込んだ三文字はひどく優しく響いて、視界がぼやけていく。喉奥で涙をこらえながら、絞り出すように言葉を放った。


「‥‥悔しい、だけ、です」

「そっか」


覗き込むようにわたしを見る。憂色を帯びた顔と焦げ茶の瞳が、わたしを眺めていた。ふと、彼の目がサングラス軍団を瞥見すると、阿吽の呼吸のように全員が外に出ていった。急にがらりとした室内がひどく落ちつく。訪れた静寂の中で骨壺を見る彼の細くなっていく瞳を見てわたしから口火を切った。


「献杯って、わたしの両親にしてたんですか?」

「そうだよ」


悲しみを含んだ目のままの即答された。だが、わたしに残ったのは違和感だ。


「わたしの両親があなたの親友とか?職場の元同僚とかですか?」

「書類を書くとき初めて話をしたよ」

「・・・・じゃぁ、なんで献杯するんですか」


意外だった。わたしの言葉に彼の瞳孔が驚いたように開いたことが。その反応を誤魔化すように彼はわたしから顔を背けた。


「気まぐれかな?」


彼が選んだその答えに息を飲む。わたしはできる限りの憎しみを込めて睨みを放った。


「紛いなりにも、きみを育てた親だったからね」

「・・・・紛いなり?」


 意図を含んだ言い回しに反論しようとするわたしの口を彼は指で制止した。


「きみは、妖が見えるね?」

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