男の真相
一人娘のわたしを差し置いて、両親を引き取った。会ったこともない「かも・あおい」という男だか女だかわからない名前の人。
「‥‥何が起きてるの」
本日二回目の呆然自失タイム突入。はは、と乾いた笑いがでるほど、もう、わけがわからなくなっていた。
タクシーに飛び乗り、実家を目指す。 普段は閑静な住宅街のはずの場所に、まばらな人だかりが見えた。 彼らの視線は、明らかにわたしの実家の方角を見ている。急いでタクシーを降りると、その光景に目を見張った。見えるだけでも五台。黒塗りクライスラーが停車している。田舎おいては異様にさえ映るこの光景に気が付いた近所の人たちが群がり、文字通り野次馬化していた。
「あれまぁ。三弦ちゃん!!」
聞き覚えのある声の主は、隣に住む酒井さんだった。 コッペパンみたいなふっくらした手で、わたしの手をとる。
「この度はご愁傷様」
「・・・・なんで知ってるの?もう死んでること」
「さっきの骨壺もって三弦ちゃんのお家に入って行った男の人が教えてくれたのよ」
「こつ・・・・」
絶句で、言葉が出ない。
「骨壺を持った男の人たちがマンションに入っていったのよ。札にお父さんとお母さんの名前が書いてあったから。てっきり三弦ちゃんの旦那さんか、身内の人かと思って止めなかったの」
酒井のおばさんが申し訳なく謝ってくれた。
けど、わたしのほうが謝りたい。 夜中に。こんな田舎で。仰々しい車でわたしの両親を運び込み、あまつ火葬まで済ませたことを。はらわたが煮えくり返るとはこのことだ。 階段を走り抜け、最上階にある実家を目指す。 たどりついたドアの前には、仰々しい白幕が垂らされていた。
「・・・・こんどは家宅侵入ですか」
ご丁寧に、しめ縄のおまけつきだ。添えられた札状の和紙には、ホロスコープのような文様が描かれている。なにかのおまじない?
「でもこの紋様、どこかで・・・・」
瞬間、思い出して、ぞくりと肌が粟立つ。 ポケットに忍ばせたものに見覚えがあるからだ。
「おなじだ・・・・」
お守りと文様を見比べる。 やっぱり一緒。こんな偶然あるのだろうか。 否、無いが、いまは考えてる場合じゃない。 半開きになった扉を思い切り開けた。
「っ・・・・・」
途端に察知した、部屋中に広がる威圧感。気圧されて思わず後ずさる。
――――異様。
モーゼの十戒のごとく。廊下に佇む、黒服の男たち。 サングラスをかけていて、その顔から表情は窺えない。 ここから確認できるだけでも、10人。 3LDKの部屋に、まぁまぁ強そうな筋肉質体型の男が、十人。女が入ってきたとわかっても、彼らの威圧感は解かれない。物理のケンカになったら確実に負ける。でも、この先に行かねばならない。
ここは、冷静に。そして、強気に。だけど【命だいじ作戦】で行こう。とりあえず、ジャブ。
「あっ・・・・あなたたち、他人の家で、なにしてるんですかぁ!?」
(上ずったぁー空振り~)
見事にひっくり返った声にぴくりともしない。サングラス十人衆は、何か問題でも?という顔だけわたしに向けた。この壮観さたるや、滑った自分も相まって、狂気。でも、ここは、治外法権ならぬ、実家法権。 権利は、行使してこそ権利となる。
「わたしのお父さんとお母さんを、勝手に引き取ったのは知っています!まずは、二人を返しなさい!訴えますよ!!!」
しん、とした室内。五感が妙に研ぎ澄まされ、鼻から入り込む、懐かしい匂いに実家に帰って来たとこの状況で実感させられた。
――――泣いていいだろうか。
身内の死を迎えたわたしに、余裕なんてない。それなのに、立て続けに起きる人生初体験クラスの厄介事。未曽有とはまさにこれだろう。これ以上何か起きるなら異世界転生でもしなきゃ立ち直れない。
涙で視線が埋もれる。喉の奥がひりつく。
(あぁもう、誰でもいいから、助けて)
叫びだしたくなったその時。サングラス軍団の視線が室内に向いた。その先。
――――何かいる。
徒ならぬ雰囲気に顔を上げ潤む視界の先にいた男。
「ご両親はここだよ」
穏やかに微笑む顔。こげ茶色の瞳。栗色の髪。
「・・・・・うそ」
聞き覚えがある声。 それも、ごく最近。信じられない、信じたくない。 うそだ。むり。
「神様、嘘だと言って」