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非日常




 大きなお皿にちんまりと盛られている。


「アミューズは、手長エビのムース、柚子のグラニテでございます」


 店員に説明され、背筋が伸びる。非日常的な空間に期待と不安が入り混じり、あまつ興奮さえ覚えた。

(――――たぎる!アドレナリン! )


 小さなスプーンで、そっと掬う。

(なんということでしょう・・・・)

ゆずの香りとエビの香りが交互に舌で混じり合い、得も言われぬ余韻を残して消えていった。高級料理への高尚な見識はないそんなわたしの舌ですらわかる、この確証。


(ぜったいに、ワイン合う~!!!!! )


 しかし、わたしの食卓には水しかない。 察するに、イケメンにかまけている顔を見られ店員に呆れられたのだろう。もしくわ、一杯ウン千円のワインなんて頼まないと高を括られたか。メニューを貰おうと手を挙げるがいつまで経っても気がついてもらえない。周囲をきょろきょろ見渡し、他に人がいないか探す。 すると隣から、こつりと指で呼ぶように机を軽く打つ音が聞こえた。


「ワイン飲めます?」


 悪戯っぽい目でわたしを見やる美食家王子。 ようやく現れた店員は、タイミング悪く奥の部屋に入ってしまった。 タイミングよく彼の食卓には、ワインボトルが四本。 ちらりとボトルを見ると、どれも年代物の雰囲気を醸し出していた。


(たぶん。きっと。いいお酒)


わたしの身分ではそうそう飲める機会はない。


「・・・・・飲めます・・・・」

「よかった。グラスはあるから、注いでお持ちしますよ。白‥‥が合うかな?」


 そう言うと、空いているグラスに白ワインを注いだ。 その所作もまた綺麗で思わず見とれる。 するすると瓶から零すことなくワインを入れ終えると、わたしの目の前に来た。


「どうぞ」

「あ・・・・ありがとうございます」


白魚のような指でつかまれたグラスは、わたしの目の前で着地する。

その光景さえも、なにかの映画のワンシーンのようで脳内がふわふわした。


「こちらこそ。ぼくひとりじゃ、飲み切れないなぁって思っていたところだったから」


 美食家王子が、静かに微笑む。 この降り注ぐ笑顔は、わたしに向けられているのだ。


(これ、ハッピーエンド攻略か何かですか? 誕生日だからって、サービスしすぎですよ?神様)


 差し出されたワインを一口の飲み、最後の一口を掬う。


(――――これが、俗に聞く、マリアージュ!!)


 タイミングよく着いた前菜を皮切りに、次々と食事が運ばれてきた。

白魚のブルスケッタ、甘鯛のころも焼き、フィレ肉のグリエ。

その間も美食家王子は食事に合うワインをわたしに薦めてくれた。

 二人で飲み進めると、どんどん減っていくワインボトル。

ほろ酔い顔でおいしいと料理の感想を言い合う。

普段誰かと食卓を囲む習慣がないからか。感動にも似た幸せを感じてしまう。

食事が終わり、ほっと一息。

アニバーサリー事件や、店員いないいない事件など。

それらの不穏な影は消えすっかり消え、心の底からこのお店を選んでよかったとおもった・・・・・はずだった。


――――ばちばちばちばち‥‥。


(何の音?火‥‥花?)


 鳴り響く不穏な音に、身構える。

(まさか‥‥わが、アニバーサリーディナーの栄えある締めは‥‥)


「桜月三弦さま!おめでとうございます!」


一本の花火が散り跳ねる。


 仰々しい、否、神々しいお皿を運んでくれる店員の満面の笑み。

 角度的にこちらから見える、厨房からの生暖かい目。

 そして、美食家王子の、瞠目。


 ――――前言撤回!フルネームはアウトでーす!!!


 お祝いの声とともに、わたしの食卓にケーキが着陸する。

 着陸、と呼ぶにふさわしい。例外に洩れず、一人分なのに大きなお皿でちんまりケーキ。

 余白には、達筆な文字でhappy birthday三弦と書かれている。


 こんなオプション、お願いした記憶がない。

 たぶん、お店が気を利かせてくれたやーつなのだろう。

 ぱちぱちと拍手され、ぺこぺこと頭を下げた。


(あぁ、来年は、おとなしく実家に帰ろう・・・・)


「誕生日なの?」


 呑みが進んだほろ酔い声でいつの間にかため口になっている美食家王子が、優しい笑みで質問する。


(その甘い視線。いまのわたしの心には効きます。良い薬です・・・・)


「はい・・・・」

「そんな大事なこと、なんで早く言ってくれないの?」


 口を尖らせ、少し拗ねた声で怒る。

 フリ、なのだろうが、その顔でその所業は、罪深いですよ、王子。


「・・・・だ、だって、献杯の方に失礼すぎませんか?誕生日だなんて」

「そんなことあるわけないだろ。生きている者は、この世で一番大切なんだよ」


 達観というか、悟りというのか。


 何の迷いもなく言葉に出した所をみると、日常からこういう考えなのだろう。

 そのことに、ほんわり心が温まる気がした。

 死に人は、生人を見ることはできても気がついてはもらえない。

 どれだけ望んでも、現世で交わることはない。

 視ることができなくては、視られることもない。

 その現実がどれだけ辛いことなのか。

妖を視られる体質のせいで、死生観についてよく考えさせられていたわたしは、彼らの影袖から漂う、羨ましさ、悲しさ、それらが手に取る様にわかってしまうようになっていた。

 そして、生きている間を大切にしようと心底決意させられるのだ。


「きみの名前って、みつるって、いうの?」

「あ、はい。男の子みたいな名前ですよね」

「ん・・・・?そう、かもね」


 訝しく、洞察するような彼の瞳。


 一瞬でわかってしまった。わたしではない何かを見ているような目線。

 笑顔と共に消えたそれを、ほろ酔い頭で何回も再生してしまう。

 わたしの名前は、元は男の子が生まれると思って付けたものらしく女の子が生まれたとわかったときには慌てたと両親が言っていた。

 けれど、神社の神主さんにお願いしてつけてもらった名前だから今更変えられない。

 その様な理由から、わたしが女だとわかってもこの名前をつけたのだという。


「おめでとう、三弦さん」


 美食家王子に名前で呼ばれ、わたしの中の乙女心が震えた。


 ――――あぁ、酔っているんだ。


 これは、ワインの飲み過ぎなんだ。

 目の前で微笑む彼を見ながらそう自分に言い聞かせつつ気を抜くと生まれそうな感情に、わたしはそっと蓋をした。


「それじゃぁ、ぼくはこれで」


 手際よく店員を呼び、支払いを済ませ、預けていたコートを羽織る。


「話し相手になってくれて、ありがとう」


 帽子を被りつつわたしに向かって頭を下げる。

 慌てて立ち上がり、わたしも頭を下げた。


「こちらこそ!ワイン、御馳走様でした!!」


「生憎と、誕生日用の花束も、気の利いたプレゼントも持ち合わせていないんだけど、よかったら、これ。今日の記念に」


 そういって差し出したのは、和紙で包まれたお守りのようなもの。

受け取り中を開く。

 木札のようなお守りと、和紙でできた人型の紙が入っていて、その表にはホホロスコープが。

 裏には、「丑」と太字で書いてある。


「神社仏閣とか、興味ある?」

「あ、はい・・・・好きです」


( ――――誕生日ミッション最終地点を、神社参拝にするくらいには好きです! )


 と、言うのはあまりにもわびしいので、そこは固く口をつぐんだ。


「そのお守りはよく効くんだ。きみを、必ず守ってくれる」


 蠱惑的な微笑みというのが相応しかった。

 わたしの知らない世界を知り切っているような。

 その場所から見下げるような。

 でも、どこか温かさすらある笑みに、魅入った。


「またいつか」


 そう告げると、こちらを見向くこともなく彼はお店を後にした。




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