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枯山水と青龍



 上品な声色で挨拶してきたのは、艶やかな黒髪を結い上げ、きりっとした瞳の顔立ちは日本人形のように美しい女性だった。年は30代くらいだろうか。よもぎ色の着物に紅色の帯を着た佇まいも相まった着物美人そのもの。つまり、超美人だ。


「彼女の名前は梅さん。この家の家事を取り仕切ってもらっている」

「梅と申します」


 深々と頭を下げられ、三弦は慌てて頭を下げた。


「彼女は人間じゃない」

「えっ‥‥」


 言われて思わず距離を取り、怯える三弦を梅さんが穏やかに微笑み返す。


「わたくしは、葵さまの御母上の式神でございます」

「御母上‥‥って、葵さん以外にも陰陽師がいるんですか?!」

「うん。本業は全員社長業をしているけどね。基本的には、香茂家全員が陰陽師を正業としている」


 【本業は全員社長】と言うパワーワードはさて置き、梅さんが書類を手渡した。


「御母上からの伝書です」


 言われたとたん、真面目な顔つきに変わった。急ぎ目を走らせ文机から筆を執った葵が何かを書きこみつつ早口で話を進める。


神樂(かぐら)霜雅(しんが)は戻ったのかい?」

「戻られました」

()()()はない?」

「はい。()()は」


 含み意を感じた。だけど、今は流したほうが良い。勘に従う事に決めた三弦は、ただ黙々と流れる二人のやり取りに疑問を持つことなく、部屋の柱のごとくやり過ごす。


「夕餉は食べさせた?」

「先ほど食されました。今は広間で寛いでいらっしゃいます」


 三弦は、阿吽の呼吸のような二人の会話を見るのは初めてのはずなのに、眺めているのがなぜか心地よかった。隙間なく交わされる彼らにとっての日常のような空気がそうさせたのだろうか。ぼんやりと思考する三弦を他所に、数十枚はある書類に書き込みし続けながら、葵の視線が梅さんを捉えた。


「蛍ヒの締めは?」

雀音すずねさまが」

「売り上げは?」

「前比30%高です」

「まぁまぁか‥‥」


 不満ほど深くはない溜め息をこぼす。一瞬の愁いを見せた葵は、書き込みを終えた書類の束を梅さんに差し出した。


「母上と3人に伝えておいてくれ。陰陽宮から預かった桜月三弦さんは、今日からここで暮らすことになったと」


 チラリと三弦を見る。梅さんの細い視線からなにか温かいものが流れるのを感じた。一瞬で掻き消えたそれは主を見据える侍従の目となり葵へと戻っていく。


「御母上は宮の使者から聞き及んでいるかと存じます。陽の高いうちにお部屋の準備を用命されましたので」

「‥‥そうか」


 不思議そうな顔の葵を前に梅さんはニッコリ笑顔だ。


「北城家から使者が参っております」

「もう夜中だぞ?使者の名は?」

鴇宜(ときのぶ)様です」

「‥‥あぁ」


 眉間に皺が寄っていく。明らかに頭痛の種が来たとでも言いたげな表情の葵を前に、梅さんは淡々と事を告げていく。


「急ぎの要件だから当主本人に直接伝えたいとのことで」

「‥‥待たせてあるのか?」

「はい。梃子でも動かないご様子ですので」

「はぁ‥‥」


 幅広い肩をがっくり落とし小さくなっている葵を眺めながら、今日から自分がここで生活するってどういうことですかと問い質せるような空気でもなく、三弦は静かに留飲を下げた。その「鴇宜」と言う人がどんな人なのか興味すら湧いたが、ちらりと三弦を傍視する葵に笑みはない。


「‥‥三弦。申し訳ないが、ぼくと一緒に下まできてくれるかい?」

「は‥‥はい」

「では、こちらへ」


 梅さんに促されるまま部屋を出た途端、三弦は、広がる廊下の長さに驚きのけぞった‥‥心の中で。美術館と見紛う広さの廊下に、調度品が等間隔で並べられている。頭上には豪奢なシャンデリアが浮かび、辺りを眩く照らしていた。

 真紅のフカフカ絨毯を踏みしめながら階段を降りた三弦の目の前に顕われたのは、見事な白石の枯山水だった。整えられた苔と、石の上に巻かれた見事な渦巻き紋。その波紋の周囲には、桜の花が盛りと言わんばかりに咲き誇っている光景は壮観だ。


「きれい‥‥」


 導かれるように勝手に足が進んでいく。季節外れの桜の花びらが光苔の灯りに照らされ舞い落ちている様は、1枚の絵のようだった。全面ガラスで覆われた廊下を囲む枯山水の庭園をぐるりと見渡しながら、夢見心地で佇む三弦の体が、突然ふわりと甘い香りに包まれる。


「香茂の邸に女人とは‥‥驚いた」


 甘い香りとともに低い声で囁かれた驚きで跳ねた。三弦の体は、力強い腕によって抑えられる。自分の両肩が白い着物の裾から出た、男というにはか細い腕が、羽交い絞めるようにゆっくりと三弦を包んでいくのが見える。


「きみは何者かな?」


 肩ごと引き寄せながら三弦の耳傍へ顔を寄せ囁かれた。


「‥‥桜月‥‥三弦‥‥デス‥‥」

「そうか。きみが、()()


 微かに感じる嘲笑う気配に押し黙る。三弦の耳元に小さく吹かれた吐息交じりの声が続けて告げた。


「陰陽宮きっての結界師のぼくたちが張った術だというのに、見たところ、何の力もないきみが、ふわふわとホコリの様に漂っていられるのはなぜなんだろうか?」

「は‥‥はぁ‥‥なぜなんですか‥‥ね?」

「苦しくはない?胸が痛いとか喉が詰まるとか」

「ない‥‥です」


 三弦の応えに大きなため息をついた。耳傍にかけられた吐息で背筋が粟立つ三弦の体を自分の胸引き寄せる。服の上からでもわかるほど筋肉質な身体にどう反応したら正解かわからないまま彼に身を委ねていると、細長い人影が三弦の視界を覆った。


「相変わらず手が早いことだな、鴇宜(ときのぶ)


 仁王立ちする葵の揶揄るような言葉にも微動だにせず、男は三弦の背後から抱きしめ、まるで人質でも取ったかのような狡猾な目で対峙して見せた。


「心外だな。()()なにもしていないじゃないか」


 三弦の体を拘束していた腕が緩んだ。同時に三弦が振り返ると、そこにいたのは、白小紋の着物姿の綺麗な男性だった。妙齢で怪しげな雰囲気を纏った薄青の瞳が三弦を射貫くように見つめている。


「こんばんは。姫君」

「‥‥こんばんは」


 姫君、と告げるに相応しい品の良い声色は、よく冷えた庭園に波紋のように響き渡った。後ろで括ったグレージュブルーの長い髪をさらりと手で梳かして見せる。その仕草にすら色香が漂っていて、なんとなく小声で返してしまう三弦を穏やかな微笑みで受け入れながら、男は葵へと目を細めた。


「首尾は上々かな?ご当主様」

「問題ないよ」

「貴人は?主従にしたの?」

「まだです」

「‥‥そうか」

「こんな夜中に何用でしょうか?藤御門様」


 早く言えと言わんばかりの圧をかける。葵の顔に苛立ちという感情が滲んでいること自体が意外だった三弦は、空気を読みつつ押し黙った。


「北城様からの勅令だ。今宵、巳の刻、春日野家の末裔を連れて陰陽宮へ入れと」

「おやおや。高位に在るあなたが伝令ですか?」

「式神に代わってもらったんだ。ちょっとした戯れだよ」


 ちらりと一瞥する。三弦に向かった男の一瞬の視線に温かさはない。三弦にとってそれは、どちらかといえば侮蔑に近いものだった。


「彼女はぼくの弟子なんだ。そんな風に見るな。変態」

「また自分の庵に入れ込むのか?盛況だねぇ、帝のわんこくん」


 犬の甘噛みのような会話が終わると、男の空気がふわりと柔和に変わった。


「まずは一献。お清めと行こうじゃないか」


 どこから取り出したのか。魔法のように現れた籠の中から、お猪口と徳利を取り出し廊下に並べ始め、豆皿の上に塩と金平糖をほおり込んだ。どうやら酒盛りを始めるらしい。


「(つまみが渋い‥‥というか、ニッチ‥‥)」


 のん兵衛は塩と酒があればいくらでも飲めると聞いたことがあった三弦は、ぼんやりと考えつつサクサクと進んでいく作業を見守っていると、男の顔がこちらに向く。


「酌をしてくれないか?一献目は女子の酌でと決めているんだ」


 言いつつ徳利を三弦に差し出した。葵の顔を窺ってみるがなんとも変わらない表情で、三弦はよくわからないまま、「はい」と頷き受け取った。


「ありがとう、桜月三弦くん」


 フルネームで呼ばれたことで、自分の素性はすべてバレているのだと覚ってしまい、三弦の体が瞬時に強張る。その様すら戯れるように、男は面白げに声を上げた。


「知らないかもしれないけれど、きみはぼくたちの業界の間では有名人なんだよ」

「そ‥‥そうなんですか」


 甞めるように見定められながら酌をする三弦の背後に、にらみを利かせるように葵が座り込んだ。


「陰陽宮の青龍位を守る御護役、陰陽師、藤御門ふじみかど 鴇宜ときのぶ様だ。三弦と同じく、千年前からその血筋を引く一族の裔だよ」

「青龍って‥‥あの青龍ですか?」


 三弦の言葉に微笑みで肯定した。形のいい顔が満足げに二杯目をねだってくる。素早く酌をしながら男を観察しつつ、龍、といわれて彼の瞳や髪の色に納得した。 どことなく人智を超えた男の雰囲気に、三弦は問答無用に気圧される感じがしていたからだ。


「御護役は四人いて、青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶと連なる。彼らは、陰陽宮が建宮されて以来、宮の中に結界を張り続け、宮を守護し続けているんだ。ぼくの主が住まう御所天竜廓ごしょ・てんりゅうろう、遺物が収められている陰界院ようかいいんを軸にした東西南北の門を護り、鬼、悪妖、地獄などの災いを防ぐお役目を代々担う鴇宜ときのぶ様の一族は、陰陽宮の前身である陰陽寮の時代から存在している青龍位、青龍廟せいりゅうびょうを護り続けている」


 葵の解説を満足げな顔で聞き流しつつ、いつの間にか持ちだしたパイプで煙を薫らせて見せた。ふわりと漂う草らしき香りは、今までの人生で嗅いだこともないような不思議な香りがして、男の正体を知ったばかりの三弦にとって、漂う煙さえも厳かな竜雲のように見えた。


 早々に2杯目の杯を乾かし、3杯目をねだるようにお猪口を寄せられた。三弦は、とくとくと盃に酒を流し淹れる。


「ぼくは悪い御護役だからね。こうして陰陽師にちょっかい出すのが趣味なんだよ」

「ちょっかい・・・・ですか?」

「例えば‥‥そう。無垢な子にワルイコトを教えちゃうとか」


 長い指が三弦の手首をさらりと撫であげる。ひくりと背後の空気が揺れた気がしたが、三弦は目の前で凝視してくる竜の目から離せずにいた。


「良いねぇ、その強面な構え。嫌いじゃないよ」


 そう言うつもりで見ていないと言いたかったが、程よく酔ってとろりとした視線を向けられ押し黙った。三弦を見据えるように、鴇宜(ときのぶ)が目を細める。


「三弦ちゃんって呼んでいい?」

「は‥‥はい」

「じゃぁ、三弦ちゃん。今ここで死んでもらってもいい?」


 冷たい声。鋭く尖った目。淡々とした口調で言い放った鴇宜(ときのぶ)は、何事もなかったかのように盃を煽った。 聞き間違いだったのだろうか。そう尋ねようとする三弦を後ろに下げ、葵が男の前に出た。


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