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血の契約




ぽかんとするわたしを機嫌よさげに眺めている。目の前にいるのは、本業陰陽師の取り立て屋で見守り役の甘いマスクのイケメン。

だが、わたしは普通顔のすこし妖が視えるだけの、勘が鋭く働くくらいの特技しかないただの契約社員(アパレル店員)。そんなわたしは、偽の両親が作った5億強の借金を背負わされようとしている。そして次は、陰陽師になればいいと勧誘されている。


人生と言うものは、こんなにも目まぐるしく変わるものだっただろうか?


「陰陽師って、簡単になれるものなんですか?」


 茶菓子をつまんでいる香茂葵に質問する。相変わらず綺麗な指は、器用に茶菓子を口に運んでいた。


「そうだね。陰陽師の血筋があって、尚且つ妖視を持つ者ならばなれる」

「そういうのって、修行しなきゃなれないんじゃないんですか?あなたの先祖を師匠にしてたってことは、それなりに実力がなきゃ‥‥」

「なくて大丈夫だよ。強いやつはぼくが祓ってあげる」

「そう言う事じゃなくて・・・・」


 喜色を帯びた綺麗な顔と嬉しそうな声色で言った。何を言っても無駄らしい。爛々とした瞳と期待が籠った顔を見ていると、なんとなく反論する気すら薄れていく。


「死んだ彼らが法律上の両親である以上、きみにはどんな形であれ、返済する義務が課せられる。だが、国も陰陽宮も、きみが攫われていたことを黙認し、静観していた立場だ。金額などの緩和交渉の余地は与えられていると言っていい。そして、きみがぼくの弟子になれば、師の立場から陰陽宮での地位も確約してあげられる。ゆえに、貸主である北城家との交渉もやりやすくなるはずだ。三弦にとって、悪い話じゃないと思うけど?」

「‥‥ですね」


 噛みつくスキもない完璧な会話が悔しくて唇をかみしめる。わたしに拒否する権利はない。そう言われたも同然だ。交渉したところで、5億が500円になる可能性は低いだろう。半額になったとして、それを返す当ては?契約社員の給料を全額充てても返せるのはおばあちゃんになっても無理だろう。ならば、陰陽師とやらになって、身なりも顔も良さげなイケメン師匠に雇われた方が得策である。しかし‥‥。


「陰陽師って、お給料いくらなんですか?」

「宮からの宮廷費を戴ける。金額は家柄によって違うけど、春日野家から妖視が生まれたのは数百年ぶりだからね。きみだったら、100‥‥いや、300万は固いだろうな。それ以外に、陰陽師として働ければ追加で支給される契約になっている」

「陰陽師やります。陰陽師行けます。陰陽師やらせてください!!」

「‥‥食い気味に来るね?」

「その金額だったら、温情がなかったとしても返せる気がするので!!」

「‥‥そっか。なら、ほかに質問はある?」

「ないです‥‥たぶん」

「わかった。じゃぁ‥‥今日から三弦は、ぼくの弟子ってことで」


 くしゃくしゃと頭を撫でられる。大きな手は仄かに温かくて、その先に在る視線も温かくて、なんだか照れ臭い。


「ぼくのことは葵と。呼称はなんでもいいよ」

「じゃあ‥‥葵‥‥さん?」

「きみのことはなんて呼んだらいい?」

「なんでもいいですよ。呼び捨てでもいいし‥‥」

「なら、三弦って、呼んじゃうよ?」


 確認するようにつぶやいた後、葵さんはわたしの髪を掬いあげる。まっすぐにわたしを見つめてくる焦げ茶色の瞳を前に、わたしは石化したように目が離せなかった。ふと、葵さんの弧を描いた目視線で目が覚めた様に血流が回り始めると、わたしの顔はみるみる赤く逆上せていった。


「顔赤いけど。大丈夫?」

「ぜんぜん大丈夫です。お気になさらず‥‥」

「では、三弦の師匠として、ぼくからきみに最初の試練を与えてあげよう」

「‥‥えっ?」


 目の奥が笑っていない。細められたこげ茶色の瞳が、わたしを射貫くように見ている。どくどくと、体が勝手に脈打っているのがわかる。


「その前に、まずは契約を交わしてしまおうか♪」


 

愉し気に言ったあと、一転して真剣な表情に変わった。葵さんは、まっすぐに前を見詰めたまま、胸元から人型の紙を取り出すと、自分の唇に触れるように添えると、大きく深呼吸した。


押音(おん)

 

 葵さんの声とは思えない程に低い唸り響く声に反射的にぶるりと肩が震える。唇に触れた紙が激しく揺れ、吹き飛ぶように指から離れると、独りでに浮き上がった。すると、くるくると回り始めた人型の紙が、みるみるうちに姿を変えていく。その姿は黒に金糸の模様が施された巻物のような姿で、結ばれた金糸の結び目が風に乗ってさらりと解かれていく。目の前に現れた真っ白の紙を前に、葵さんが胸元から取り出した筆で文字を走らせる。草書のような達筆な文字をサラサラと書き終えると、目をつぶり、静かに呟く。


の者の双親そうしんの遺る罪は在らじと、香茂葵の名において神掃い賜え」


呪文と共に白く輝きだした巻物が揺蕩うようにわたしの周囲を囲む。周囲を囲んでいる紙には、葵さんの達筆な文字がひしめき合っていた。


「ここに簪がある。指先を少し切りなさい」

「‥‥は?え!?指を切る?」

「これは血の契約だ。きみが死んだ後も、きみの血を庇護し続けるのはぼくたち香茂家であるという血判書なんだよ」


 満面の笑みでそう言われて何も言えなくなった。葵さんの手のひらには、赤い実が連なったようなデザインの簪が横たわっている。赤い漆地に金箔で彩られた優美なものだ。


「(簪の先って、こんなに鋭利だった? )」


尖っていて、浅い肉なら貫通してしまう威力はありそうだ。


「後でぼくが手当てしてあげるから」


笑顔で窘められ、ごくりとつばを飲むと、意を決して簪を手に取った。


「(えぇい、もうなんとでもなれ! )」


指先に先端を押し当てると、ぷつんと突いた場所からみるみる内に血が流れだす。


「その指で、自分の名前を書きなさい」


言われるまま指先を押し当てて名前を書いていく。書き終わると同時に、巻物がひらりと葵さんの手元に返っていく。


「陰陽宮主北城の名の基に此の者の咎を浄ぐ。清魂浄瀞せいごんじょうせい


 葵さんの言葉と共に巻物が溶けるように消えた。魔法のような様を見ていたわたしの視界が突然ぐらりと傾く。気が付いた葵さんがわたしに駆け寄り、体を支えながら穏やかに告げた。


「終わったよ。これで三弦はぼくのものだ」


 語尾に決意が滲んでいる気がしたが、目の前がふわふわとする自分を支えるのが精いっぱいのわたしは、葵さんの言葉を聞きながらも、自分の体を何とかしなければと必死だった。


「ほ・・・・ぁ」


 変な声が出たあと、地面に膝をつき、だらり項垂れるわたしの体を葵さん擁される。陰陽師の香りだと言っていた乳香の香りが掠めた。


「念が剥がれただけだ。心配ない」

「・・・・ねん・・・・?」

「心の中を支配していた執念、怨念、思念の塊みたいなものだよ。三弦は真面目な子だからね。体に余波が帰ってきたんだ」


 穏やかにそう言いつつ、宥めるよう頭を撫でる。


「今はゆっくりお休み」


催眠効果でもあったのか。葵さんの声とその言葉を最後に、わたしは意識を手離した。



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