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乳香と他殺




「‥‥実は500歳とか?」


 真面目な顔で言うわたしに、香茂葵はぷっと噴だして笑った。


「なんだよそれ!きみの頭の中の陰陽師ってどうなってるの?」

「なんか‥‥悠久の時を流れ流れて三千里?みたいな‥‥?」

「残念ながら、陰陽師は不老不死の類の術は編み出さないんだ」

「そうですか‥‥」

「きみにもあるはずだよ」


 立ち上がるとわたしの背後に移動した。ほくろはいくつかあるけれど、さっき見た様な星形の痣なんて見覚えがない。逡巡していると、香茂葵がわたしの首元に顔を寄せてきた。微かな鼻息と口から洩れると息が首元にかかって背中が火照る様に熱くなる。


「ここだ」


 呟きながら服の襟をめくり上げ、取り出したスマホで写真を撮るとわたしに画面を見せてきた。そこには確かに星型を象った痣があった。


「春日野家は陰陽宮に最初に仕え陰陽師の一人だ。凛名様の血脈を継いでいる存在こそ宮の支柱となる。代々霊紋すらない者ばかりが生まれる春日野家に対して陰陽宮内で処遇を疑う者も多かったが、きみが生まれ、霊紋の発現がわかると、春日野家の立場は一変した。宮の中での立場も尊貴の待遇として扱われ、陰陽師として役割を与えられた。だけど、多忙になった彼女は、親友である彼らとも会えなくなったんだ。彼女にとっての心の癒しを取り上げたらどうなるか。そのことを想像できなかったぼくたちにも責任はあるんだよ」


 背後で聞こえる愁いに濡れた声を聞き入れながら、視界の先に在る骨壺を見やる。あの中にいるのが両親の親友で、ここで暮らした日々も、作った思い出も偽りだったと思えるには時間がかかると自覚していた。


「‥‥攫われたのって、わたしが赤ちゃんの時ですよね?」

「そうだね」

「わたし、今何歳だと思います?25歳過ぎてるんですよね。遅すぎませんか?」

「うん‥‥」

「見守ってたって言いましたよね?見守ってたなら、助けられるタイミングあったんじゃないですか?なんで助けてくれなかったんですか?」


 段々と声が大きくなるわたしに対して、香茂葵は黙り込む。背後から漂う申し訳ないという謝罪の空気すら気に食わなくなっているわたしを諫めるように、彼の細い指が肩にかかった。


「春日野様は親友の頼みを断れず、きみを里子に出した。それを僕らが知ったのは、きみがだいぶ大きくなってからの事だったんだ。陰陽師の子供は皆10歳を超えるまでは肉親以外との接見を禁じられているからね。すぐには露見しなかったんだ。だけど、さすがに困惑したよ。まさか陰陽師の末裔が勝手に里子に出されていたなんて、夢にも思わなかったからね」

「・・・・・ちょっと・・・・待ってもらえますか」


 椅子に体を預けても眩暈が止まらない。 苗字が違う事も、攫われたことも、親が本物じゃないことも。 そして、本当の親が死んでいるなんてクリティカルヒットを受けた体と心で普通にしていられ絵う自分が不思議だ。そんなわたしの顔を、香茂葵が心配そうにのぞき込む。


「これ以上はやめておこうか?」

「‥‥続けてください。いまだったら‥‥聞けるんで」


 自分を奮い立たせるようにこぶしを握った。この話が終わったら死んだように寝れるとか、自分を説き伏せるような理由を頭に巡らせつつ、彼に向き直る。ここまで来たら限界まで話を聞こう。 それで頭がパンクしてもいい。 どうせなにもかも、もう引き返せない。そう力を込めて見つめると、香茂葵は唇を動かした。


「きみが攫われたと知った北城様は、きみを養子に迎えたことを主に報告していなかった罪、そして、不純婚姻として北城家から追放されている身でありながら侵した咎によって、彼らを永久に陰陽宮から追放した。だが数年後、彼らは陰陽宮に誰かの手引きで入り込み、無謀にも我々に懇願してきた。お金を貸してください。貸していただけなければ娘が陰陽師に殺される、と」

「娘って・・・・わたしも?」

「うん。そしてその陰陽師は、北城の庇護を受けて三弦を育て上げろとも言ったそうだ。その為に必要になるという膨大な金を陰陽宮から借金できなければ、三弦諸共三日以内に殺すと脅されている、と。虚実を取るべく陰陽宮の陰陽師たちで調査を行ったが、確かに彼らの周囲には陰陽師の残香があった」

「残香って、匂いですか?」

「乳香の香りだ。この匂いは陰陽師の残証の一つなんだ。覚えておくといい」


 乳香と聞いた途端、わたしの心の隅がざらつくような感覚がしたけれど、意に介さずに話を聞くことに集中した。


「ぼくたちはすぐにでも君を連れ帰ろうとしたんだけど、幼いきみが彼らを両親だと信じ切っていて、剥がすことができそうになかった。ならば真実を暴くよりも、彼らの庇護を理由に完全に監視をしたほうが安全だと判断した。そして北城さまは、きみを健やかに育てることを条件に、彼らに対して巨額の貸し付けを決定された」


ぺらりとした薄紙を差し出す。それは先ほど見せられたものとは違う借金契約書だった。


「内訳をみても浪費の類ではないのがわかるだろ?結界を張るための術具の購入が借金の大半を占めていたところをみると、本当に命を狙われていたのかもしれない」

「知れないって・・・信じてなかったんですか?」

「彼らは、陰陽宮の未来に必要な支柱を奪った。その罪は未来永劫拭えるものではないからね。お金だけ掠め取り、きみをその陰陽師に売り渡すかもしれない懸念もある。だからぼくは、彼らに罰式を憑けて監視し、反故にできないようにした。だが昨夜、その罰式の瘴気が突然途絶えたんだ」

「それって・・・・どういう?」

「罰式は、過去に悪事を行った霊や神を調伏した式神のことなんだけど、彼らは普通の式神とは比べ物にならない程の力を持っている。それこそ、並の陰陽師では歯が立たない程の妖力だ。式神は、使役されている陰陽師の力を繁栄している。つまり、ぼくの力を受け継いでいるってことなんだ。しかし、その罰式の瘴気が消えた。ということは、ぼくよりも強い陰陽師に祓われたということなんだよ」


 部屋中を隈なく眺める香茂葵の顔からは苦悶が滲んでいる。式神を倒されたことへの苦痛なのか、自分の力が及ばなかったことへの後悔からなのか。ここにいたと思われる陰陽師の残り香を探しているようだった。


「北城家に庇護契約を結ばせたのは彼らだ。ゆえに、生前の誓言は死んだら無効になる。彼らが死んだ今、きみに例の陰陽師が接触してくるのではないかと思って、ぼくは気が気じゃなかった。だから誕生日の昨日、ぼくからきみに接触した。大事な記念日になるはずだったのに‥‥ごめん」


 申し訳なさそうな顔で頭を下げた。いえいえこちらこそ、イケメンと呑めて眼福でした‥‥と言えるわけもなく。


「‥‥すいません。わたし、ワインをガンガン飲んじゃって」

「あぁ、いいんだよ。あんなの日常茶飯だから」


 それは、日時用茶飯事に女性を口説きつつお酒を飲んでいるという事だろうか?それともお金持ちの純粋培養トークなのか。あれだけの高級なワインを飲みつつの優雅なディナーが日常茶飯事と言われても微塵も厭らしさがないのは流石で、そうか、イケメンだからか!で、納得できる。その容姿端麗さにはもはやあっぱれとしか言いようがない。


「春日野様の遺言には、【陰陽宮の善処に三弦のすべてを一任する】と書かれてあった。成人してからは、筆頭後見人のぼくがきみを保護するべく見守っていた。けれど、こんな結果になってしまって‥‥悲申し訳なく思うよ」

「あの‥‥なんで二人は自殺したんですか?」

「この部屋に何も感じない?」


 射貫くようにわたしを見る視線に促されて部屋を見渡す。彼が言うのであれば妖の類なのだろうと思い、わたしは意識を集中させながら注意深く眺めた。すると、鼻腔を甘い匂いが掠める。


「あ‥‥この香りって」

「乳香だ。つまり、彼らが死んだこの部屋には陰陽師がいたということだよ」


 言われてすぐ、乳香の香りが濃くなるのが分かった。怖くなって鼻を手で覆うわたしの様子をみていた香茂葵は、わたしの体を自分に引き寄せた。どくどくと脈打つ自分の心臓とは相反し、規則正しい彼の心音に、早鐘を打っていたわたしの心音が、少しづつ落ち着きを取り戻していく。そんなわたしの耳傍で、香茂葵が小さく囁きかけた。


「彼らは自殺したんじゃない。陰陽師に殺されたんだ」


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