最終章Ⅰ
目覚めの兆候のように思えて仕方がない。
「クラウ……?」
顔を上げ、その表情を確認しようとしたその時だ。クラウの胸辺りから、僅かな青い光を感じ取ったのだ。慌ててボタンを外してみると、痣がオーロラのように光を放っている。
ただごとではない。
「アレク! フレア!」
咄嗟に叫んでいた。すぐさま数人の足音が近付いてくる。
「ミユ、どうした!?」
「クラウの痣が!」
光は強さを増していくばかりだ。
「何だ……これ!」
「私にも分かりません……!」
痣の形をした光がどんどん広がっていき、数秒で一気に消え去った。
「なんだったんだ?」
辺りをキョロキョロと見回してみても何もない。クラウは穏やかな表情を称えるばかりだ。
とその時、青の瞳がゆっくりと開かれていった。
「クラウ!」
「うっ……!」
クラウは呻き声を上げると、はぁはぁと荒い息をし始めた。
どうしよう。このまま死んでしまったら。
泣きながら、丸まったクラウの背中を撫でる事しか出来ない自分が悔しい。
カイルも駆け寄ってきて、クラウの手を握る。
どれくらい重苦しい空気が漂っただろう。ようやくクラウの息が安定を取り戻していった。
「生きてる……? ミユも、俺も……」
「うん……うん……!」
カイルから解き放たれた右手を額に当てる。青の瞳はどんどん潤んでいく。
「ミユ……!」
「わあぁ……!」と子供のように泣きながら、クラウは私に両手を伸ばしてくる。それに応えようと、私も泣きじゃくりながら両手を伸ばし、クラウを抱き締めた。
「ごめん、ホントにごめん! 俺と同じ思いをミユにさせるところだった!」
何故、クラウが謝る必要があるのだろう。クラウは私を助けようとしてくれただけなのに。
「謝らないで! それは私も一緒だから!」
私を抱く手に力が入る。
「あいつに酷いことされなかった?」
「私は大丈夫! クラウのお陰だよ!」
「良かった……ホントに良かった……!」
皆も泣いているのか、鼻を啜る音も聞こえてきた。
ところが、感動よりも怒りの方が上回ってしまった人物がいたらしい。
アレクは目を吊り上げ、クラウに声を荒げる。
「オレ、オマエに言ったよな? 『んな事したらタダじゃ済まさねぇ』ってよ!」
「アレク!」
振り向いてみると、拳を今にも振り上げそうだ。フレアが止めようと、アレクの左腕を掴んでいる。
「止め――」
「殴ったら良いよ、アレクの気が済むなら」
「えっ?」
「俺、それだけのことしたからさ」
潤んだ目を伏せ、消え入りそうな声で呟く。
クラウが殴られるなんて間違っている。悪いのは私なのだから。
クラウにしがみつき、何とかアレクの攻撃を止めさせようと試みる。
アレクは「チッ」と舌打ちし、拳を下ろした。
「オマエらのそんな顔を見たら、やれるもんもやれねーじゃねぇか」
ぷいっと背を向け、腕を組む。そんなアレクを見て、ほっと胸をなで下ろした。
「クラウとミユの意識も戻ったし、今日はご馳走でも作ってやる。んじゃな!」
アレクはこちらも見ずに右手をヒラヒラさせ、早々に部屋を出ていってしまった。
「ホント、アレクって不器用だよね」
フレアは「ふふっ」と小さく笑い、アレクの後を追う。
「私も帰ります。いつまでもエメラルドを留守には出来ませんし。次にお戻りになった時は、豪華なお食事を用意してお待ちしておりますから」
アリアはウサギの姿へと変わり、光の中へと消えていった。
「私はサファイアでお待ちしておりますね! クラウ様の痣も気になりますし……お調べしないと。私は以前申した通り、『クラウ様の』お帰りをお待ちしておりますからね!」
カイルはぺこりとお辞儀をし、イヌの姿に変わってワープの体勢に入った。光の中で、青の瞳が潤んで見えたのは見間違えではないだろう。
「やっと二人きりになれた」
「えへへ……」とお互いに照れ笑いをし、クラウは上体を起こそうとする。クラウの背中に腕を回して手伝おうとすると、「大丈夫」と言われてしまった。
改めてベッドを椅子代わりに、クラウと私で肩を並べて座る。
「あのさ、ミユ」
「何?」
「俺の痣って?」
そうか、まだ気づいてないらしい。驚かせないように、慎重に言葉を選ぶ。
「自分の胸、見てみて?」
「胸?」
こくりと頷くと、クラウはナイトウェアのボタンを解いていく。目線を下に持っていくと、何とも言えない複雑な表情で痣を擦る。
「こういうことか……」
何のことを言っているのだろう。命に関わる危ない呪いかもしれないのに。
不安な顔をクラウに向けると、大きな手が私の頭を撫でた。
「大丈夫。俺はこれで死ぬことはないから」
悲哀を含む微笑みを私に見せる。
そんな顔をされては、そう思う理由を聞くに聞けなくなってしまう。ただただクラウを見詰める事しか出来なかった。




