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【完結・改訂版】異世界で魔法を手にしましたが、前世の記憶と呪いもついてきました~green side story~【第一部】  作者: 七宮叶歌
第28章 手紙

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手紙Ⅰ

 うっすらと開けた目に映ったものは、真っ白な天井だった。

 此処は何処だろう。天国だろうか。

 頭の中に靄がかかっているかのようだ。きちんと働いてくれない。

 横たわったまま、開き切らない目でひたすら天井を眺めていた。

 と突然、近くで物音がしたのだ。誰かいるのだろうか。気にはなるものの、確認することすら面倒臭い。


「ミユ!」


「ミユ様!」


 二つの声が重なる。視界には緑の髪と瞳を持つ人物の顔が現れた。


「あたし、アレク呼んでくるから」


「分かりました」


 ドアの動く音と、人が足を引きずりながら走り去っていく音が耳に響く。

 そんなものはどうでも良い。何も考えたくない。

 よくよく確かめてみると、腕には点滴が繋がれている。何があったのだろう。


「ここはどこ? ダイヤ?」


「そうですよ」


 何故、ダイヤにいるのだろう。分からない。

 一人でいれば、何も考えずにいられる。それなのに、この人を追い出す気力も湧かない。それどころか、数人分の慌ただしい足音が近付いてきたのだ。ドアの開閉音が聞こえ、人の気配が増える。

 

「ミユ。調子は……どうだ?」


 言葉が上から降ってくる。何故、放っておいてくれないのだろう。

 返事もせずに、虚ろに天井を眺める。


「影は? 呪いは?」


 私が言葉を発した後、ほんの僅かな間、沈黙が流れる。

 

「オマエ、覚えてねーのか?」


 痛い程の視線が私に刺さる。

 覚えていないとは、何のことを言っているのだろう。分からない。


「自分の胸を、見てみろ」


 何度見ても、そこにあるものなんて変わる筈がない。うんざりしながらナイトドレスに手をかけ、ボタンを外していく。虚ろな視線を胸元へ持っていくと、そこにあるべきものが、ない。

 

「どういうことか、分かるな?」


「呪いが……消えた?」


「あぁ」


 この時初めて声の主の方へと目を向けた。そこには笑顔のかけらもない。私を見る瞳は私と同じように虚ろで、どこか物悲しい。

 隣りにいる人物に至っては、声も上げずに静かに涙を流している。

 呪いが消えたなんて、喜ばしいことの筈なのに。


「何で泣いてるの?」


 他に何か悲しい出来事でもあったのだろうか。私が小首を傾げても、何も答えてはくれない。

 確かに、ここにいるべき人は一人欠けているのだ。いつも私の傍にいてくれた、あの人が。


「クラウは?」


 その人物の名前を挙げると、返事が返ってくるどころか空気が一層重苦しくなってしまった。聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。

 とその時、記憶が一瞬で駆け巡る。

 ルイスが影の生まれ変わりだったこと、真っ白な花畑で戦ったこと、アレクの右腕が貫かれたこと、フレアが足を負傷したこと、クラウの身体から溢れ出す赤、赤、赤――。

 一瞬でパニック状態に陥った。


「嫌……嫌ぁっ!」

 

 頭を抱え、記憶をなかったことにしようとしてみる。そんなことをしても無駄だと言うのに。


「ミユ様、落ち着いてください」


 誰かが私の身体を包み込んだものの、そんなものは何の慰めにもならない。


「クラウはどこ!? ねえ、どこにいるの!?」


「アイツは別の部屋にいる」


「生きてるの?」


「あぁ」


 良かった。本当に良かった。私たちは誰一人として欠けることなく、全員で帰って来られたのだ。

 安心し過ぎたのか、瞼が重たくなってくる。眠気には抗えず、そのまま夢の世界へと誘われた。


 * * *


 次に目を開けると、すっかり夜になってしまっていた。窓の外は星空で溢れ、部屋には蠟燭の明かりが灯されている。

 左手を辿ってみれば、点滴は外されていた。

 アリアは私の傍に座り込み、こっくりこっくりと船を漕いでいる。寝ずの看病を続けてくれていたのだろう。


「ありがとう、アリア」


 声をかけると、アリアは微睡みの中から目覚めたようだ。緑の瞳が段々と覗く。


「ミユ様……。おはようございます」


 欠伸をしながら、のんびりと挨拶をする。


「おはようじゃなくて、おそようだよ」


「そうでしたか。もう、そんな時間に……」


 アリアは部屋の中を見回し、小首を傾げる。


「アレク様とフレア様は?」


 言われてみると、夜になってからは二人の姿を見ていない。大きく首を振ると、アリアは顔を曇らせる。


「クラウ様の所でしょうか……」


 何故、揃いも揃ってクラウの話をすると暗い顔になってしまうのだろう。何かあったのだろうか。


「私もクラウの所に行きたい」


「ですが……」


「行きたいの!」


 いつもの明るい太陽のような笑顔を見て、早く自分を安心させたい。せがむと、アリアは観念したように立ち上がった。その表情は硬く、強張っている。


「ミユ様、起きられますか?」


 言われ、ようやく身体を起こそうと試みる。身体のあちこちが痛い。何分間か悪戦苦闘し、足を地面につけることが出来た。


「行きましょう」


 アリアに無言で頷くと、彼女は私の左手をそっと握ってくれた。その手が心なしか震えている。

 手を引かれ、辿り着いたのは、何度も訪れたことがあるクラウの部屋の前だった。アリアはドアノブを握り、静かに開ける。部屋の中はゆっくりと露わになっていった。

 アレクとフレア、それにカイルもいる。三人はベッドの傍に座り、何かを話しているようだった。


「皆様、ミユ様を連れてまいりました」

 

 アリアの声が凛と響くと、三人は驚いた顔で振り返った。


「ミユ!」


「ミユ様!」


 三人の声が重なる。


「アリア、なんでミユを連れてきた!?」


「いつまでも目を背けていては、何も好転しません。それに、ミユ様が一番知るべきだと思いますが」


「それは……そうなんだけどよー……」


 アレクはバツが悪そうに俯いてしまった。


「あたしたちは、ミユの心の回復を待ちたかったの」


「ですが、ミユ様はそれで納得はされませんよ?」


 私の心なら、もう大丈夫だ。フレアに微笑みかけてみせると、フレアまでもが俯いてしまった。


「ミユ様、クラウ様はこちらです」

 

 カイルは手でベッドを指し示す。アレクとフレアは立ち上がり、場所を譲ってくれたので、そそくさとそちらへと駆け寄った。

 クラウはベッドで眠っていた。柔らかな笑みを浮かべ、すうすうと息をしている。

 布団の中を弄り、点滴に繋がれた大きな手をぎゅっと握ってみる。温かい。本当に生きている。

 身体の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。目にはじんわりと涙が溜まっていく。


「ミユ様に見ていただかなくてはいけないモノがあります」


「えっ?」


 唐突な言葉に、素っ頓狂な声が漏れてしまった。

 やはり、クラウの身に何かが起きたのだろうか。

 カイルは神妙な面持ちで私に手を差し伸べる。立ち上がれということなのだろうか。断る理由も無いので、その手を取り、腰を上げる。


「絶対に目を背けないで下さい」


 強い語気に、生唾を飲み込む。

 カイルはクラウの枕元へと移動すると、掛けられていた布団を捲る。その手でクラウのナイトウェアのボタンを外していく。そこにはルイスの剣による傷跡がある筈だ。出来れば見たくはない。

 カイルはある程度ボタンを外すと、クラウの襟元を掴む。ゆっくりと捲っていくと、そこには信じられないモノがあったのだ。


「何、これ……」


 思わず口を両手で覆う。

 これは傷跡なんかではない。円が描かれており、中心には六芒星、縁にはよく分からないファンタジーを彷彿させるような文字が並んでいる。私のモノとは確実に違う痣が浮かんでいたのだ。


「私はこれをミユ様とは別種の呪いだと考えています」


 ぽつりぽつりとカイルが紡いだ。

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