戦いの果てにⅡ
二人は何かを話しているらしい。いつの間にか爆発音が鳴り止んでいた。
魔法も限界を迎えたのだろうか。
クラウは剣の切っ先をルイスに向け、声高らかに宣言する。
「お前は、俺が殺す!」
二人はゆらりと剣を水平にすると、大地を蹴り、突進を開始した。殺気と狂気に満ちた異様な空気が辺りを支配する。
「うわあぁー!」
クラウの咆哮が木霊した。
駄目だ、見ていられない。目を背けたいのに、見入ってしまう。
先に剣を振るったのはクラウだった。大きく振り被ると、ルイス目がけて重い一撃を食らわせる。それをルイスは野球のバッターのように弾き返した。
クラウはよろめき、体勢を崩す。
その隙を見て、ルイスは剣で一突きしようと試みる。しかし、それは当たらなかった。僅差で身体を捻り、回避する。
「お願いだから、もう止めて……」
世界を破壊するなどという馬鹿げた企みは捨て、今からでもやり直す事は出来ないのだろうか。オリビアや、エメラルドに根づく数多の命は確かに消えた。その罪を背負って、一緒に生きてはいけないのだろうか。
こんなことになって尚――ううん、こんなことになってしまったからこそ、考えてしまう。
「何で……お互いに平和に暮らせないの……?」
人間に転生出来たのなら、影の遺志を継ぐ必要なんてない筈なのに。
「ミユ、甘い考えは捨てろ」
「でも……!」
「アイツに『平和』なんて言葉はないんだろ」
では、クラウがどうなっても良いと言うのだろうか。今、真面に戦っているのはクラウしかいないのに。
ルイスは剣を振り被ると、縦に斬撃を放つ。避けきれず、クラウの右腕に赤い筋を残した。クラウは顔をしかめ、攻撃の俊敏さにたじろぐ。
「駄目……!」
何も出来ない自分が歯痒くて仕方がない。
身体にまとわりついている靄を見ると、ようやく半分が解けたようだ。残り半分――クラウは持ち堪えることが出来るだろうか。
私が岩を放てば、まだ反撃の機会がある筈だ。たとえ、私が斬られようとも。
どの道、私の呪いは解けていない。ルイスが殺されれば、私は死ぬ。それならば、少しでも生き残れる方を生かした方が良いと思うのだ。
「フレア、まだ!?」
「ごめんね、急いでるんだけど」
「もっと強くしても大丈夫だから!」
「分かった」
キリキリと痛む右腕を気にしながらも、痛いとは言わずにフレアを急かす。
少しくらいの痛みなんてどうって事はない。それでクラウが、三人が助かるのならそれで良い。
視線を戦場へと戻す。ルイスは未だにクラウに食い下がっている。まさに、草食動物を狩る獣のような眼だ。
クラウが一閃を放ったかと思うと、ルイスは剣を一回転させて華麗に躱す。
そこで、ルイスは何かを話しているようだ。声は微かに聞こえるのに、言葉は聞き取れない。それにクラウも反応しているようだった。攻撃の手が一瞬止んだ。
「ミユ、解けた!」
フレアの言葉を聞くや否や、身体は反応していた。ルイスの足元へと岩柱を放つ。気配を察知されたのか、ルイスは後退し、その攻撃は僅かに外れてしまった。しかし、そこへ流水が雪崩れ込む。
水の勢いによって岩は砕かれ、激流となってルイスを襲う。
今度こそ、成功した筈だ。漆黒の人影は、その濁流の中へと姿を消した。
「やった……!」
宿敵を倒せたかもしれない。喜びは一瞬にして絶望へと変わる。
ルイスはクラウの眼前に姿を現し、その身体に剣を突き刺す。クラウも何故か刀身の色を緑へと変えた剣を振るったけれど、ルイスの脇腹を掠っただけだった。
「ぅあッ……!」
「くッ……!?」
クラウの身体からは赤が、ルイスの脇腹からは光が滲み出す。そのまま二つの剣は二人の手から離れ、緑の剣は大地に転がった。漆黒の剣はクラウの胸に刺さったままだ。彼らは揃って大地に崩れ落ちた。
「嫌ぁぁーっ!」
何故、どうして。嫌だ、嫌だ、嫌だ――。
アレクとフレアを置き去りにし、脇目も振らずにクラウの元へとひた走る。ルイスに構っている暇なんてない。このままではクラウが死んでしまう。
息を切らし、涙もボロボロと溢れている。私が魔法を放ったせいだろうか。嫌な考えまでもが浮かび上がる。
足が縺れそうになりながらも、なんとかクラウの元へと辿り着いた。それは良いのだけれど、どうすれば良いのかが分からない。
とにかく、抱きかかえる。
瞼は閉じられ、呼吸は荒い。剣が抜けていないのが幸いだ。しかし、漆黒の剣が柄の先から次々と光となり、上空へと消えていくのだ。このままではいつ刀身も消えてしまうか分からない。
一人焦っていると、右足首にヒヤリとしたものが触れた。
「ミユ」
底冷えするようなルイスの声だ。背中に冷や汗が流れる。
絶対に殺される。身構え、瞼を固く瞑る。
けれど、予測した事態は起きなかった。確かに魔法は放たれた。闇ではなく、温かな光の球だ。
「フフッ……。ハハハ」
恐ろしい筈の笑みには、力が籠っていない。
ルイスは横たわりながら額に右手を添える。その身体は淡く光り輝いていた。
「解呪の剣を使うとは。やってくれる」
言いながら漆黒の目を吊り上げると、にたりと笑う。
解呪の剣とは、あの緑の剣のことだろうか。分からない。
「私を倒したとしても、王たちが愚かな行いを止めない限り、次なる私が生まれるぞ。必ずだ」
言い終えると、その姿は閃光へと変わる。瞬きをしている間に、跡形もなく消え去っていった。




