戦いの果てにⅠ
爆発音が鳴り響く中、クラウに背を向けて地面を蹴る。私の意志ではない。カノンがやっているのだ。
「カノン、戻って!」
“駄目。ミユを殺らせに行くようなものだもん”
「お願いだから!」
“駄目”
ルイスの魔法を私が光に変えられるのなら、この状況を変えられるのも私だけである筈なのだ。それなのに、カノンは考えを曲げる素振りを見せない。
このままではクラウが殺されてしまうかもしれない。恐怖が私を飲み込んでいく。
“あの二人はどこ?”
カノンの声に反応するように、首が左右を見回す。すると、左方向に二つの人影を見つけたのだ。
“カノン、こっち!”
“オレらはここにいる!”
この声はヴィクトとアイリスだ。あの二人も前世を宿していたなんて。と、呑気にそんなことを考えている場合ではない。
足は勝手にアレクとフレアを目がけて突進を開始した。そちらに行きたいのではないのに。どうして。溢れ出す涙を止められなかった。
二人の元にはすぐに到着し、座り込む二人へと滑り込んだ。アレクは数十メートル離れたクラウとルイスがいる方へと険しい顔を向ける。フレアは私の頭を撫でてくれたけれど、心地良さなんて感じられなかった。
「あの馬鹿、先走りやがった……!」
アレクは歯を噛み締め、苦悶の表情を浮かべる。
いつの間に持ってきたのか、クラウはシルバーのロングソードを携えていた。そして、ルイスの手にも漆黒のロングソードが見える。
これでは、いつ決着がついてもおかしくはない。
フレアは焦りを露にし、アレクを見遣る。
「どうしよう。状況を変えないと」
「動けるのはミユしかいねぇ。けど、ミユをあっちに向かわせるのはリスクが高すぎる」
アレクはしばし考えた後、私をまっすぐに見た。
「ミユ、魔法でアイツの援護を頼めるか?」
「それは出来るよ。でも」
もし、ルイスが反撃に転じた場合は、こちらの対処が出来ない。
「皆をまた危険な目に遭わせるかもしれない」
「フレア、まだ魔法は使えるか?」
「うん、少しなら」
「防御はフレアに頼めば大丈夫だ。だから、頼む」
そういうことなら、私も力になれる筈だ。大きく頷き、先にいるルイスを見詰める。
クラウとルイスは剣を取り出したとはいっても、まだ刃は交えていない。氷の球と闇の球で攻防を繰り広げている状態だ。ルイスに岩の柱を当てさえすれば、クラウは有利になるだろう。
魔法の特訓で氷柱を追いかけた、あの時間を思い出す。ルイスが攻撃する隙を狙えば――いける。
やり合う二人を観察し、狙いを定める。クラウが氷の球を放ち、ルイスが避けたその瞬間を狙って、岩の柱を出現させた。
何が起きたのか分からなかったのだろう。ルイスは避け損ね、右足を掠った。その傷口から、小さな光の球が無数に溢れ出す。
その瞬間、ルイスの姿が消えた。
「えっ?」
しまった、ルイスは瞬間移動を使えるのだ。思い出すや否や、その姿は私たちの目の前に現れる。
「邪魔をするな」
狂った笑顔のまま言い放つと、私に向けて手のひらをかざす。
駄目だ、殺されるかもしれない。呪いを受けた時にも似た絶望感が沸き起こる。
「ミユ!」
クラウの声が遠くで聞こえる。
アレクとフレアが庇ってくれるのよりも早く、私の上半身に靄のような紐が幾重にも巻きついた。不快感と閉塞感を覚える。
「何、これ!」
足掻いても、魔法を使おうとしても解けることはない。それどころか、体力を失う一方だった。頭がくらくらとする。漆黒の瞳を覗いても、その表情は変わらない。
「魔法を使おうとすればする程、体力を削るぞ。君は黙って見ていろ」
舐めるように私たちを見下ろすと、ルイスは戦場へと舞い戻る。
私たちの作戦は、逆に相手を刺激しただけで終わってしまった。ルイスは標的を変えることはないだろう。
駄目だ、このままではクラウが危ない。どうしよう。焦りばかりが先に出てしまい、どうにか靄を外そうと腕を動かしてみる。それなのに、靄は緩む気配すらない。
「ミユの魔法は、闇を光に変えるんだよね? それなら、あたし、ミユの魔法の欠片を拾ってくる」
「オマエ、足を怪我してるだろ」
「でも、誰かがやらなくちゃ」
「オレが拾ってくる」
返事を待たず、アレクはふらふらと飛び出した。あの怪我だ。貧血を起こしていてもおかしくはない。
「アレク!」
堪らずにフレアが叫ぶと、あの声が聞こえた。
“フレア、大丈夫だよ。ヴィクトがついてるから”
「でも……!」
“あたしが間違いを言ったことがあった?”
アイリスの穏やかな声に、フレアは首を横に振る。
その時、戸惑いの感情が小さく湧いた。
“アイリス”
カノンが声を上げたのだ。
アレクは私が魔法を放ったであろう場所に着くと、しゃがみ込む。
“何?”
“今までのこと、ごめんね”
“もう良いよ。疑いは晴れたんだから”
百年越しに和解が出来たとしても、私にはそれを気にしてあげられる余裕はない。アレクは無事に戻ってこられるだろうか。そして、クラウの命は無事であるだろうか。クラウとアレクを交互に見て、その身を案じる。
アレクは拳大の岩の欠片を数個抱えると、こちらへと戻ってきた。息を切らし、力なく岩を大地へと落とす。
「これで足りるか?」
「やってみる」
ゼイゼイと呼吸を繰り返すアレクに、フレアは頷いてみせる。すぐさま彼女は岩を一つ手に取り、私の身体へと向けた。
「ミユ、痛かったりしたら言ってね」
「うん」
フレアは岩を靄へと擦りつける。その部分から淡い光が漏れ、浮遊していく。どうか、上手く行って。祈りながら、クラウとルイスを見遣った。




