貴方に逢うためⅡ
その目も、徐々に吊り上げられていく。
「ミユ、なんで教えてくれなかったのさ」
「だって、言う必要はないって思ったし、クラウだって教えてくれなかったし」
「それは……そうだけどさ」
一方的に責められても困ってしまう。しゅんとしていると、クラウの勢いも衰えていく。
まさか、私以外にも自分の中に前世が住み着いている人がいるなんて、思ってもいなかった。それに、他の人にもカノンの声が聞こえるなんて想像もしなかったのだ。
だから、誰にも教えなかったし、聞かなかった。
ここで、ふと閃いたのだ。こうして考えてみると、誰かが近くにいる時にはカノンは話しかけてこなかった。それどころか、二人で話している時に誰かが近づいて来ると、カノンは途中で会話を止めてしまっていた。きっと、自分の声が皆にも聞こえるということに気づいていたのだろう。
それならそうと、早く言ってくれれば良いのに。
顔には出さないように、心の中でカノンに悪態を吐いてみる。
そこへ殺気が近づいてきた。
「しぶとい奴だ! また殺られに来たのか!?」
たちまちに氷の壁が立ち上り、漆黒の球を防いだ。氷の破片がパラパラと私たちに降り注ぐ。
「邪魔をするな!」
クラウは怒鳴り、ルイスを制する。
それに臆することなく、カノンも声を上げる。
“殺されに来た筈がないでしょ!? 私、身体ないから殺られないもん!”
怯むこともなく言い返す。
言っていることはもっともなのだけれど、何だか間抜けだ。
カノンは更に話を続ける。
“それに、実結も殺させないもん! 私、頑張って地球に行ったんだから!”
カノンが興奮するにつれて胸が熱く、苦しくなっていく。涙まで溢れてくる。
カノンの気持ちが私に移ってしまったのだろうか。
“世界を、時を超えてでも、早くリエルに逢って謝りたかったの! くだらないなんて言わせないんだから!”
私が泣いているせいか、カノンも涙声になっている。それに、カノンが怒りに任せて声を荒げるせいか、私の体温は上昇する。
“千年も生まれ変われないなんて……知らなかったけど……”
たった百年で生まれ変わって来られたのは、カノンのお陰だったのだ。私が地球に生まれたのも、カノンが望んだ結果だったのだ。そう知ると、全ての事柄が腑に落ちる。
クラウは一気に私の身体を抱き寄せた。間近には氷の障壁が出来ている。
「ミユ」
“カノン”
腕に数滴の涙が落ちる。これは私の涙ではない。
“カノンが謝ることはないよ。謝らなきゃいけないのは、俺の方だから……”
ほんの少し、私を抱く手に力が加わる。
「ごめん」
“ごめん”
クラウやリエルも涙声になっている。
私たちよりも二人の方がずっとつらい思いをしてきた筈なのに。百年間も私を探して、寿命まで縮めて、それなのに。何故、その二人が謝らなくてはいけないのだろう。こんなのは間違っている。
思い切り首を振った。
“何で謝るの!? 酷いことをしたのは私なのに……!”
カノンの言葉に同意し、何度かコクコクと頷いてみせる。
「ごめんね」
“ごめんね”
そして、待っていてくれてありがとう。思いを込め、私もクラウを抱く手に力を入れた。
轟音が鳴り、氷の障壁が崩れ去る。その向こうには、苛立ちを隠せない様子のルイスが立っていた。
「くだらないものをくだらないと言って何が悪い! 早く消え去れ!」
「話はまだ終わってない!」
クラウが叫ぶと、再びドーム状の氷の壁が現れた。私たちとルイスを隔てる。
間を置き、クラウは小さく息を吸った。
「リエル。手伝って」
囁く声がいつもよりも低い。
“やるの?”
「うん」
“……そっか”
なんの話をしているのか全く分からない。身体を離し、小首を傾げてみせる。
クラウは優しく微笑むばかりだ。
「ミユ、神様に何か貰わなかった?」
「羽根のこと? それなら、さっきルイスに……」
思い出すだけで涙が出そうになる。
しかし、クラウは首を横に振る。
「違うよ。なんて言ったら伝わるかな。……そうだ、ビー玉みたいな石」
「えっ?」
何故、クラウがその石の存在を知っていたのだろう。神に言われたから、その石は常に胸のポケットに入れて持ち歩いていた。
訝りながらも石を取り出そうと試みる。すると、ポケットの中で、その石が淡い緑の光を放っていたのだ。
「ひゃっ」
思わず小さな声が漏れる。
何が起きているか分からず、震える手で石を弄り出した。そのまま掌の上に転がすと、クラウはそれを食い入るように見詰める。
少しの間、時間が止まったように感じられた。
「ミユ」
私の名前を囁くクラウの声はこれまでにない程優しく、甘い。突然のことに対応出来ず、顔は熱くなり、声が出せなかった。
「愛してる」
なんとクラウの顔が一気に近づき、強引にキスをされてしまった。ほんの数秒の間だったけれど、私の思考力を消し去るのには十分だ。
私が固まっている間に、クラウは緩んでしまった手の中から緑の玉を奪い取る。
次の瞬間には鼓膜が破れそうな程の爆音が鳴り、ルイスとの壁は消し去られてしまった。強風が吹き止むまで、目を瞑って耐え忍んだ。
眼前には花畑ではなく、荒れ果てた大地が広がるばかりだ。魔法の凄まじさを物語っている。
クラウはゆらりと立ち上がると、ルイスを睨み付けた。ルイスにも劣らない殺気を放っている。
「お前は俺が殺す。ミユは殺させない」
「勝手に息巻けば良い。私を殺せばミユは死ぬぞ?」
「まだ決まった訳じゃない」
「何を根拠に」
ルイスは鼻で笑い、軽くあしらう。
「ミユ、下がってて。あいつの相手は俺がする」
「えっ? でも――」
「良いから」
嫌だ、離れたくない。何か胸騒ぎがする。縋りつきたいのに、身体が言うことを聞いてくれない。
“実結、行こう”
カノンが囁くと身体が勝手に動き出す。足が地に着き、身体が持ち上がり、クラウを置いて後退を始めた。
「やだ。やだ……!」
クラウの背中はどんどん遠ざかっていく。手を伸ばしてみても、もう届かない。
二人の絶叫を合図に、戦闘は開始されてしまった。




