貴方に逢うためⅠ
ルイスは憎しみを籠めた瞳を私に向ける。
その真意が分からない。千年とはどういう意味だろう。
まさか、新たな呪いを私に加えようとしているのだろうか。そんなのは嫌だ。
恐怖に苛まれていると、ルイスは右腕を振るった。と同時に、クラウの身体が離れ、目の前に氷の壁が出来上がる。何発かの鋭い音が聞こえたかと思うと、氷は粉々に砕け散った。欠片一つ一つにルイスの狂気に満ちた顔が映る。
「油断しちゃ駄目だよ」
クラウの強い眼差しに頷き、再び戦闘態勢へと入る。
「フレアは?」
「足を怪我して、動けなくなった。命には関わらないから大丈夫」
取り合えず、安心して良いのだろうか。
胸を撫で下ろしていると、ルイスの視線が私から外れた。新たな獲物を見つけたように、目が光る。
「ミユの前に、クラウ、君の動きを封じておこう。君は確実に私の枷となるだろうからな」
ルイスは身体をぬらりと揺らがせると、姿を消す。そして、クラウの眼前に移動した。クラウにだけ聞こえるように何かを呟くと、すぐさま間合いを取る。
青の瞳は怒りと憎しみを宿し、ルイスを睨みつけた。
「俺のことは何とでも言って良い! でも、流石に今のは許せない!」
「間違ったことを言ったつもりはないが」
「お前に人の心はないのか!?」
「そんなものは、とっくの昔に捨てた」
ルイスは吐き捨て、冷めた瞳をクラウに向ける。
「……いや、あることにはあるな。負の感情だけだが。君たちには分からないだろう。その負の感情が、どれほど根深いのかを」
「そんなもの、知って堪るか!」
「まあ良い。地の魔導師が千年の眠りに就くのならな」
まただ。また、千年という言葉が出てきた。自然と口から言葉が漏れ出す。
「千年ってどういう意味? 私には、訳が――」
「君たちは、影の最期の言葉を覚えていないのか?」
言われ、記憶の中をほじくり返してみる。ところが、戦闘中という異常事態が私の脳を鈍らせる。駄目だ、思い出せない。
首を振り、唇を噛む。
「良いだろう。一度だけ、だ。『その呪いは千年続く。そして、永遠に回り続ける』」
頭にはてなが浮かぶ。その言葉は意味を成していない。
「呪いが千年続く? 永遠に回る? 矛盾してない?」
「いや、影の言い回しが悪いだけだ。正確には……」
ルイスは息を吸い込むと、悪魔のような笑みを浮かべた。
「その呪いは、千年間、転生する事を許さない。そして、それが永遠に回り続ける」
ルイスから殺気が放たれる。それは矢に変わり、私たちに襲い来る。
岩の壁を出したお陰で、矢との接触は避けられた。しかし、敵の攻撃力は増しているようだ。岩は光を放ちながら、脆くも崩れ去る。
衝撃とともに、再び浮かんだはてなに小首を傾げた。
「でも、私は百年で転生出来たよ? どうして――」
「千年だろう!」
今度は漆黒の球体がこちら目がけて飛んでくる。対応が間に合わない。
クラウが水球でガードしようと試みる。力は互角だったようで、触れた瞬間に双方が破裂し、身体が爆風に吹き飛ばされてしまった。
背中から地面に激突し、痛みに唸り声を上げる。
「ミユ!」
顔をしかめながら、なんとか立ち上がらなければと腕に力を入れる。それなのに、左腕が痛んで地面に足をつけるには時間がかかってしまった。その間も、氷の激しく砕ける音が何回か聞こえた。
「君の魂が、時間が十倍の速さで進む異世界に転生したのだ! 異世界で千年を過ごし、ここに戻ってくるとは! 笑わせてくれる!」
もう一回、漆黒の球が放たれ、守りに入った氷が打ち砕かれる。
そうだ、すっかり忘れていた。だから、日本には帰れないと宣告されたのに。
地球とこの世界では、時間の流れそのものが違うのだ。
「君が余計な事をしてくれたお陰で、僕の計画は狂ってしまった! さっさと消えろ!」
「お前の相手は俺だ!」
標的を私に変えていたルイスに、クラウは声を荒げる。冷静さを失った狂気の目はクラウを捉え、細められる。
「オマエのくだらねぇ計画のせーで、コイツらがどんな想いしたと思ってんだ!?」
「そうだよ! 許せない!」
いてもたってもいられなくなったのだろう。遠くからアレクとフレアの声が聞こえた。下手に口出しをしては、ルイスに攻撃されかねないというのに。
「駄目だよ! 話に入って来ちゃ駄目!」
魔法が使えないのでは、ルイスの攻撃を真面に受けてしまう。標的が変わらないように祈りながら、アレクとフレアを垣間見る。
ルイスも二人を蔑んだ瞳でちらりと見ると、つまらなさそうに口を開いた。
「そんな想いの方がくだらない。意味がない。死にたくなければ、そこで黙って行く末を見ていろ」
これには私の感情も揺り動かされた。私たちの想いがくだらないなんて。意味がないなんて。愛情を知らない人には言われたくない。
胸が熱くなる。
”ふざけるな~っ! ……あっ”
予想外の声に、私も唖然としてしまった。
カノンは何故か気まずそうな声を上げ、それ以上、話そうとはしない。
間を置かず、考えもしていなかった人物が口を開く。
”カノン!?”
”えっ!? リエル!”
カノンと同じように、姿は全く見えない。でも、声はリエルだ。
驚いてクラウの顔を見てみると、クラウも目を丸くして私を見詰め返すばかりだった。




