理由Ⅱ
しかし、ルイスはひらりと身をかわして避ける。轟音を聞きながら、彼はにやりと笑った。全く焦りが見えない。
どうしたら良いのだろう。こちらの気ばかりが急いてしまう。
そうだ、蔦で身体を拘束し、攻撃の手を休めさせれば良いのではないだろうか。
意識を集中し、瞬きをした瞬間だった。ルイスの姿が消える。
唖然とするよりも早く、目の前には激しく細長い竜巻が立ち上った。ルイスが再び姿を現したのは、その中心部だった。
「くっ……!」
ルイスは竜巻に飲まれ、上空へと持ち上げられる。そのまま地面に叩きつけられるかと思いきや、直前で瞬間移動し、難を逃れた。左足と右頬に赤い筋を作り、こちらを睨み付けている。
「ミユ、ぼさっとすんな!」
アレクは息を上げながら、こちらに血の付着した左手を伸ばしていた。
駄目だ、止血しないとアレクが死んでしまう。ルイスから目は離さず、アレクの元へと向かう。
「アレク、まだ魔法使える?」
「もうちょいならな」
私に時間を稼ぐ案がある。アレクの元へと滑り込み、隣にしゃがむ。ルイスに聞こえないように、アレクに耳打ちをする。
「私たちを覆うみたいに、ギリギリに風の壁を作って欲しいの。岩の壁じゃあ、中が真っ暗になっちゃうから」
「分かった」
アレクが頷くと、球状の風が私たちとルイスを隔てた。その間にマントを噛み、両手も使って細長く切り裂く。それをアレクの右上腕に巻きつけ、きつく縛り上げた。手が震えるけれど、今出来る精一杯のことはした筈だ。
「緩くない?」
「ああ、大丈夫だ」
アレクはいつもの意地悪そうな笑みを見せ、私の頭をひと撫でする。そんなことをすれば、私の瞳が潤んでしまうというのに。
口を結ぶと、アレクは「ははっ」と笑う。
「んな顔すんな。オレは心配いらねえ。けど、もう魔法は無理みてぇだな」
ヒュンと音を立てるかのように、風の壁は姿を消した。代わりに、自然に吹く風が私の頬を撫でる。
ルイスとは数メートルの距離を保っていた。私たちの様子を窺っていたのだろう。
クラウとフレアの様子も気になるけれど、垣間見るだけの余裕はない。
「オマエはぜってぇ死ぬなよ」
まっすぐ私を見る黄色の瞳に、無言で頷いてみせる。
立ち上がり、前方へと出る。アレクを巻き込んでしまわないように、改めてルイスと対峙した。漆黒の瞳は益々細められる。つまらないものでも見るかのような視線だ。
「私に傷を負わせるとはな。まあ、これ以上ヘマはしないが」
未だにルイスは自信に溢れている。その自信をへし折らなくては、勝機は無い。
唇を噛み、ルイスを睨み返す。意識だけは魔法に集中する。
「君にも、それ相応の痛みを伴ってもらおう」
攻撃が来る。そう感じ、アレクの身体も守れるように岩の壁を展開した。音を立てて大地がそそり立つ。
次の瞬間、甲高い音が五回鳴り、岩の粉と光の粒が飛び散った。
ところが、予想外の事態が起きたのだ。
「きゃあっ!」
「フレア!」
フレアの悲鳴とクラウの叫び声が響き渡る。その時、ルイスから視線をずらしてしまった。
倒れるフレアと、影から彼女を庇おうとするクラウが小さく映る。
「君の相手は私だろう?」
気づいた時には既に遅く、ルイスの姿は見えなかった。代わりに、背後に強い殺気が現れ、首筋に鋭い痛みが走る。
身を守るべく、咄嗟に魔法を使っていた。
「君の死に様をまざまざと見せつけて……」
その余裕が命取りだ。ルイスの右手に蔦を纏わせ、一気に締め上げる。
「くっ……!?」
低い唸り声が聞こえると、殺気は遠ざかっていった。ルイスは瞬時に元いた場所へと戻る。蔦の感触も消え、途端に足が震え出した。
こんなところで弱気になっていては駄目なのに。仲間が二人も傷つけられてしまった。いつ殺されてしまうかも分からない。堪らずに両手で握り拳を作る。
とそんな時、一筋の道が脳裏を駆け巡ったのだ。
「フッ……そうでなくてはな。簡単に死なれては面白くない」
不気味に笑うルイスと、クラウとフレアの傍に居るであろう影へ狙いを定める。試したことがないので、出来るかは分からない。これは賭けだ。
一度に二か所へ岩のイメージを放つ。ルイスは当然のようにこれを避けた。では、影はどうだろう。
ちらりと右側へ視線を移すと、そこにいた筈の影の姿はない。代わりに、人の形に似た淡い光を確認することが出来た。
「やった……!」
「ミユ、危ない!」
クラウの声に疑問符が浮かぼうとした時だ。左腕に鋭い痛みが走った。
「あっ……!」
痛みの発生源を庇うと、ぬるりとした感触が伝う。恐らく大怪我ではないだろうけれど、やられた。
顔をひそめていると、右側から水流が押し寄せる。黒いものを飲み込む事は叶わず、そのまま左方向へと流れゆく。ルイスは更に後方へと移動したようだった。
この隙に、クラウと合流しよう。考えるよりも早く、足は地面を蹴っていた。早く、早く。同じように、彼はルイスの存在を気にしながら大地を蹴る。
クラウと抱き合った時には、若干息が上がっていた。
「影は消えたが、本体は私だ。君たちには、私は止められない」
ルイスは底冷えするかのような低音で、吠える。
「さっさと千年の眠りに就け!」




