理由Ⅰ
「呪いは必ず俺が何とかする。だから、ミユは羽根を出す事に集中して」
クラウはにこっと微笑み、私に頷いてみせる。それがどうしようもない不安を搔き立てる。
「クラウ、変な事考えてないよね?」
「大丈夫だよ」
こういう時の、この人の『大丈夫』は信用出来ないのだ。唇を噛み、考えを巡らせる。
今、羽根を出さなければ四人全員が殺される。羽根を出せば、助かる道は残されている、のだろうか。ううん、私を基準にしてはいけない。三人が助かるのなら、全員殺されるよりマシだ。
そして、問題のなのはクラウだ。何とかするとは言っても、百年前に捨て身で庇ってくれた攻撃は、全て私に当たった。何ともしようがない。よって、今回もクラウが攻撃を受ける事は無いだろう。
決まった。
周囲の音を感じ取らず、ひたすらに『ルイスを倒したい』と念じる。
額の辺りが光り出し、何かが引き出される感覚がした。光が収まってから天を仰ぐと、緑色の羽根がふわふわと浮かんでいる。緑色の羽根だけではない。青、赤、黄――四つの羽根が宙を漂い、引き合うように中央へと集まっていく。
「ずいぶん遅いじゃないか」
その時、ルイスが唸ったのだ。狂った笑みを浮かべ、靄から変貌を遂げた漆黒の矢を放つ。
「逃げろ!」
もうルイスの攻撃を跳ね返す事は出来ない。アレクの叫びで四人散り散りになり、矢の攻撃を躱そうとした。のは良いのだけれど、矢が狙っていたのは私たちではなかったのだ。
空気を切り裂く嫌な音を立てて迫ってきた矢は、私の緑色の羽根を射抜く。一瞬で羽根は光を纏いながら粉々に砕け、無残な姿に変わり果てた。
「私の羽根が……!」
手を伸ばしたけれど、虚しく宙を掴む。
その直後、後方で凄まじい爆発が生じた。誰かの身体に覆われた為、爆風の衝撃は免れた。
「大丈夫か?」
「うん」
アレクは笑みを浮かべ、私の無事を確認する。
どうしよう。羽根が欠けてしまえば、ルイスに対抗する為の矢が作れない。
絶望に打ちひしがれる。
「これからが本番だ。羽根を良く見てみろ」
「えっ?」
絶望が底知れぬ不安へと変わる。これから何も起きようが無い筈なのに。
ところが、残された青、赤、黄の羽根は変化を止めない。三枚が重なると、黒い靄を生じさせる。
こんなの、ルイスの力と同じだ。そう思っている間にも、靄は漆黒の矢へと変わり果てた。誰の指示も無く真っ直ぐにルイスへと向かっていく。それを受け止めるようにルイスが両手を広げると、矢はその胸を打ち抜いた――ううん、その身体に吸い込まれていった。
「フフッ……ハハハ! やはり、私の見立ては間違っていなかったようだ」
新しい玩具を与えられた子供のように、ルイスは笑い声を上げる。
「どういう事だ!? オレらが出した羽根だよな!?」
「どういう事も何も、見たままじゃないか」
「私たちの羽根なのに! 黒くなる筈がない!」
「ミユ、君は入っていないだろう?」
眼力だけで人を殺してしまえそうな瞳に、身が竦み上がる。
「そういう事だ。君さえ消えて居なくなれば、世界は崩壊する」
「何……言って……」
「染料も、三色が混ざれば混ざる程に汚れていくだろう? それと同じだ。地の魔導師が居なかった百年間、君たちに思い当たる節が無いとでも?」
アレクも、十数メートル離れてしまったクラウとフレアも、顔を顰めている。何か思い当たることがあるのかもしれない。
「呪いをかけた理由もこれだ。君たち全員を相手にするつもりはない。ミユが死んでくれればそれで良い」
ルイスは狂笑のまま、姿を消した。かと思うと、私の目の前に現れる。瞬間移動だ。
「死ね!」
「きゃっ……!」
「ミユ!」
ルイスは黒い刃物ののような何かを握っているのが垣間見えた。来るべき痛みに備え、思い切り瞼を瞑る。
「……ってぇ!」
「アレク!」
フレアの悲鳴に似た叫びに驚き、瞼を開けた。目の前でナイフのようなものがアレクの右前腕を貫いている。赤が滴り落ち、真っ白な花の上に落ちる。
刺さったナイフは靄へと変わり、掻き消えてしまった。アレクは苦悶の表情を浮かべ、崩れ落ちる。
「アレク! やだ……!」
「それよりアイツを躱せ!」
蹲るアレクを置いて、咄嗟に後方へと間合いを取った。前方へ手を翳し、岩の壁を作る。直後に鋭く尖った音が響いた。
「ミユ、今行く!」
「君たちの相手はこれだ」
慌てたクラウとフレアが此方へ駆け寄ろうとしたところへ、人間ほどの大きさの靄が出現する。たちまちその靄は影へと姿を変えた。
――オレとミユ、クラウとフレアはなるべく離れた方が良い。互いの魔法を打ち消し合うからな――
魔法の特訓をする中で放たれたアレクの言葉が蘇る。――最悪の状況だ。
回避出来る方法は何かないか。焦っていると、岩の端からルイスが顔を覗かせる。
攻撃をされる前に、此方から仕掛けなければ。ルイスを氷柱に見立て、岩の柱を放つ。
「チッ……!」
攻撃は当たらなかった。しかし、黒色の服を掠めはした。そこから淡い白色の光が一瞬だけ現れる。
「ルイスに攻撃が当たれば……光になる?」
「それを知ったところでどうしようと言うのだ? 君は此処で死ぬのに」
私の生死を勝手に決めつけないで欲しい。右手を大地に翳し、もう一発、岩の柱を立ち昇らせる。




