偽りの記憶Ⅰ
私たちが戦闘態勢へ入る前に、ルイスは殺意を消す。
「と言いたいところだが、君たちに見せたいものがある。私は悪趣味じゃないのでね」
又しても、足元に魔法陣が広がる。今度はどこへ連れて行こうというのだろう。混乱している間に視界は暗転する。
気がついた時には、同じく暗闇だった。涼しく、少し湿った空気に、風が流れ込む。
「オマエら、いるか!?」
近くでアレクの声が聞こえた。
「いるよ!」
「あたしも!」
「私もいる!」
どうやら、四人ともそれほど離れてはいないようだ。
手探りで右の方を探していると、手のような温かなものに触れた。
「ミユ?」
「フレア!」
「良かった……!」
互いの存在を確かめるように、ハグをする。
「アレクとクラウは?」
「分かんない」
話をしているうちに徐々に目は慣れていく。恐らく、ここは森の中だろう。木の幹が立ち並び、視界を遮っている。
そこへ、足を引きずるような、違和感のある小さな足音が聞こえてきたのだ。思わず視線を移すと、木の幹の隙間からランタンの灯が漏れている。それは段々とこちらへ向かってきているようだ。
ランタンの持ち主が近づくにつれ、その輪郭も分かってくる。揺蕩う長い髪に、ひざ丈のスカート、ブーツ――私が見間違える筈がない。カノンだ。
カノンが森の中を深夜に歩くなんて、呪いを受けたあの夜しかない。
もしかすると、ここでカノンが呪いさえ受けなければ、私の呪いも消えるかもしれない。クラウが苦しんだ後悔もなくなるかもしれない。
一縷の希望が光り出す。
「カノン! 来ちゃ駄目!」
「ミユ?」
「お願いだから、テントに戻ってぇ!」
力の限り、声を振り絞る。ところが、カノンの耳には届いていないようだ。覚束ない足取りは止まる気配がない。
やはり、過去を変えるなんて無理なのだろうか。そう思っていた時、二つの人影がカノンの前に立ち塞がった。
「カノン、止まれぇ!」
「頼むから、戻って!」
クラウとアレクだ。カノンにはその二人も見えていないようで、ランタンに照らされた瞳は虚ろなままだ。
「大丈夫だよ。大丈夫だから」
フレアが私の身体を抱き、背中を撫でる。それも慰めにはならなかった。
堪らずアレクが前に出る。
「カノン! 聞こえねえのか!?」
カノンはアレクに体当たりし、停止するかに見えた。ところが、カノンの身体はアレクの身体を突き抜けて、更に木々を分け入っていくのだ。
「オレの身体が……透けた!?」
「えっ!?」
身体が透けた。そんなことが有り得るのだろうか。
カノンは更に進み、クラウに近づく。
「カノン! 止まるんだ! 頼むから!」
クラウは私の目の前で両腕を大きく広げる。それなのに、カノンは彼の身体すら突き抜けてしまった。止まらないカノンを振り返り、クラウは膝から崩れ落ちた。
「うわあぁーっ!」
悲痛な絶叫が森に響く。
成す術なく、カノンは影の元へと辿り着いてしまった。
「えっ? 私、なんでここに?」
カノンは辺りをきょろきょろと見回し、状況を確認する。その途中で影と目が合った。
「影!? なんで!? こんなの卑怯だよ~!」
カノンの瞳には、あの赤く曖昧で恐ろしい影の顔が映っているのだろう。考えるだけでもぞっとする。
「オマエはワタシが連れてきた。呪いをかけるためにな」
「呪い……!? なんの!?」
「『死』の呪いだ」
カノンは数歩後退る。影も間を詰める。逃げるしかないと思ったのか、カノンはランタンを捨て、影に背を向け走り出した。
しかし、瞬間移動した影に行く手を阻まれる。対応しきれずに、カノンは尻餅をついてしまった。
「痛っ……」
「カノン! これで終わりだ!」
カノンの胸には影の右手が翳されている。紫色の光が影の手から放たれ、カノンに当たり、爆発する。
その衝撃で、カノンは木の幹に背中を強く打ちつける。そのまま崩れ落ちると、カノンの身体は動かなくなってしまった。
真っ先に現場へ現れたのはアリアだった。彼女はカノンを抱き抱え、名を呼びながら身体を揺する。
そこへアイリスとサラも到着した。三人がカノンを必死に呼ぶ声が聞こえてくる。
これは、私の知る過去ではない。私の記憶が本物なのか、それともこちらが本物なのか。
混乱しているうちに、男性陣も血相を変えてカノンに駆け寄る。
七人が影の存在に気づいたのは間もなくのことだった。
「影……!」
カイルが驚愕の声を上げる。
「お前、カノンに何をした!? どうしてここに!?」
「その問いに答える義理はないな」
「答えろ!」
リエルが叫んでも、影は鼻で笑うだけだ。
そうこうしているうちに、七人は苦しみ出し、次々と倒れていく。
「影……!」
リエルが手を伸ばしたものの、意識を失うと同時にその手はぱたりと地に落ちた。
突如として、私も眩暈に襲われる。渦巻く視界には段々と白と青が混ざっていく。
瞬きをすると、ベルフラワーの花畑に倒れていた。むくりと起き上がり、ルイスの姿を確認する。
そして、クラウが横から飛びついてきたのだ。私をきつく抱き締める。
「ごめん、カノンを止められなかった……!」
声は震えているし、悔しさに満ちている。




