真の姿Ⅰ
日が昇る前に起きてしまった。布団の中で悶えながら、皆が起きるのを待ってみる。
薄暗がりの中のテントは、不気味さが際立ってしまう。草木が騒めく影、風がそよぐ音、どれもが耳に残る。駄目だ、恐怖や緊張が高まってしまう。布団を被り、肩を抱く。
どれくらいそうしていただろう。外から足音が聞こえてきたのだ。近づいてくるのではなく、遠ざかっていく足音が。
男性陣のうちの誰かが起きたのだろうか。期待を抱きながら布団をまくると、ぼんやりとした朝日を感じることが出来た。
ゆっくりと起き上がり、他の女性陣を起こさないようにテントを抜け出す。音を立てないように、慎重に。
テントを出ると、足早に廃墟へと向かった。私たちが用があるのは、あそこしかないのだから。廃墟の出入り口を潜る前に、人がいるのを確認出来た。音を立てながら瓦礫を掻き分けるその人の髪は、太陽の光を受けて金の色彩を放っていた。
「クラウ!」
「あっ、ミユ。ごめん、起こしちゃった?」
「ううん。私も朝早くに目が覚めちゃって」
「そっか。そうだよね」
クラウは一度手を止め、私に笑顔を見せてくれる。
「私も手伝う」
私が根本の原因なのだから。足元の瓦礫を拾い上げ、出入り口に向かって放り投げる。投げても、投げても、床には何も見当たらない。でも、ここで諦める訳にはいかない。一心不乱に手を動かす。
ところが、すぐに腕は疲労を見せ始めてしまった。鍛えていたのは足だけで、腕力が必要になるなんて考えてもいなかったのだ。唸り声を上げ、その場に尻餅をついた。
「何もない……」
「一旦、休憩しよう」
「うん」
クラウは私の隣へ来ると、ストンと腰を下ろした。二人で大きな溜め息を吐く。
「私たち、嘘の情報を掴まされたのかな」
「まだ、そうと決まった訳じゃないから。断定は出来ないけど……」
嘘を掴まされた可能性はゼロではない。そう言いたいのだろう。考えたくはないけれど。
このまま影が襲ってきたらどうしよう。嫌な考えが脳裏を掠める。
「私……」
「あのさ。これ、アリアに頼んで持ってきちゃった」
「へっ?」
頭を抱えようとした時に、差し出されたものに驚いてしまった。シルバーの細長い筒に、キーが何個も付いたもの――見間違えようがない。どう考えてもフルートだ。
「これの音、聞かせて欲しい。気分転換だと思ってさ」
「えっ? でも、皆起こしちゃうかもしれないし」
こんなの、ただの言い訳だ。心臓の鼓動は一気に速度を上げる。
「大丈夫だよ。逆に眠れそうだから」
「でも、でも、私……」
「何?」
「恥ずかしい……」
言った瞬間に、頬がぽっと熱くなった。
クラウは笑い声を上げ、私の肩にコツンと当たる。
「ダイヤでいっぱい吹いてたじゃん」
「そうだけど~」
好き勝手に吹いていたのと、好きな人の前で吹くのとは訳が違う。
むっと膨れると、盛大に笑われてしまった。その癖に、目が真剣なのだ。
引き下がる気はないのだろう。
「吹くから、見ないでね」
仕方なくクラウからフルートを奪い取り、背を向けた。
先ずは深呼吸だ。瞼を閉じ、空気を吸って、吐いてを繰り返す。大会前の緊張感に似ている。そして、リッププレートを口へ当てた。
ソロで楽譜を見ずに演奏出来る曲は限られている。G線上のアリアを選んだけれど、最初のロングトーンが難題だった。緊張で唇が震えてしまう。天然ビブラートだ。
ううん、最初だけではない。音を下がるとまたロングトーンが何度も出てくる。何故、この曲を選んだのだろう。
吹き終えると、今一度深呼吸をした。振り返り、クラウの反応を窺う。
「下手……だったよね」
「そんなことないよ。綺麗な音だった」
何故、こんなにも求めている答えをくれるのだろう。微笑むクラウを見詰めることしか出来なかった。
その顔が徐々に近づいてくる。思わず瞼を閉じる。
柔らかくて温かなものが唇に触れた。息を止める。
顔が離れたのを感じ、瞼を開けると、にこにこと笑うクラウがそこにはいた。
「するならするって言ってよ~」
「あはは」
不意打ちは卑怯だ、とは思いながら、嬉しさが勝っている。
あまりにも優しい時間を過ごしていたせいか、砂利を踏みしめる足音が近づいているのにも気づかなかった。
「やっぱあの音、オマエか」
声に驚き、振り返る。出入り口付近には、仲間六人の姿があった。
「あっ、アレク! やっぱり、起こしちゃった?」
「いや、その前から起きてた」
アレクとフレアは苦笑いをし、こちらへと近付いてくる。
キスする所を見られてしまっただろうか。今度は別の意味で顔が熱くなる。
ところが、フレアはともかく、アレクもからかう仕草は見られないので、そこまで目撃はされていなかったのだろうか。アレクとフレアは私たちの前を通り過ぎて、廃墟の奥へと向かい、腕を振る。
「使い魔もこっちに来い! 奥に何かあるかもしれねぇ!」
「分かりました!」
使い魔たちも駆け足で私たちの前を通過する。
「俺たちも作業に戻ろっか。こっちも手つかずな場所があるし」
「うん」
私ばかり休憩をしている場合ではない。大きく頷くと、フルートを小さくして懐に忍ばせる。そして、その場にあった瓦礫に手を伸ばす。
一方で、クラウは壁沿いにある木の板の撤去を始めたのだった。
「棘出てるかもしれないから、気をつけてね?」
「うん」
素手で木材を触るのは、危険ではないだろうか。心配になりながら、ちらちらとクラウの様子を確認する。
彼の手が止まったのは、十分も経たない頃だったように思う。
「本がある」
「えっ?」
青い瞳が見詰める右手には、えんじ色の本が掴まれていた。




