希望から失望へⅡ
そんなことを話しているうちに、ロイとサラが足を止めた。
「かなり遅くなりましたが……。お昼休憩にしましょう。お疲れ様でした」
ようやく休憩らしい。三日目に突入すると、足の筋も大分張ってしまった。とにかく、足を休めたい。
道の傍らに倒れている木を椅子代わりに、四人仲良く並ぶ。使い魔たちは少し離れた倒木に腰かけた。
今日の昼食もハードパンだ。顎の疲れも感じつつも、文句は言わずに食べ進める。レーズンの甘酸っぱい味が仄かに舌を刺激した。
「ねえ、あれ。ちょっと建物が見えてない?」
「えっ? どこ?」
フレアが指を差す方向へと、目を凝らしてみる。木々の隙間から、僅かに白いものが飛び出しているだろうか。
「あれ、建物……?」
「違うのかなぁ」
三角形にはなっているものの、屋根らしきものは見当たらない。
「う~ん……」と唸り声を上げて、尚も白いものを見詰める。
「やっぱり分かんないよ~。近づいてみないと」
「そっかぁ」
フレアと二人で溜め息を吐いた。
クラウの方を見てみると、その瞳は白い物体を捉えているように見える。表情は硬い。
「いや、まさか……ね」
何か分かったのだろうか。首を傾げてみせると、ようやく青い目はこちらを向いた。
「どうしたの?」
「ううん、ただの気のせいだと思う」
言うと、元気のない笑みが返ってきた。
何だろう。何か胸騒ぎがする。お願いだから、いつものように明るく笑って欲しい。不安を募らせていると、右端に居るアレクが立ち上がった。彼は親指を森の方へと突き立て、こちらを向く。
「おい、クラウ。ちょっとあっち行かねぇか?」
「えっ? あっ、うん、良いけど」
嫌だ、行かないで欲しい。なんとかクラウの気を引こうと手を伸ばす。届く前に、その手はすり抜けてしまった。
「ごめん、ミユ。ちょっと行ってくる」
「うん……」
クラウも去り難かったのか、一度だけこちらに振り返る。微笑みを残し、アレクに誘われるがままに森の奥へと行ってしまった。
誰もいなくなった森へと視線を送る。
「何の話してるんだろう」
「うーん、気にはなるけど……」
「私、やっぱり二人の所に行ってみようかな」
「駄目……!」
ちょっとした出来心だった。それなのに、フレアは慌てた様子で私の右手を握る。
「フレア?」
「あっ……。ううん、何でもない」
急にどうしたのだろう。フレアはそれ以上話そうとはせず、何か思い詰めた様子で俯くだけだった。
冷たい風が私たちを撫でる。
使い魔たちは四人で話し合っていたのだろう。クラウとアレクがいないことに気づいたようで、こちらに振り向いた。
「アレク様とクラウ様はどこに?」
「森の方に行っちゃった」
「あの方たちは……何をやってるんだか」
ロイはやれやれと言わんばかりに溜め息を吐く。そこへ草を踏む足音が聞こえてきた。クラウとアレクが戻ってきたのだ。アレクは私たち六人に目配せをすると、口を開く。
「悪かったな。そろそろ行くか。日が暮れちまう」
「本当ですよ。何をしてらっしゃったんだか」
「まあ、こっちの話だ」
アレクとロイが言い合いを続ける中で、そろそろと倒木から立ち上がった。道の真ん中で佇むクラウの元に駆け下り、難しそうな顔を見上げてみる。
「何してたの?」
「うーん、ちょっとね」
アレクと同じで、答えてくれる気はないらしい。むっと膨れると、クラウに苦笑いされてしまった。
八人で、定番となった隊列を組む。誰からともなくそろそろと歩き出す。
数十歩歩いたところで、看板を見つけた。この数字は1だろうか。
「あと一キロか。もうちょいだな」
やった。もう少しで、この旅という苦行ともお別れ出来る。私だけではなく、全員の歩くペースが上がる。
森の奥に建物らしきものが見えた時には、歓声が上がったものだ。
しかし、それもすぐに落胆と失望に変わってしまう。
「嘘……だろ?」
フレアとアレク、更にサラとロイの背中越しに見えたものは、豪邸なんかではなかった。廃墟だ。屋根は崩れ落ち、壁にもひびが入っている。こんな所に、本当に呪いを解く方法が眠っているのだろうか。
「とにかく、行ってみよーぜ」
不安そうに振り返るサラとロイに、アレクは優しく声をかける。フレアも頷くので、二人は歩き出す他になかった。
嘘だ。こんなの、絶対に認めない。涙で潤む視界に、挫けそうになる。
「俺は諦めてないよ。だから、ミユも」
「……うん」
左腕で涙を拭い、右手でクラウと手を繋ぐ。その大きな手は小刻みに震えていた。
森を抜けて視界が開けると、見るも無残な廃墟へと移り変わる。
「良いか? 瓦礫を取っ払ってでも、意地でも何か手掛かりを探すんだ。もう、他に方法は残ってねぇんだ」
「はい!」
四人の使い魔は、駆け足で出入り口を潜り、素手で瓦礫の撤去作業へと移行する。空の色は黄色からオレンジへと変わってしまっていた。
私たちもその中へと加わり、必死に手を動かした。多少、掌が擦りむけてしまっても構わない。望みが断たれないのであれば。
「そろそろ休もーぜ。日が暮れちまう」
気づいた時には空は紫色へと変わり、手元も暗くなっていた。そこへ、アリアがランタンを手にして近づいてくる。
「ミユ様、明日もありますから」
「……うん」
一刻も早く、こんな呪いを解いてしまいたいのに。
手にしていた拳大の瓦礫を手から落とし、出入り口を潜る。
食欲なんて出る筈もない。テントの中で摂った夕食のパンは、数口で止めてしまった。
「ミユ、もう良いのか?」
「うん」
「ちょっと食べてくれただけでも偉いよ」
自身も食が進んでいないのに、クラウは私の頭を撫でる。頬が僅かに熱くなっただけで、感情の変化は乏しい。
「私、もう休むね」
「では、ミユ様はこちらに」
アリアがもう一つのテントを指し示すので、それに従った。アリアとクラウと三人で、連れ立ってテントの中に入る。
着替えもせずに布団の中へ入ると、クラウが手を握ってくれた。
「また、明日があるから。大丈夫」
クラウの『大丈夫』という言葉に、何度救われただろう。きっとなんとかなる。こんな状況でも、希望を失わないでいられる。
大きな手が私の頭を優しく撫でる。
「おやすみ」
その言葉に導かれように、深い眠りへと落ちていった。




