希望から失望へⅠ
朝日を浴びながら、手に持つパンも放置し、唸り声を上げる。
湖の畔から数百メートル進むと、分かれ道に差しかかったのだ。看板や立札の類は何もない。
「どっちに行けば良いんだ?」
アレクの声に反応する者はいない。クラウと指を絡め合い、互いの顔を見合わせる。
「もう、どっちかに賭けるしかないよ。間違ってたら到着が一日遅れちゃうけど、仕方ない誤差だよ」
「でもなぁ」
クラウの返事にも納得していないのか、アレクは頭に手を当てた。
アレクの空いた手を握り、フレアは眉間にしわを寄せる。
「はっきりしない人は嫌われるよ?」
「あ? あぁ……まぁ、な。どっちの道が良いか多数決で決めるか?」
「それで良いよ」
私とクラウ、フレアはアレクに頷いてみせる。
「私たちは魔導師様たちに一任します。私たちに行く先を決める権利はありませんので」
ロイが言い切ると、他の使い魔三人も頷いた。
「じゃ、オマエら決めたか? せーのでいくからな。せーの!」
「右!」
「左!」
アレクとフレアが右、私とクラウが左で、意見が真っ二つに割れてしまった。またしても唸り声を上げる。
「使い魔も入れ」
「ですが……」
「このままじゃ決まんねーよ」
アレクとロイが口論をする最中で、もう一度分かれ道を見比べてみる。どちらとも森の奥に続いており、どちらが正解の道なのか、さっぱり見当がつかない。
その時だ。
”右に行け”
ふと、誰かの声が聞こえたのだ。どこかで聞いたことのある声なのだけれど、誰の声なのか思い出せない。
”右に行くんだ”
また聞こえた。
正解は右の道だ。強い意識が働き、言葉となって溢れていた。
「右だよ」
「ミユ?」
「右の道を進めば、クレスタの館に行ける」
クラウの手を引っ張り、駆け出していた。アレクとフレアを追い越し、ロイとサラも通り過ぎ、右の道へと入る。
「ミユ!」
強い力に右手が手繰り寄せられ、クラウの身体に衝突した。
今、私は何を必死になっていたのだろう。自分が分からなくなる。
「ミユ、なんか変だよ?」
私もどうかしていたと思う。自分を突き動かしていたものの正体が分からない。
「声が……聞こえて……」
「どんなことを言ってた?」
「『右に行け』って」
間を置き、クラウは質問を重ねる。
「誰の声だった?」
「神様、かな。私、この世界に知り合いなんてほとんどいないし」
神しか思い当たらない。
砂利を踏みしめる音が近づいてくる。他の皆もようやくこちらへやってきたのだろう。
「とりあえず、こっちに進むか。ミユが意見変えたから、さっきの多数決も右が過半数超えたしな。違ったら、ワープしてここに戻ってくる。これ以上考えててもしょうがねぇ」
「そう、だね」
納得はしていないのかもしれない。それでも、全員が頷くしかなかった。
道を踏みしめる足取りは軽くはない。緊張の糸が途切れれば、いつ崩れてしまうか分からない。そんな中、前だけを見て進む。途中で隣から唸り声が聞こえた。
「でも、なんで神様はミユにだけ?」
クラウは大きすぎる独り言を呟いた。
何時間歩いたのかは、もはや分からない。無言の空気に、もう耐えきれなくなってしまった。
「ねえ、皆、何か話そうよ~」
悲鳴にも似た呟きが漏れる。
「話なんかしてたら、オマエ疲れるんじゃねーか?」
「静かなのよりはマシだもん」
呆れ顔を向けるアレクに眉をひそめ、唇を尖らせてみる。
思うところがあったのか、アレクはその表情を和らげた。
「そーだな。話でもするか。オマエら、小さい頃の遊びは何だった?」
「水遊び」
「雪合戦」
「ブランコ」
アレクの問いに、三者三様の答えが出揃った。
「ガーネットって暑いから、水で暑さを凌ぐしかないの。皆でプールに集まって遊んだなぁ。ウォータースライダー、怖かったけど楽しかった」
フレアは遠い目をして顔を綻ばせる。
「俺は雪だるまとか、かまくらとか作ったりもしたし、スケートもしたけど、一番思い出に残ってるのは雪合戦かな。顔面に雪玉当たったりもしたけど、楽しかった」
クラウは、ははっと笑い声を漏らす。
「私は遊具でいっぱい遊んだよ。滑り台とか、シーソーでも遊んだけど、一番はブランコだなぁ。自分では思いっきり漕いだつもりだったけど、今見たらそうでもないんだよね~」
友達とブランコに乗って、どちらが高くまで漕げるか競走したものだ。幼稚園時代にまで記憶が遡り、思いを馳せる。幼稚園ではお泊り会もあったし、お遊戯会もあったし、楽しいことがいっぱいだった。
今となっては遠い昔のように感じられる。
「オレは砂遊びだったな。棒倒しで勝った時は、嬉しくてその辺走り回ったけどよー。トパーズの城を作ろーとして砂が崩れた時は泣いたな」
アレクでも泣いたことがあるなんて。意外だ。驚いていると、アレクはニッと笑った。
「んじゃ、次は家庭教師に教わってたの頃の話だな。何の講義が好きだった?」
「家庭教師?」
学校ではないのだろうか。頭にはてなが浮かぶ。
「ミユは学校に行ってたのか? んなら、その話でも良いぞ」
「ダンス」
「語学」
「音楽」
今度もバラバラな意見が揃い踏みした。
「オレはテーブルマナーだな。色んなもん食えて、教養も学べるんなら一石二鳥だろ」
「アレクらしい」
フレアはふふっと笑い、アレクを見遣る。
「そっか。ミユ、笛吹けるもんね」
「うん」
フルートを始めたのは高校からなのだけれど、音楽は小学生の頃から好きだった。歌うのも、リコーダーを吹くのも好きだった。
「クラウは語学?」
「うん。昔から本を読むのが好きなんだ。特にファンタジー系の話が好きだな」
クラウの口からファンタジーなんて言葉が出てくるとは思わなかった。私にとっては、この世界そのものがファンタジーなのだから。
不思議な感覚を覚えながら、感嘆の声が漏れた。




