想いⅡ
オレンジが香るパンを齧り、ひしと噛み締める。
「クレスタの館ってどんな所なんだろうな」
ぽつりとアレクが呟いた。それにクラウが答える。
「豪華な屋敷を想像してたけど……違うのかな」
「こんな辺鄙な所に、んな豪華な屋敷なんか建てるか?」
「貴族の別荘とかさ」
別荘を建てて、呪いに関わる何らかの痕跡を残した。そう言うことだろうか。
「う~ん……」と唸りながら、エメラルドで見た貴族の邸宅を思い返してみる。
あれだけ大きな建物なら、主も知らない何かが残っているのかもしれない。
「で、その館のどこに呪いを解く方法があるんだ?」
「館にいる人に聞いてみよう?」
「それもそーだな」
アレクは一人納得したようで、うんうんと頷く。
「明日には到着だ。肩に力入れても結果は同じだ。気楽に行こーぜ」
明日、か。明日には、私の命運は決まるのだ。気楽に行ける筈もない。アレクの顔を見ながら、口をへの字に曲げてみる。
「オマエら、そんな顔しなくても良いだろ? 呪いは解ける。オレはそう信じてる」
オマエ『ら』という言葉が引っかかり、クラウとフレアの顔も見てみる。揃って不服そうな顔をしていた。溜め息を吐き、二人に首を振ってみせる。
話し合いが終わったのか、ロイを先頭に使い魔たちがこちらへとやってきた。
「一人でも気楽な方がいないと、上手く行きませんよ。皆さん、出発しましょう」
それもそうか。暗い気持ちばかり引きずっていては、良い結果は生まれない。深呼吸をし、森の新鮮な空気を肺へと送り込む。
きっとなんとかなる。みんなと合わせて立ち上がり、カノンのリングを握り締めた。
森を歩くのも、段々と苦痛になってくる。曇天のせいもあるけれど、日差しはあまり届かないし、景色が変わり映えしない。道の傍らで咲く野花に気持ちを持っていくことしか出来なかった。
「あれ、なんていう花だろう。可愛い」
六枚の花弁を持つ白い花を指差し、心をときめかせる。
「それはタマスダレですね。別名、レインリリーとも言います」
後ろからアリアが解説をしてくれた。雨に咲く百合――別名も可愛らしい。
次にマーガレットに似た黄色の花を指差す。
「じゃあ、あの黄色い花は?」
「ウツクシナです」
変わった名前だ。目を凝らしてみると、蜜蜂らしき虫が一匹だけ飛び回っている。
自然はこんなにも逞しい。地震があったばかりなのに、花は咲き、虫も活動している。
そして、昨日見た村の惨状がちらりと思い返される。胸が痛み、唇を嚙み締めた。
「ミユ」
声にはっとし、顔を上げた。青の瞳が私を見詰めている。縋るように、その左手を握り締めた。クラウもしっかりと握り返してくれる。
そんな時、道が右へと曲がった。まっすぐに行った先には、水面のようにキラキラと光を反射する何かがある。もしや、湖だろうか。
「あの湖の辺りでテントを張りましょうか。魚もいっぱいいるでしょうし」
嫌でも意識してしまう。百年前に想いを伝え合った日を。影と戦った日を。
ロイの声を曖昧に聞き、ごくりと生唾を飲み込んだ。
湖があるからと言って、何かが起こると決まった訳ではない。恐らく、あの湖とは違う場所だ。落ち着け自分、と深呼吸をしてみる。
道を進めば進む程に、眼前には湖が広がっていく。湖水は茶色く濁ってはいるものの、波打つ水面は太陽の光を嫌と言う程に反射させる。小川は湖から流れていたものだった。木製の橋を渡ると、湖畔が視界を占める。
先頭が足を止め、こちらに振り返った。
「到着ー! 休みましょう!」
「ミユ、ちょっとこっちに来て欲しい」
「えっ? うん……」
返事をするや否や、クラウは私の手を引いて足早に湖を目指す。
どうしよう。もしかしたら、もしかするのかもしれない。緊張は最高潮に達していた。
クラウが足を止めたのは湖の水際だった。靴が濡れてしまわないように気をつけながら、小石が転がった畔に腰を下ろす。
景色を楽しんでいる余裕はない。心臓が喉から飛び出そうだ。
「俺、ミユに話がある」
「何?」
声だって上擦ってしまっただろう。
湖の方を見ていた青い瞳は、まっすぐにこちらを向いた。
「俺、ミユのことが好きだ」
瞬間、顔が火を噴いた。時が止まったかのように感じられる。
風が私たちの間を駆け抜け、また時間が動き出す。
「私も……好き。クラウのことが好き。だけど……」
「……何?」
俯き、なんとか自分の想いを伝えようと試みる。唇は僅かに動くのに、声が出てくれない。
もう一度声を出せるまでには、数分かかったように感じられた。
「クラウが好きなのは、私とカノン……どっち?」
言った瞬間、クラウは目を見開く。また、数秒間の間が開いた。
「確かに、きっかけはカノンだった。でも、今の俺はミユのことが好きだ。断言出来るよ」
「ホント?」
「うん」
私を見る瞳は、まったくブレていない。深い青に吸い込まれそうになる。
「ミユが好きなのも、リエルじゃなくて、俺?」
「うん。最初からクラウのことしか見えてなかった」
「良かった……」
ここにきて、初めてクラウの瞳が揺らいだ。
どちらからともなく互いの体温を求め、抱擁を交わす。




