災禍Ⅲ
「駄目だ、アリアを待とう。俺たちだけで行くには危険過ぎる」
フレアとともに頷いて見せると、ロイも神妙な顔つきで頷く。
「ミユ様のお熱は?」
「それが不思議なんだけど、下がったみたいなの」
答えると、ロイは眉間にしわを寄せた。
「タイミングが良すぎますが……今は考えないでおきましょう」
一呼吸置き、ロイは頭を下げる。
「では、私は戻ります」
「うん。アリアを頼んだ」
力強い笑みを見せると、ロイは踵を返し、静かに部屋を出て行った。
フレアは立ち上がり、椅子へと移動した。小さな溜め息を吐き、頬に睫毛の影を落とす。
「どうして、こんなことに……」
小さな呟きに答えられる者はいない。どんよりとした空気が部屋の中に充満する。その重りを打ち破るかのように、クラウは小さく口を開いた。
「俺、ミユに謝らなくちゃいけないことがある」
青の瞳はまっすぐに私を見る。
「魔法を無理やり使えるようにさせようとしたり、部屋に置き去りにしたり、勝手にくよくよしたり、走り込みさせたり、上げたらキリがない。いっぱい振り回してごめん」
クラウが頭を下げると、今度はフレアがあたふたしてしまった。
「そんなの、あたしだって同じだよ。ミユのことを気にかけてあげる余裕はなかったし、走り込みだって反対しきれなかったし。ホントにごめんなさい」
次いでフレアも頭を下げる。
皆は何も悪いことをしていない。私を思ってのことだ。クラウに至っては、部屋に置き去りにしたのも、くよくよしたのも、どちらも神のせいなのだから。勢い良くブンブンと首を振ってみせる。
「私は何とも思ってないよ。寧ろ感謝してるの。だから、頭を上げて?」
握っている右手に左手を添える。ふっと顔を上げたクラウの頬は桜色に染まっていた。
「二人とも、ありがとう」
フレア、そしてクラウと視線を移動させる。クラウの頬は林檎色へと変わった。
フレアはふふっと笑い、首を横に振る。
「お礼を言われるようなことなんてしてないよ。ね、クラウ」
「うん」
「それでも、ありがとうなの~」
皆には感謝してもしきれないのだ。影の脅威を退けるために、あらゆる手を尽くそうとしてくれているのだから。
クラウは目を瞬かせると、視線を左へと流す。
不意に聞こえた蝶番の音に振り向いてみると、アレクが大皿を持って戻ってきたところだった。皿に入っているのはパンだろうか。
「待たせたな。時短で作ろーとしたら、サンドイッチになっちまった。腹持つか?」
「あたしは十分だよ。具は?」
「残りもんのハムとかハンバーグだ」
「思ったより豪勢」
フレアはアレクがテーブルに置いた大皿を覗き込み、ふふっと笑う。アレクもにかっと笑うと、こちらを見遣った。
「オマエらもこっち来い。冷めちまうぞ」
「うん」
どちらからともなく立ち上がり、テーブル席へと着いた。飲み物が見当たらないけれど、洗面所の蛇口からは水が出る。グラスも足りるので、なんとかなるだろう。
椅子がきちんと四脚あって良かった。今日の夕食は美味しく食べる事が出来た。
この時、私はあまり理解していなかったのだ。地震で多くのものが犠牲になったことを。影の脅威に晒されているのは私たちだけではないことを。
地震を止められていれば、どれ程良かっただろう。そう思い至るには時間がかかってしまった。
* * *
アリアが目を覚ました。カイルからそう伝えられるまでには丸一日が経過していた。空の色は紫色に変わっていた。
カイルを先導に三階のとある一角を訪れると、ロイとサラの出迎えを受けた。
小さな緑色の部屋に足を踏み入れると、ベッドにはアリアの姿がある。
「アリア……!」
クラウ、アレク、フレアを取り残し、ベッドへと縋るように駆け寄った。
「目が覚めてホントに良かった……!」
「もう大丈夫ですよ」
アリアは布団の中でにこっと微笑む。
布団の中を弄り、アリアの手を探す。すると、アリアの方から右手を出してくれた。その手を両手でしっかりと包み込む。
「出来れば明日、ここを出発したい。無理は承知だ。受けてくれるか?」
アレクの声に、アリアはこくりと頷く。
「勿論です。一日でも早く向かいましょう。こんな時に足止めしてしまって申し訳ありません」
「アリアのせいじゃねぇ。アリアはミユの命を守ってくれたからな」
頭に何かがふわりと触れた。振り返ってみると、アレクが優しく微笑んでいた。
アリアは激しく首を振る。
「私は使い魔としての役目を果たしただけです。お礼を言われるような事はしていません」
「私たちからもお礼を言いたい」
矢継ぎ早に話したのはカイルだった。こちらに歩み寄ると、アリアの頭を撫でて微笑んだ。
「アリアが的確な行動をしてなかったら、私も地震に巻き込まれてただろうし、クラウ様にもお伝え出来なかっただろうから。ありがとう」
ロイとサラも頷いている。アリアは恥ずかしかったのか、ぽっと頬を薔薇色に染めた。
その光景に、クラウは微笑んだ。
「ゆっくり休めるのも今日だけだよ。今日くらい、美味しいもの食べて、めいいっぱい眠ろう」
「そうですね。俄然やる気が出てきました! 今日の夕飯は私が作ってきます!」
カイルは誰の意見も聞かず、一目散にキッチンへ向かったようだ。ドアも閉めずに廊下の奥へと消えていく。
「エビグラタンに、ホタテのアヒージョに、えーっと――」
微かにカイルの声が聞こえる。どうやら今日の夕食は海鮮料理になりそうだ。
七人で話に花を咲かせる。その中でも明日には旅立つという緊張感を持ちつつ、呪いが解けるという希望に胸を膨らませた。




