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【完結・改訂版】異世界で魔法を手にしましたが、前世の記憶と呪いもついてきました~green side story~【第一部】  作者: 七宮叶歌
第19章 災禍

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災禍Ⅲ

「駄目だ、アリアを待とう。俺たちだけで行くには危険過ぎる」


 フレアとともに頷いて見せると、ロイも神妙な顔つきで頷く。


「ミユ様のお熱は?」


「それが不思議なんだけど、下がったみたいなの」


 答えると、ロイは眉間にしわを寄せた。


「タイミングが良すぎますが……今は考えないでおきましょう」


 一呼吸置き、ロイは頭を下げる。


「では、私は戻ります」


「うん。アリアを頼んだ」


 力強い笑みを見せると、ロイは踵を返し、静かに部屋を出て行った。

 フレアは立ち上がり、椅子へと移動した。小さな溜め息を吐き、頬に睫毛の影を落とす。


「どうして、こんなことに……」


 小さな呟きに答えられる者はいない。どんよりとした空気が部屋の中に充満する。その重りを打ち破るかのように、クラウは小さく口を開いた。


「俺、ミユに謝らなくちゃいけないことがある」


 青の瞳はまっすぐに私を見る。


「魔法を無理やり使えるようにさせようとしたり、部屋に置き去りにしたり、勝手にくよくよしたり、走り込みさせたり、上げたらキリがない。いっぱい振り回してごめん」


 クラウが頭を下げると、今度はフレアがあたふたしてしまった。

 

「そんなの、あたしだって同じだよ。ミユのことを気にかけてあげる余裕はなかったし、走り込みだって反対しきれなかったし。ホントにごめんなさい」


 次いでフレアも頭を下げる。

 皆は何も悪いことをしていない。私を思ってのことだ。クラウに至っては、部屋に置き去りにしたのも、くよくよしたのも、どちらも神のせいなのだから。勢い良くブンブンと首を振ってみせる。


「私は何とも思ってないよ。寧ろ感謝してるの。だから、頭を上げて?」


 握っている右手に左手を添える。ふっと顔を上げたクラウの頬は桜色に染まっていた。


「二人とも、ありがとう」


 フレア、そしてクラウと視線を移動させる。クラウの頬は林檎色へと変わった。

 フレアはふふっと笑い、首を横に振る。


「お礼を言われるようなことなんてしてないよ。ね、クラウ」


「うん」


「それでも、ありがとうなの~」


 皆には感謝してもしきれないのだ。影の脅威を退けるために、あらゆる手を尽くそうとしてくれているのだから。

 クラウは目を瞬かせると、視線を左へと流す。

 不意に聞こえた蝶番の音に振り向いてみると、アレクが大皿を持って戻ってきたところだった。皿に入っているのはパンだろうか。


「待たせたな。時短で作ろーとしたら、サンドイッチになっちまった。腹持つか?」


「あたしは十分だよ。具は?」


「残りもんのハムとかハンバーグだ」


「思ったより豪勢」


 フレアはアレクがテーブルに置いた大皿を覗き込み、ふふっと笑う。アレクもにかっと笑うと、こちらを見遣った。


「オマエらもこっち来い。冷めちまうぞ」


「うん」


 どちらからともなく立ち上がり、テーブル席へと着いた。飲み物が見当たらないけれど、洗面所の蛇口からは水が出る。グラスも足りるので、なんとかなるだろう。

 椅子がきちんと四脚あって良かった。今日の夕食は美味しく食べる事が出来た。

 この時、私はあまり理解していなかったのだ。地震で多くのものが犠牲になったことを。影の脅威に晒されているのは私たちだけではないことを。

 地震を止められていれば、どれ程良かっただろう。そう思い至るには時間がかかってしまった。

 

 * * *


 アリアが目を覚ました。カイルからそう伝えられるまでには丸一日が経過していた。空の色は紫色に変わっていた。

 カイルを先導に三階のとある一角を訪れると、ロイとサラの出迎えを受けた。

 小さな緑色の部屋に足を踏み入れると、ベッドにはアリアの姿がある。


「アリア……!」


 クラウ、アレク、フレアを取り残し、ベッドへと縋るように駆け寄った。


「目が覚めてホントに良かった……!」


「もう大丈夫ですよ」


 アリアは布団の中でにこっと微笑む。

 布団の中を弄り、アリアの手を探す。すると、アリアの方から右手を出してくれた。その手を両手でしっかりと包み込む。


「出来れば明日、ここを出発したい。無理は承知だ。受けてくれるか?」


 アレクの声に、アリアはこくりと頷く。


「勿論です。一日でも早く向かいましょう。こんな時に足止めしてしまって申し訳ありません」


「アリアのせいじゃねぇ。アリアはミユの命を守ってくれたからな」


 頭に何かがふわりと触れた。振り返ってみると、アレクが優しく微笑んでいた。

 アリアは激しく首を振る。


「私は使い魔としての役目を果たしただけです。お礼を言われるような事はしていません」


「私たちからもお礼を言いたい」


 矢継ぎ早に話したのはカイルだった。こちらに歩み寄ると、アリアの頭を撫でて微笑んだ。


「アリアが的確な行動をしてなかったら、私も地震に巻き込まれてただろうし、クラウ様にもお伝え出来なかっただろうから。ありがとう」

 

 ロイとサラも頷いている。アリアは恥ずかしかったのか、ぽっと頬を薔薇色に染めた。

 その光景に、クラウは微笑んだ。


「ゆっくり休めるのも今日だけだよ。今日くらい、美味しいもの食べて、めいいっぱい眠ろう」


「そうですね。俄然やる気が出てきました! 今日の夕飯は私が作ってきます!」


 カイルは誰の意見も聞かず、一目散にキッチンへ向かったようだ。ドアも閉めずに廊下の奥へと消えていく。


「エビグラタンに、ホタテのアヒージョに、えーっと――」


 微かにカイルの声が聞こえる。どうやら今日の夕食は海鮮料理になりそうだ。

 七人で話に花を咲かせる。その中でも明日には旅立つという緊張感を持ちつつ、呪いが解けるという希望に胸を膨らませた。

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