災禍Ⅱ
アリアの声に共鳴するように、大地が唸り声を上げ始めた。風が止み、木々が騒めく。と同時に、強烈な振動が襲い来る。家具たちがガタガタと嫌な音を立てる。
思わず頭を抱えた。
「早く!」
アリアが叫ぶや否や、他の使い魔たちの姿は掻き消えた。
アリアは私の身体に覆い被さる。
「怖い……!」
「仕方ありませんね」
呟く声が聞こえたかと思うと、周囲に光が満ち溢れ、浮遊感に捕らわれた。この感覚はワープだ。
私は魔法を使っていないのに、どうして。訳が分からずに震えていると、私に掴まっていたものが離れ、重たいものの落ちる音が響いた。
「アリア……!」
私の隣に横たわるアリアの額には汗が滲み、その呼吸も荒い。
「どうして?」
何故、こんなことになってしまったのだろう。涙が溢れ、滴り落ちる。
ふらつく身体を無理やり起こし、アリアの肩を軽く揺さぶった。
「アリア!」
「ミユ様……。良かった……」
囁くと、緑の瞳は瞼に閉ざされた。
「やだ……。アリア……!」
叫んでみても、反応は返ってこない。死んでしまったらどうしよう。
怖くなり、彼女の身体に縋り、声を上げて泣いた。丁度そんな時だった。
「ミユ!」
足音が聞こえる。誰かが近づいてくる。
振り返ると、そこにはクラウとカイルの姿があった。走り寄ってくるクラウに反射的に飛びついた。
「アリアが……! どうしよう……!」
わんわんと泣く私の背中を、大きな手が優しく撫でる。
「カイル、アリアの様子は?」
「確かなことは言えませんが、あの状況です。魔法陣なしでミユ様をワープさせたのでしょう」
「そんな、無茶な!」
「ミユ! アリア! 無事か!?」
「地震があったってホントなの!?」
どうやらアレクとフレアも来てくれたらしい。でも、私の頭はアリアのことでいっぱいだ。泣くことしか出来ない。
「そんなの、後で良い! 俺はミユを運ぶから、カイルはアリアを運んで!」
「分かりました!」
背中と膝の裏に何かが触れると、身体がふわりと浮いた。揺れる身体、足音、それらをなんとなく感じる。
扉の開く音が聞こえると、フカフカな物の上に座らされた。これは多分、ベッドだ。
顔から両手を退けると、隣にはクラウが座っていた。私の右手を取り、ぎゅっと握り締める。目の前にはアレクとフレアがしゃがみ込み、私に優しい眼差しを向けてくれていた。
「ここはダイヤだよ。もう安全だから」
「アリアは?」
「使い魔が見てくれてるから。心配しなくて良い」
クラウの言葉を、アリアの生命力を信じるしかないだろう。小さく頷き、口を結ぶ。
「混乱してるだろーけど、聞かせてくれねぇか? 影が現れたのはホントか?」
アレクの問いに、こくりと頷く。
「地震が起きたのもホント?」
フレアの問いにも、こくりと頷く。
「ヤベぇな……時間がねぇ……」
私の呪いを解く時間は、果たして残されているのだろうか。心臓が嫌な鼓動を始める。左手で胸を押さえつける。
「でも、どうしてエメラルドだけに災害が? トパーズにも、サファイアにも、何も起きてないでしょ?」
「エメラルドに呪いを解く手がかりがあるからだろ。そのうち、世界中で災害が多発するかもしれねぇ」
百年前と同じことが起きるというのだろうか。ごくりと生唾を飲み込む。
「ミユの熱が下がって、アリアも回復したら、すぐにエメラルドに行くぞ。戦いになる前に、ぜってぇミユの呪いは解かなくちゃな」
アレクの言葉に、クラウとフレアは無言で頷いた。
そうだ。三人も呪いを解く方法を探してくれていたのではないか。その結果はどうだったのだろう。
「みんなの結果は?」
三人に聞こえるか聞こえないかと言う程の声量で問いかける。三人は一様に俯いてしまった。
「済まねぇ。オレは、何も見つけられなかった」
「あたしも」
「俺もだよ」
ルイスとオリビアから聞いた方法に賭けるしか道はない。そう言うことだ。
大丈夫だ。きっと、呪いは解ける。信じよう。
「きっと、呪いは解けるよ」
自分にも言い聞かせるように呟き、三人に微笑んで見みせた。笑顔の輪は広がっていく。
「そういえば、ミユ、熱は?」
クラウの右手が私の額に触れる。温かい。
「熱が引いてる?」
「えっ?」
言われて初めて気づいた。寒気はないし、身体の怠さもない。
「熱っぽさが……なくなったみたい」
「んな都合の良いことあるか?」
アレクは眉間にしわを寄せる。
「前に影が接触してきた時に、ミユに魔法をかけた、なんてことはねぇよな」
有り得ない話ではない。影は用意周到な性格だ。
「いや、考えても仕方ねぇか。今のは忘れてくれ」
「忘れられる訳ないじゃん。影は、そういう奴だよ」
「そう、だったな」
アレクは大きく息を吐き出し、首を横に振る。フレアも思い詰めた様子で俯いてしまった。
その時、私のお腹が限界を迎えたようだ。緊張感のない音が部屋に鳴り響く。瞬時に顔が高温を発した。俯いて、なんとか顔を隠してみる。
「六時か。そりゃ、腹も減るな」
間を置き、手を合わせる音が聞こえた。
「飯作ってきてやるからよー、ちょっと待ってろ。なんかあったら、すぐに呼びに来るんだぞ」
顔を上げた時には、アレクはこちらに背を向けていた。片手をヒラヒラと振り、部屋を後にする。
すぐにアレクと入れ違いでロイがやってきた。
「アリアの様子はどう?」
「まだ意識が戻りません。回復まで二、三日かかるかもしれません」
ロイの返事に、クラウは顎に手を当てて「うーん」と唸り声を上げる。




