災禍Ⅰ
熱が出て、早五日が経った。体温は高いまま、なかなか引いてくれない。
アリアは私の看病の為と防守のために、この部屋を離れることが出来なかった。聞き込みも出来ないし、蔵書を調べることも出来ない。
流石にまずいとは思うのに、身体が言うことを聞いてくれない。
ぎゅっと布団を握り締め、粥の入っていた皿を持つアリアを見詰めてみる。私の間近でアリアは目をぱちくりとさせた。
「どうなさいましたか?」
「早く、皆に知らせなきゃ」
アリアはむっとした表情へと変わる。
「お熱を下げる方が先です」
「そんなこと言ったって~」
役割を果たしているのかどうかも怪しい、額の上の水嚢を見遣った。
「いつになったら熱が下がるの~」
「そう仰られましても……」
アリアに言っても仕方がないのは分かっている。
けれど、これだけは言わせて欲しい。
「アリア、皆に伝えてきて。一つだけ、呪いが解けるかもしれない方法が見つかったことと、私が熱を出して動けないこと」
「ですが、ここを離れる訳には……」
「お皿を片づけるついでだと思って、お願い」
尚もアリアを見詰めてみる。
観念したのか、アリアは細い息を吐く。椅子から立ち上がり、テーブルに皿を置いた。
「口伝では時間がかかります。メモを置いてきましょう。今は、皆様方は出かけておいでだと思いますし」
「うん」
アリアは部屋を動き回り、紙とペンを用意する。椅子に座り、何かを書き連ねると、その三枚の紙を手にこちらへ戻ってきた。
「一分以内に戻ってきます。もし何かあったら、絶対に悲鳴を上げてください。私も気づくのが早くなりますから」
「分かった」
「では、行ってまいります」
アリアは頷き、瞼を閉じる。ウサギの姿に変わると、光に包まれて掻き消えてしまった。
一分くらいなら、きっと大丈夫だ。そう高を括った。
みんなは何か発見があっただろうか。あったら良いな、と淡い期待を抱いてしまう。一つよりも二つ、更に三つの方法があった方が、呪いを解ける可能性は高くなるからだ。
小さく溜め息を吐き窓の外へと目を遣った。今日の天気は曇りだ。一羽の白い小鳥が窓を横切った時、アリアは無事に帰還した。
「目のつきやすい所に置いてきた筈です。メモを見たら、一度エメラルドに来るようにと使い魔には伝えています」
良かった。これで、私の心配事は一応解決しただろう。安心すると、眠気が襲ってきた。瞼が重い。
「ミユ様、一度眠ってしまわれては?」
「うん、そうする……」
ぼんやりとする頭で頷き、そっと瞼を閉じた。
夢は見なかった。ううん、覚えていないだけなのだろうか。
深い息を吐き、窓を見遣る。空の雲は僅かに黄色みを帯びていた。
「あっ! ミユ様がお目覚めに」
「ご気分はどうです?」
この声はアリアではない。カイルとロイだ。ゆっくりと首を動かすと、アリアとカイル、ロイ、それにサラの姿もある。
「みんな、来てくれたの?」
「はい。アリアのメモを読みましたから」
使い魔は揃って笑顔で頷いてくれた。
「それにしても、五日間も熱が冷めないなんて。よっぽど疲労が溜まってらっしゃったのかな」
「多分、心労だよね。百年前のことを思い出されてから、色々なことがあり過ぎたから」
「お身体もだよ。走り込みしていらっしゃったし」
カイルは「はぁ……」と大袈裟に溜め息を吐く。
「ミユ様に無理させ過ぎなんだよ、クラウ様は」
「アレク様もだよ。賛成は同罪」
「叱ったらしょんぼりしてたから、効果があれば良いんだけど」
「私もアレク様をちゃんと叱らなきゃ」
カイルとロイは揃って溜め息を吐く。
「言うことを聞いてくれない主を持つと、お互い大変だね」
「うん」
今度は二人で肩を叩き合い、互いを慰め合っている。
ぼんやりと眺めていると、アリアが近づいてきた。水嚢を避けると、冷たい手を私の額に乗せる。
「まだ熱が下がらない……。どうなっているのでしょう」
私に聞かれても、原因は分からない。首を傾げると、サラもこちらにやってきた。手を口に添え、アリアにヒソヒソと何かを伝えているようだ。
「身体の危険信号、もっと休めっていうこと、うんうん」
アリアが頷くと、サラは手を引っ込めた。
「結論、お熱が下がるまで休みましょう」
結論も何も、アリアの言い分は全く変わっていないと思う。思わず小さく笑ってしまった。
カイルとロイは安堵の息を漏らす。
「笑えるのなら、安心致しました」
「快方ももうすぐでしょう」
「そうだと良いんだけど」
早く熱が下がれば良いな。祈りながら、天井を見た。一瞬、黒い靄のようなものが過った気がする。
「えっ?」
その瞬間、氷柱が私の上を通ったのだ。それは轟音を立て、壁に突き刺さる。
殺気が私を覆い尽くす。
「ミユ様!」
悲鳴にも似たアリアの声とともに、何かが私に被さった。この赤髪はサラだ。
恐ろしくて、なかなか視線を動かせない。
震えながら声にならない声を発していると、またしても轟音が耳をつんざいた。
「いや……」
確実に影がいる。この部屋が戦場と化している。逃げたくても身体が動かない。魔法を使いたくてもコントロールが出来ない。
こんなところで殺される訳にはいかないのに。
「えっ!? どこに行った!?」
声に気がつき、思わず振り向いてしまった。いる筈の影がいない。殺気も消えた。
また何も危害は加える気はなく、ただ脅しに来ただけだろうか。そう思われた時だった。
「みんな、魔導師様のところに戻って!」
アリアが叫んだのだ。
「そんなこと、出来る訳がないじゃないか!」
「良いから、早く! 地震が……来るの!」




