小さな冒険Ⅳ
前方には人が行き来している様子の窺い知れる道があるようだ。そちらの方へ、アリアはずんずん進んでいく。
開けた視界には、日本とは別世界が広がっていた。
「わぁ……!」
茶、赤、グレー、様々な色の木組みに、白色の漆喰が使用された家々が立ち並んでいる。さながらドイツのような風景だ。店には思い思いのイラストが描かれた看板も掲げられている。可愛らしい家々に、見惚れてしまった。
「ミユ様、こちらです」
これではすぐに迷子になってしまうと思ったのか、アリアは右手を差し出してくる。拒む理由もないので、その手を取った。
街の人たちは笑顔に溢れ、活気に満ちている。世界に危機が訪れているなんて全く知らないようだ。その人たちの間を縫い、足早に石畳を歩く。
歩いているうちに、人通りは少なくなっていった。心なしか、家のサイズも大きくなってきているように思う。そう言えば、店らしき建物もなくなっている。噴水広場を通り抜け、小さな橋を渡る。
「ここからは貴族街です。後、二時間半……」
アリアは懐中時計を確認し、それをポケットに仕舞った。
「ミユ様、急ぎましょう」
「うん」
貴族なんて、遠い国のおとぎ話だと思っていた。そういう人たちもいるのだな、とアリアの後に続く。
「着きました」
アリアの足が止まったのは、一際大きな豪邸だった。躊躇うことなく扉へと近付き、ドアノッカーを叩く。
「どちら様でしょう?」
「ちょっと、魔法のことで伺いたい者です」
『魔法』という言葉で、燕尾服姿の男性の眉間に皺が寄った。
「こちらへどうぞ」
端的に話すと、中へと招き入れられた。エントランスはホールのようになっており、小さなシャンデリアまでぶら下がっている。
男性は私たちを先導し、一つの部屋へと辿り着いた。客間、という場所だろうか。
アリアがソファーに座ったので、私もその横に腰を下ろしてみる。
落ち着かない。緊張でソワソワする。
数分も待たずに、扉が開く。豪華な服装の見た目から、アリアの目的の人物が現れたようだった。
「何故、私が王つきの魔法守護者だと?」
「城で何度かお見かけしていますから」
「それは……。こちらが覚えておらず、申し訳ございません」
三十歳くらいの紳士は、小さく頭を下げる。
「それで、ご用は何でしょう?」
「こちらの方の『呪い』を解く方法を探しているんです」
「どのような呪いなのですか?」
「それはお伝え出来ませんが……刻印はお見せ出来ます」
刻印とは、胸の痣のことだろうか。
アリアが頷いてみせるので、服の襟を掴んでみる。そのままグイっと引っ張ると、呪いの痣が露になった。
「これは……」
紳士の顔が近づいてくるので、思わず顔が熱くなる。
「十三の円に古代語……少しお待ち頂けますか?」
「はい。時間があまりないのですが、二時間くらいは滞在出来ますので」
「分かりました」
笑うこともなく、紳士は丁寧にお辞儀をして部屋から退出した。
教室程の大きさの部屋にアリアとメイド服姿の女性が数人――アリアと会話をするのも躊躇われる。
紅茶を振舞われたものの、二、三口飲んだだけで遠慮してしまった。
「あの方たち、何者?」
「化粧をされているから、身分は高いんでしょうけど……」
メイドたちのヒソヒソ話が聞こえる。
化粧で身分がバレてしまうのなら、明日からはすっぴんの方が良いのかもしれない。ううん、平民では相手にされないのだろうか。
後でアリアに相談してみよう。心に決めた時、再び扉は開いた。
「お待たせい致しました」
先程の紳士は、駆け足で向かいのソファーに腰かける。
「結論から述べます。私の知識不足です」
そんな。やはり、呪いを解く方法なんてないのだろうか。ゆっくりと首を振る。
「資料にも目を通しましたが、それらしきものはありませんでした」
「そうですか。ありがとうございます。他の魔法守護者にも話を聞いてみます」
「是非、そうして下さい」
アリアは私の右手を優しく握る。
「では、失礼致します」
分かっていたことだから、涙は出ない。それでも、心に重い鉛がぶら下がっているかのようだ。
豪邸を出てからというもの、足取りは重い。魔法を使っても気づかれないような路地裏に入ると、二人揃ってワープした。
部屋の時計が告げる時刻は三時五十五分――ギリギリだ。
「またあんな豪邸に行くの? 私、気疲れしちゃった」
てっきり、庶民の人たちに聞き込みをするものだと思っていた。ウサギから人の姿に変わるアリアを見ながら、頭を掻いてみる。
「何言ってるんですか。今日お会いしたのは男爵様です。明日以降お会いするのはもっと身分が上の方ですよ?」
「そんなぁ……」
私では気後れしてしまう。しかし、自分のための調査だ。音を上げる訳にもいかない。
「頑張る」
小さく呟き、両手で拳を作ってみる。
「あと八人、ですね。どなたかが、何かを知っていれば良いんですけど」
アリアは小さな溜め息を吐き、窓を見遣る。丁度、雨粒が窓に当たる音が聞こえ始めた。タイミングが良かったのだろう。
次の日は雨の中を、その次の日は太陽の日差しが降り注ぐ中を懸命に歩き、貴族から話を聞いた。得られた情報はゼロだ。
後、六人――カウントダウンが進む中で、私たちはとある人と出会った。




