小さな冒険Ⅱ
しかし、頷くことは出来なかった。そんな未来が本当にやってくるのだろうか。心のどこかで疑問を感じていたのかもしれない。
「んじゃ、出陣祝いの飯でも食うか! ロイ、頼む」
「作ってあったと思っているんですか? 今は六時、皆さんがお戻りになったのは五時前。料理をしている時間なんてありませんでしたよ」
「はぁっ!?」
「驚くこともないでしょう。一時間以内には作ってきますから」
「また一時間かよ……」
なんとなくアレクとロイの会話を聞きながら、ゆっくりと振り返る。そこには頭を抱えるアレクと、やれやれと肩をすくめるロイの姿があった。
「一時間くらい、すぐですよ。皆、行こう」
「うん」
ロイは先頭を切って退室し、カイルとサラも私たちを気にしながら後に続いた。
置いていかれたクラウとアレクはうんざりした様子だ。
「ミユ様、私も行きませんと」
「あっ、ごめんね」
今頃になってアリアから身体を離し、一歩後退る。アリアは私たち全員に微笑みかけると、閉ざされていく扉の奥へと消えた。
「待つのは仕方ないけど、あたしもちょっとだけ疲れちゃった」
「ちょっとじゃねーよ」
アレクは頭に片手を置き、大きな溜め息を吐く。そこへ、クラウが何かを閃いたように手を合わせたのだ。
「そうだ、皆でトランプでもしない? 部屋から持ってくるよ」
聞き覚えのある言葉に疑問符が浮かぶ。
「えっ? トランプ?」
「あっ、ミユは分かんないか。後でルールを教えるよ」
「ううん、私がいた世界にもトランプがあったから、ビックリしてるの」
「えっ?」
クラウだけではなく、アレクとフレアもぽかんと口を開けている。数秒間、時が止まったかのように感じた。
「ミユが言ってるトランプと、俺たちの言ってるトランプが同じかどうかは分かんないけど……。とりあえず、持ってきてみる」
「あ、あぁ」
首を傾げつつ、クラウは足早に部屋へと向かう。残された私たちは顔を見合わせた。
「異世界なのに、んな偶然ってあるのか?」
「あるからミユもトランプを知ってるんだろうけど……」
アレクとフレアは唸り声を上げる。
「でも、ホントに一緒なのかは分かんないから」
「まぁ、そーなんだけどよー」
私の発言にも納得していないようだ。
それから間もなく、クラウは帰ってきた。手しているのは、やはりカードの束だ。
「これなんだけど……」
座りながら、私にそれを渡してくれる。細かい唐草模様の裏面、見たことのある数字と記号が羅列してある表面、どう考えても地球のトランプと同じだ。
驚いてしまい、なかなか言葉が出てきてはくれない。
「ミユ、ババ抜きって知ってる?」
ぼんやりとクラウの声が聞こえる。
「知ってる。最後までジョーカーを持ってる人が負け」
「じゃあ、ポーカーは?」
「知ってる。賭け事でしょ?」
「遊び方まで一緒……?」
先程のアレクの言葉通り、こんな偶然なんてあるのだろうか。
「遊び方が一緒なら、ルールを教えなくても良いだけでしょ? 気楽に考えよう?」
「そうなんだけどさ」
「じゃあ、ババ抜きしよう? クラウ、トランプ切って」
「う、うん」
不思議で堪らない。フレアが言うのでトランプに興じ始めたものの、終始、不可解で仕方がなかった。使い魔に聞いても理由は分からないと思われたので、疑問をぶつける者もいなかった。
ロイの宣言通り、夕食も一時間で用意された。魚介のパエリアに卵サラダ、ハンバーグにチーズケーキ――多分、美味しかったのだと思う。
* * *
あっという間に一日は過ぎた。朝食は摂ったし、フルートと楽譜、日記などは鞄に詰め込んである。
後は仲間たちと別れの挨拶を交わすのみだ。
アリアと一緒に部屋を出て、会議室へと向かう。その途中でアレク、ロイと出くわした。立ち止まることはなく、アレクの横に並ぶ。
「忘れもんはねぇか?」
「うん、大丈夫。忘れてもすぐに取りに来れるし」
「それもそーだな」
アレクは「ははは」と笑い、私の肩をポンポンと叩く。
「ちゃんと食うもんは食うんだぞ」
「分かってるよ~」
まるで親戚か何かのようだ。思わず小さな笑いが漏れる。
扉を開けると、既にクラウとフレアは窓際で談笑していた。傍にはカイルとサラの姿もある。
一度話を止めて微笑む二人の元へ、トコトコと走り寄った。
「オマエら早かったな」
「持って帰るものなんて、ほとんどないから」
「それはそーなんだけどよ」
フレアの素っ気ない反応に、アレクは頭を掻く。
「何かしてたの?」
「まぁな。これ渡そうと思ってよ」
アレクは小さなクラフト紙の袋をフレアへ手渡した。中身を確認したフレアは目を輝かせる。
「唐辛子のキャンディ……。ありがとう」
「あぁ、また作ってやる」
唐辛子のキャンディで喜ぶなんて、余程辛い物が好きなのだな、と感心してしまった。
クラウも二人の姿を見て苦笑している。
「皆の顔も見れたし、俺は帰るよ。この二週間が勝負だからね」
「あぁ。時間の制約があるのは厳しいけど、文句は言えねぇしな」
「あたしも出来るだけのことはしてくるから」
私のために皆が必死になってくれているのは酷く嬉しい。ただ、無理をしないで欲しいのは事実だ。
「ちゃんと食べてね? ちゃんと寝てね?」
「大丈夫、分かってるよ」
クラウに笑われて、アレクみたいなことを言ってしまったと恥ずかしくなった。紅潮した頬を隠すように照れ笑いをした。
「じゃあ、二週間後に、また」
名残惜しくはあるけれど、時間が勿体ない。挨拶も早々に会議室を後にした。




