特訓Ⅴ
「もう一回、出来る?」
「う、うん。大きさは今くらいで良い?」
「うん」
手を重ねたままなので、顔が近い。青色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
気持ちを切り替えよう。今は先生と生徒――静かに深呼吸をし、息を整える。
精神を研ぎ澄まし、すっと瞼を閉じた。瞬間、手の温もりを強烈に感じ取ってしまった。
魔法は暴発し、巨大な岩壁となって前方を遮る。
水の魔法も放たれたけれど、威力が足りない。水流は二手に分散し、岩を砕くことはなかった。
「えっ?」
呆気に取られたクラウの声が耳に残る。
「ミユ、今のは大き過ぎない?」
「ご、ごめんなさい……」
「いや……これはこれでやってみよう」
クラウが手に力を込めると、今度は激流が飛び出した。岸壁は水に飲まれ、轟音とともに崩れ去る。小道ではなく、太い川が通ったような跡が残った。
「これくらいの威力か……。結構、体力削られる……」
言葉の割に、クラウの息は乱れていない。体力お化けだ。
一方で、私の息は若干上がっている。
「ちょっと休憩しよっか」
「うん」
クラウは手を離すと、大きな溜め息を吐いた後、大の字に寝転んだ。
「実戦だと、今くらいの魔法を連発しなきゃいけなくなるかもしれない」
言われ、百年前の戦いの記憶を引き出してみる。影は自在にワープを使いこなし、ことごとく私たちの魔法を避けていた。体力戦になることは目に見えている。
「私、大丈夫かなぁ。動けなくなりそう」
言った後でまずいと思った。昨日のあの調子だ。体力づくりのために、何か行動を起こされるかもしれない。
「走り込み三十分、休憩三十分ってとこかな」
「えっ?」
「それを一日三時間。魔法の練習の前に組み込もう」
嘘だ。提案を聞いた瞬間、頭が真っ白になっていった。
「そんなの、悪魔が考えることだよぉ」
「戦いに負けるよりは良いじゃん?」
「それは……そうだけど……」
反論の余地がない。このまま受け入れるしかないのだろう。泣きたくなってくる。
しかし、泣き言を言える場でもなく、クラウの隣に寝転がった。
「こうなったらさ、アレクとフレアも巻き込もう。アレクはともかく、フレアだって体力が持たないよ」
「賛成してくれると思う?」
「フレアはどうかな。アレクは賛成してくれそうだけど」
そこはアレクも反対して欲しいところだ。
私の憂鬱な感情を知る由もなく、空は雲一つない晴天が広がっている。
「ミユにはさ、家族っている?」
唐突な質問だった。あまり考えもせず、口を開く。
「うん、両親と妹が一人」
「そっか」
クラウは目を細め、一呼吸置く。
「俺にも、両親と姉さんがいる。それに、友人も。その人たちの命が俺にかかってるって思ったら、どうしようもなく怖いんだ」
言われて初めて気がついた。三人は、この世界に家族がいるのだ。それに、見知った人も。何故、そんなにも普通なことに気づけなかったのだろう。
「怯えてる俺の姿を見たら、きっと笑うんだろうな」
「そんなことないよ」
命を張って世界を守ろうとしている人が笑われるなんて、絶対にそんなことはない。笑う人がいるのなら、それこそ本物の悪魔だ。
「絶対、クラウのことを笑う人なんていないよ」
「ありがとう。やっぱりミユは優しいな」
優しいだなんて。私はまだ、クラウ以上の優しさはあげられていない。首を横に振って見せると、クラウは微笑んでくれた。
やはり、こんなところで弱音なんて吐いていられない。自分にも救える命があるのなら、やれるだけのことはやってみよう。
「休憩終わり」
クラウはゆっくりと起き上がり、腰を上げた。後れを取らないように、私もそそくさと立ち上がる。その時に気がついた。クラウのマントに草原の葉っぱが付着している。染みになったら大変だ。
「ちょっと動かないで」
「えっ?」
振り返りそうになるその背中を追い、マントをパンパンと片手で払った。三枚の葉っぱは衝撃ではらはらと落ちる。
「葉っぱがついてたから」
「ありがとう。ミユの頭にもついてるよ」
言い終わると、大きな手が伸びてきた。そのまま私の頭の葉っぱを摘まんだようだ。
「ありがとう」
思わず笑みが零れる。それにつられたのか、クラウも笑ってくれた。
この日の午前も体力が底をつくまで、魔法に明け暮れたのだった。
* * *
魔法の練習を始めてから二週間が経ち、クラウとの魔法も向上している。結局、走り込みにはアレクが賛同し、午前に取り入れられた。最初は文句を言っていたフレアも、今となってはやって良かったと言っている。
勿論、私だってやって良かったと思っている。集中力も、持久力も養われたからだ。
「そろそろ良いんじゃねーか?」
私とクラウの魔法を見たアレクは笑顔で頷く。フレアも拍手を送ってくれた。
一戸建ての家一軒分の岩が水の力で粉砕され、激流となったのだ。これで褒めてくれないのならどうしようと思った。
「オレらも大分、仕上がったんだ。それで、だ」
アレクは私たちの目を一人ひとり見、真顔を作る。
「明日からミユの呪いを解く方法探しをしようと思う。それぞれの国に散って、各々文献を頼るなり、人に聞くなり、出来ることは沢山ある筈だ。出来るか?」
「出来るかって言われてもさ。俺たち、外に出れないじゃん。本なら城の図書室に行けば良いんだろうけど、それだって許可が下りるか――」
「それはこれから使い魔に頼み込むんだ。一人が駄目なら、二人で協力するまでだろ? オレらならやれる」
その自信がどこから来るものなのかは分からない。でも、私たちが行動するには少しでも制約を取っ払いたい。
「頑張って使い魔を説得しよう。それしかあたしたちに出来ることはないもん」
同じ考えに至ったのか、フレアも語気を少し荒げる。フレアも私を助けるために動いてくれることが素直に嬉しかった。
「皆、ありがとう。そしてごめんなさい」
「ミユが謝んじゃねぇ。謝らなきゃいけねーのはオレらなんだからよ。百年前は死なせちまって、申し訳ねぇ」
それもアレクたちが謝ることではない。原因の全ては影なのだ。この時、私の心の中にアイリスの名前が挙がらなかったことが意外で、驚いてしまった。
「使い魔たちは会議室にでもいるだろ。早速行くぞ」
「うん」
決意を胸に、練習場となった草原を足早に後にした。




