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【完結・改訂版】異世界で魔法を手にしましたが、前世の記憶と呪いもついてきました~green side story~【第一部】  作者: 七宮叶歌
第17章 特訓

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特訓Ⅴ

「もう一回、出来る?」


「う、うん。大きさは今くらいで良い?」


「うん」


 手を重ねたままなので、顔が近い。青色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

 気持ちを切り替えよう。今は先生と生徒――静かに深呼吸をし、息を整える。

 精神を研ぎ澄まし、すっと瞼を閉じた。瞬間、手の温もりを強烈に感じ取ってしまった。

 魔法は暴発し、巨大な岩壁となって前方を遮る。

 水の魔法も放たれたけれど、威力が足りない。水流は二手に分散し、岩を砕くことはなかった。


「えっ?」


 呆気に取られたクラウの声が耳に残る。


「ミユ、今のは大き過ぎない?」


「ご、ごめんなさい……」


「いや……これはこれでやってみよう」


 クラウが手に力を込めると、今度は激流が飛び出した。岸壁は水に飲まれ、轟音とともに崩れ去る。小道ではなく、太い川が通ったような跡が残った。


「これくらいの威力か……。結構、体力削られる……」


 言葉の割に、クラウの息は乱れていない。体力お化けだ。

 一方で、私の息は若干上がっている。


「ちょっと休憩しよっか」


「うん」


 クラウは手を離すと、大きな溜め息を吐いた後、大の字に寝転んだ。


「実戦だと、今くらいの魔法を連発しなきゃいけなくなるかもしれない」


 言われ、百年前の戦いの記憶を引き出してみる。影は自在にワープを使いこなし、ことごとく私たちの魔法を避けていた。体力戦になることは目に見えている。


「私、大丈夫かなぁ。動けなくなりそう」


 言った後でまずいと思った。昨日のあの調子だ。体力づくりのために、何か行動を起こされるかもしれない。


「走り込み三十分、休憩三十分ってとこかな」


「えっ?」


「それを一日三時間。魔法の練習の前に組み込もう」


 嘘だ。提案を聞いた瞬間、頭が真っ白になっていった。


「そんなの、悪魔が考えることだよぉ」


「戦いに負けるよりは良いじゃん?」


「それは……そうだけど……」


 反論の余地がない。このまま受け入れるしかないのだろう。泣きたくなってくる。

 しかし、泣き言を言える場でもなく、クラウの隣に寝転がった。


「こうなったらさ、アレクとフレアも巻き込もう。アレクはともかく、フレアだって体力が持たないよ」


「賛成してくれると思う?」


「フレアはどうかな。アレクは賛成してくれそうだけど」


 そこはアレクも反対して欲しいところだ。

 私の憂鬱な感情を知る由もなく、空は雲一つない晴天が広がっている。


「ミユにはさ、家族っている?」


 唐突な質問だった。あまり考えもせず、口を開く。


「うん、両親と妹が一人」


「そっか」


 クラウは目を細め、一呼吸置く。


「俺にも、両親と姉さんがいる。それに、友人も。その人たちの命が俺にかかってるって思ったら、どうしようもなく怖いんだ」


 言われて初めて気がついた。三人は、この世界に家族がいるのだ。それに、見知った人も。何故、そんなにも普通なことに気づけなかったのだろう。

 

「怯えてる俺の姿を見たら、きっと笑うんだろうな」


「そんなことないよ」

 

 命を張って世界を守ろうとしている人が笑われるなんて、絶対にそんなことはない。笑う人がいるのなら、それこそ本物の悪魔だ。

 

「絶対、クラウのことを笑う人なんていないよ」


「ありがとう。やっぱりミユは優しいな」


 優しいだなんて。私はまだ、クラウ以上の優しさはあげられていない。首を横に振って見せると、クラウは微笑んでくれた。

 やはり、こんなところで弱音なんて吐いていられない。自分にも救える命があるのなら、やれるだけのことはやってみよう。


「休憩終わり」


 クラウはゆっくりと起き上がり、腰を上げた。後れを取らないように、私もそそくさと立ち上がる。その時に気がついた。クラウのマントに草原の葉っぱが付着している。染みになったら大変だ。


「ちょっと動かないで」


「えっ?」


 振り返りそうになるその背中を追い、マントをパンパンと片手で払った。三枚の葉っぱは衝撃ではらはらと落ちる。


「葉っぱがついてたから」


「ありがとう。ミユの頭にもついてるよ」


 言い終わると、大きな手が伸びてきた。そのまま私の頭の葉っぱを摘まんだようだ。


「ありがとう」


 思わず笑みが零れる。それにつられたのか、クラウも笑ってくれた。

 この日の午前も体力が底をつくまで、魔法に明け暮れたのだった。


 * * *


 魔法の練習を始めてから二週間が経ち、クラウとの魔法も向上している。結局、走り込みにはアレクが賛同し、午前に取り入れられた。最初は文句を言っていたフレアも、今となってはやって良かったと言っている。

 勿論、私だってやって良かったと思っている。集中力も、持久力も養われたからだ。


「そろそろ良いんじゃねーか?」


 私とクラウの魔法を見たアレクは笑顔で頷く。フレアも拍手を送ってくれた。

 一戸建ての家一軒分の岩が水の力で粉砕され、激流となったのだ。これで褒めてくれないのならどうしようと思った。


「オレらも大分、仕上がったんだ。それで、だ」


 アレクは私たちの目を一人ひとり見、真顔を作る。


「明日からミユの呪いを解く方法探しをしようと思う。それぞれの国に散って、各々文献を頼るなり、人に聞くなり、出来ることは沢山ある筈だ。出来るか?」


「出来るかって言われてもさ。俺たち、外に出れないじゃん。本なら城の図書室に行けば良いんだろうけど、それだって許可が下りるか――」


「それはこれから使い魔に頼み込むんだ。一人が駄目なら、二人で協力するまでだろ? オレらならやれる」


 その自信がどこから来るものなのかは分からない。でも、私たちが行動するには少しでも制約を取っ払いたい。


「頑張って使い魔を説得しよう。それしかあたしたちに出来ることはないもん」


 同じ考えに至ったのか、フレアも語気を少し荒げる。フレアも私を助けるために動いてくれることが素直に嬉しかった。


「皆、ありがとう。そしてごめんなさい」


「ミユが謝んじゃねぇ。謝らなきゃいけねーのはオレらなんだからよ。百年前は死なせちまって、申し訳ねぇ」


 それもアレクたちが謝ることではない。原因の全ては影なのだ。この時、私の心の中にアイリスの名前が挙がらなかったことが意外で、驚いてしまった。


「使い魔たちは会議室にでもいるだろ。早速行くぞ」


「うん」


 決意を胸に、練習場となった草原を足早に後にした。

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