特訓Ⅲ
その日はアリアの付き添いで就寝し、夜が明けた。私が起きた時にはすでにアリアは起床し、忙しなく動いていた。ぼんやりとした頭でアリアを眺め、口を開く。
「おはよう」
「おはようございます」
「何してるの?」
目を瞬かせていると、アリアは腕で額を拭った。
「部屋の掃除です。何日もお掃除されてないでしょう?」
言われてみると、今まで掃除をする余裕なんてなかったように思う。それにしても、こんなに朝早くから掃除をしなくても、と溜め息が漏れる。
「ミユ様はいつも通りにお過ごし下さい。掃除は私がやっておきますので」
アリアはテーブルに置いてあった茶羽根の埃たたきを手にし、洋箪笥へと向かう。
「ありがとう。そうさせてもらうね」
欠伸を一つし、ようやく身体を起こした。
見られて恥ずかしい物と言えば日記くらいだし、アリアは他人の日記を見るような悪趣味な事はしないだろう。クロゼットの中から一着の白い普段着を取ると、着替えに取りかかる。
「アリア」
「何ですか?」
「魔法の練習には一緒に来てくれるの?」
もし、アリアとカイルも一緒なら、緊張は緩和されるかもしれない。そう思っての質問だった。私が着替え終わるのを待ち、アリアは首を横に振る。
「私は行きませんよ。百年前と同じなら、私たちは何の役にも立てませんし。練習の足手まといになるだけです」
「そっか」
頼りにしていた人物に断られ、肩を落とす。丁度その時、ドアが三度ノックされた。
「ミユ、アリア。朝ごはん食べよう?」
声のした方には、ニコッと笑うフレアの姿があった。
* * *
「んじゃ、この蔦からこっちがオレら、あっちがオマエらの練習場な」
私とクラウ、アレクとフレアが、先日私が魔法で出した蔦を境に向かい合わせで立つ。私たちが素直に頷くと、アレクはにかっと笑った。
「正午には使い魔たちが呼びに来ることになってるからな。お互い頑張ろーぜ」
手を振り合うと、アレクはフレアを顧み、私たちに背を向けた。鼓動は速いけれど、影との戦い本番に比べればなんてことはない。言い聞かせながら振り返り、一度深呼吸をする。
「じゃあ、俺たちも行こっか」
「うん」
小さく頷き、クラウの若干後ろを歩く。
「あのさ」
小さな呟きに、速足で横に並んだ。
「何~?」
「いや……何でもない」
何を言いかけたのだろう。気になり過ぎる。それなのに、聞く勇気がない。
心の中で「う~ん」と唸り声を上げ、小首を傾げる。
「それより、呪いが解けて、影を倒せたら、ミユは何がしたい?」
微笑まれ、顔が一気に熱くなる。
真っ先に思い浮かんだのは、クラウと一緒にいたい、だった。でも、流石にそれを本人に伝えることは出来ず、少しだけ考えてみる。
「皆とのんびりしたい」
昼下がりに他愛もない話をして、皆で仲良く過ごしたい。
答えを聞くと、クラウの笑顔が僅かに曇った気がした。
「そっか。きっと叶えてみせよう」
「うん」
恐らく、望んだ答えが返ってこなかったからだろうな、と思う。素直になれない自分がもどかしい。
「そろそろ良いかな。こっちに向かって魔法を使えば、アレクとフレアを巻き込む心配はないし」
クラウが小さく頷いたのを合図に、揃って足を止めた。
「じゃあ、最初に的当てから始めよっか」
「的当て?」
「うん。ちょっと待ってて」
クラウは深呼吸をすると、地面に向かって右手を翳す。一呼吸置き、前方五十メートルというところだろうか、その辺りに人の背丈ほどの氷柱が姿を現した。
「あれに岩を当ててみて。ただし、あの氷柱と同じ大きさまでの岩で、ね」
みるみるうちに自信が消失していく。今まで岩の大きさまでコントロールしたことはない。ただがむしゃらに魔法を放っていただけだ。
安易に魔法を使うことが出来ず、両手を握り締める。
「大丈夫。イメージを膨らませてみたら良いよ。あの氷柱を岩が貫くところ」
岩が氷柱を貫く――瞼を閉じ、頭をフル回転させる。
多分、出来る。
目を開けると同時に、右手を地面に翳した。地鳴りのような音が響く。
岩は氷柱を貫くことはなく、数メートル手前でそそり立った。しかも、岩はイメージしたものよりも二倍も大きかった。
「嘘~……」
外した。その事実が酷くショックだ。
「まだコントロールが難しいのかな。ここから少しずつ近づけよう」
そう、今はまだ練習だ。何度だってやり直しは出来る。大きく頷き、もう一度、頭の中で想像してみる。
今度こそ上手くいきますように。祈るような気持ちで魔法を使う。不安な気持ちが魔法に伝わってしまったのか、岩は控えめに出現した。場所は氷柱よりも奥になってしまった。
「難しい……」
果たして、魔法を使いこなせるようになる時は来るのだろうか。明るい未来がなかなか見えてこず、膝を抱えてしゃがみ込む。
「諦めちゃ駄目だよ。ミユの魔法は特別なんだ」
「特別?」
「うん。俺たちの中で唯一、命を咲かせられるから。あの蔦だってそうだよ」
クラウが振り向いた先には、天にも届きそうな程の高さの蔦が生えている。
自信を持っても良いのだろうか。しゃがんだままで、今一度、氷柱に狙いを定める。地面が鳴いたのは、先程出した岩と氷柱の中間地点だった。近づいている。
もう少し頑張ってみよう。そう思わせるには十分だった。




