特訓Ⅱ
「アレクの馬鹿〜っ!」
力の限り声を振り絞り、罵る。何故かフレアが吹き出した。
「ミユ、もっと違う言い方があるでしょ?」
「ううん、これが精一杯」
火照る顔を気にも留めず、アレクを睨みつける。他人より怒りを覚えた回数が少ないのか、罵声の浴びせ方がいまいち良く分からない。
「あんま怖くねーな」
「む〜っ!」
アレクも煽るから、私の怒りは加速していく。感情に任せて拳を作り、アレクの胸板を叩く。
「あんま痛くねーな」
「む〜っ!」
「あんまりからかわないであげて。ミユは必死だよ?」
心配とも呆れとも取れる表情で、フレアは腕を組む。先程は笑ったくせに。何故か怒りの矛先が彼女にも向いてしまう。
駄目だ、フレアに罪はない。代わりにもう一発だけ、アレクを叩いた。
「今の八つ当たりじゃねーか?」
「違うもん」
「三人で何してるの?」
アレクでも、フレアでもない声に、はっと我に返る。振り向いてみると、不思議そうにこちらを見るクラウの姿があった。
「コイツがな、オレのことを馬鹿にしてただけだ」
「なんだ、もっと言ってやっても良いよ」
「クラウも煽らないの」
フレアがピシャリと言うと、クラウは不服そうに肩をすくめる。
「でも、俺を殴ったのは事実だし」
「オレの暴力は正当だろ? 文句があるとは言わせねぇ」
暴力に正当も不当もあるものか。一触即発の二人の間に割って入り、アレクに向かって首を振る。
「ミユに感謝するんだな」
アレクは大きく息を吐き出し、長い前髪を掻き上げる。
「全員集まったんだ。これからどーするか話そーぜ」
今までのことがなかったように、アレクの表情には緊張感が増していく。指定席にどかりと腰かけると、気怠そうに腕を組む。フレア、そしてクラウがアレクに続くので、私も駆け足で指定席へと駆け寄り、ちょこんと腰を下ろした。
「オレ、考えてみたんだけどよー」
アレクはすっとフレアの瞳を見詰めると、私、クラウと視線を移動させる。
「例えば、だからな。もし、光の矢が駄目になっちまって、魔法で戦わなくちゃならなくなったら、だ。二手に分かれた方が、魔法の相性良くねぇか?」
「誰と誰?」
「オレとフレア、クラウとミユだ。オレらは風で炎の勢いを強められるし、オマエらは水と岩が混ざって威力が増す」
「その手があるね……」
クラウとフレアは何度か頷いてみせる。
魔法の原理が良く分からない私は、一人で小首を傾げた。
「威力が増す?」
「うん。自然現象に例えてみれば良いよ。俺たちの魔法が土石流で、アレクたちは火災旋風」
どちらも実際に見たことはないので、その威力は想像に過ぎない。ただ、とんでもない魔法が出来そうなことは分かった。
納得したように、アレクは口角を上げる。
「成功するかは分からねぇ。でも、やってみる価値はあるだろ?」
「うん」
「んで、オレとミユ、クラウとフレアはなるべく離れた方が良い。互いの魔法を打ち消し合うからな」
地は風を遮るし、火と水は元より相性が悪い。
何度か頷くと、アレクの次の言葉を待った。
数秒、間が空く。
「オマエらからは何もねぇのか?」
「全部アレクに言われた」
「おい……」
アレクは肩を落とし、盛大に溜め息を吐いた。その後、咳払いをし、その場を取り繕う。
「とりあえず、明日から分かれて特訓な。他に何かあるか?」
「ない」
ということは、明日からの魔法の特訓は、クラウと二人きり――。
次第に顔は熱くなる。頭から湯気が出てしまいそうな程だ。
「ミユ、大丈夫か?」
「へっ? あっ……うん」
まずい。この顔は見られたくない。かと言って、隠す場所もない。仕方なく、俯くしかなかった。
三人の小さな笑い声が耳に残る。その奥で、扉の開く蝶番の音が聞こえた。
「皆様、お食事が出来ましたよ」
「今日はカレーにしてみました」
この声はカイルとアリアだ。
異世界でカレーが食べられるなんて。スパイスの香りに顔を上げると、切り分けられたバケットと深皿に盛られたカレールーが運ばれてきた。異世界のカレーはどんな味なのだろう。
「冷める前に食べよーぜ」
「いただきます」
誰かが食べ始めるのを待たず、バケットをちぎる。それをカレールーに付けると、パクリと頬張った。
「美味し〜」
揚げたパンではないので、カレーパンとは少し食感が違う。それに、このルーは家庭的な味ではなく、本格的な欧風カレーの味だ。
美味しさに顔を綻ばせると、またしても三人はクスクスと笑う。
「ミユの顔を見てると、作り甲斐があるよな」
「そうなんです。いつも喜んで下さるので、運ぶ私も嬉しくなります」
美味しいものは美味しいのだ。感想を伝えなくては、作ってくれた人に申し訳ない。
「今日はサラが料理長ですよ」
「カレーだもんな」
視線を浴びたサラは気まずそうにそっと俯き、フレアに小瓶を渡した。
「これ、唐辛子?」
フレアの問に、サラはこくりと頷く。フレアはサラに微笑みかけ、小瓶の中身をカレーへと注いだ。
そんなに唐辛子を入れても大丈夫なのだろうか。少し心配になりながらも、ゆっくりとカレーを食べ進めた。
今日の食事も満足だ。腹八分目で、量も丁度良い。ナプキンで口の周りを拭い、小さく息を吐く。
食べ終わったのは、私が最後になってしまったらしい。既に、アレクとフレアは楽しげに話をしている。
「これからも、こんな日が続けば良いな」
仲間と楽しく団欒し、のんびりとした時を過ごす。今の私にとって、この穏やかな時間が異常になりつつある。受け入れ難い事実だ。
「ずっと続かせてみせよう?」
「うん……」
励ましてくれるクラウの顔も見ず、睫毛を伏せる。
「俺たちなら大丈夫だよ」
ふわりと掛けられた言葉と共に、柔らかなものが頭に触れた。
「大丈夫」
まるで子守唄のようだ。一気に心が温かくなる。
「もーそろそろオレらは部屋に戻るけど、オマエらはどーすんだ?」
「明日もあるしね。早めに戻るよ」
「そーだな」
アレクとクラウの会話で、一気に現実に引き戻される。こんなにもしばしの別れが早いなんて。ガッカリしてしまう。
私の気持ちを悟ったかのように、クラウは目を細めた。
「また明日も、明後日も、その先だってあるからさ」
そうは言われても、確約されていない未来だ。生き残れる保証はどこにもない。
「私がいるのをお忘れですか?」
声のした方を振り向いてみると、アリアが若干、目を吊り上げている。元々円な目なので、親しい間柄でないと表情の差は分からないだろう。
頼って欲しいのだろうか。疑問には思ったけれど、口にはしなかった。
「アリアもいるなら大丈夫そう」
クラウとアリア、それにカイルの四人で笑い合った。




