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【完結・改訂版】異世界で魔法を手にしましたが、前世の記憶と呪いもついてきました~green side story~【第一部】  作者: 七宮叶歌
第17章 特訓

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特訓Ⅱ

「アレクの馬鹿〜っ!」


 力の限り声を振り絞り、罵る。何故かフレアが吹き出した。


「ミユ、もっと違う言い方があるでしょ?」


「ううん、これが精一杯」


 火照る顔を気にも留めず、アレクを睨みつける。他人より怒りを覚えた回数が少ないのか、罵声の浴びせ方がいまいち良く分からない。


「あんま怖くねーな」


「む〜っ!」


 アレクも煽るから、私の怒りは加速していく。感情に任せて拳を作り、アレクの胸板を叩く。


「あんま痛くねーな」


「む〜っ!」


「あんまりからかわないであげて。ミユは必死だよ?」

 

 心配とも呆れとも取れる表情で、フレアは腕を組む。先程は笑ったくせに。何故か怒りの矛先が彼女にも向いてしまう。

 駄目だ、フレアに罪はない。代わりにもう一発だけ、アレクを叩いた。


「今の八つ当たりじゃねーか?」


「違うもん」


「三人で何してるの?」


 アレクでも、フレアでもない声に、はっと我に返る。振り向いてみると、不思議そうにこちらを見るクラウの姿があった。


「コイツがな、オレのことを馬鹿にしてただけだ」


「なんだ、もっと言ってやっても良いよ」


「クラウも煽らないの」


 フレアがピシャリと言うと、クラウは不服そうに肩をすくめる。


「でも、俺を殴ったのは事実だし」


「オレの暴力は正当だろ? 文句があるとは言わせねぇ」


 暴力に正当も不当もあるものか。一触即発の二人の間に割って入り、アレクに向かって首を振る。


「ミユに感謝するんだな」


 アレクは大きく息を吐き出し、長い前髪を掻き上げる。


「全員集まったんだ。これからどーするか話そーぜ」


 今までのことがなかったように、アレクの表情には緊張感が増していく。指定席にどかりと腰かけると、気怠そうに腕を組む。フレア、そしてクラウがアレクに続くので、私も駆け足で指定席へと駆け寄り、ちょこんと腰を下ろした。


「オレ、考えてみたんだけどよー」


 アレクはすっとフレアの瞳を見詰めると、私、クラウと視線を移動させる。


「例えば、だからな。もし、光の矢が駄目になっちまって、魔法で戦わなくちゃならなくなったら、だ。二手に分かれた方が、魔法の相性良くねぇか?」


「誰と誰?」


「オレとフレア、クラウとミユだ。オレらは風で炎の勢いを強められるし、オマエらは水と岩が混ざって威力が増す」


「その手があるね……」


 クラウとフレアは何度か頷いてみせる。

 魔法の原理が良く分からない私は、一人で小首を傾げた。


「威力が増す?」


「うん。自然現象に例えてみれば良いよ。俺たちの魔法が土石流で、アレクたちは火災旋風」


 どちらも実際に見たことはないので、その威力は想像に過ぎない。ただ、とんでもない魔法が出来そうなことは分かった。

 納得したように、アレクは口角を上げる。


「成功するかは分からねぇ。でも、やってみる価値はあるだろ?」


「うん」


「んで、オレとミユ、クラウとフレアはなるべく離れた方が良い。互いの魔法を打ち消し合うからな」


 地は風を遮るし、火と水は元より相性が悪い。

 何度か頷くと、アレクの次の言葉を待った。

 数秒、間が空く。


「オマエらからは何もねぇのか?」


「全部アレクに言われた」


「おい……」


 アレクは肩を落とし、盛大に溜め息を吐いた。その後、咳払いをし、その場を取り繕う。


「とりあえず、明日から分かれて特訓な。他に何かあるか?」


「ない」


 ということは、明日からの魔法の特訓は、クラウと二人きり――。

 次第に顔は熱くなる。頭から湯気が出てしまいそうな程だ。


「ミユ、大丈夫か?」


「へっ? あっ……うん」


 まずい。この顔は見られたくない。かと言って、隠す場所もない。仕方なく、俯くしかなかった。

 三人の小さな笑い声が耳に残る。その奥で、扉の開く蝶番の音が聞こえた。


「皆様、お食事が出来ましたよ」


「今日はカレーにしてみました」


 この声はカイルとアリアだ。

 異世界でカレーが食べられるなんて。スパイスの香りに顔を上げると、切り分けられたバケットと深皿に盛られたカレールーが運ばれてきた。異世界のカレーはどんな味なのだろう。


「冷める前に食べよーぜ」


「いただきます」


 誰かが食べ始めるのを待たず、バケットをちぎる。それをカレールーに付けると、パクリと頬張った。


「美味し〜」


 揚げたパンではないので、カレーパンとは少し食感が違う。それに、このルーは家庭的な味ではなく、本格的な欧風カレーの味だ。

 美味しさに顔を綻ばせると、またしても三人はクスクスと笑う。


「ミユの顔を見てると、作り甲斐があるよな」


「そうなんです。いつも喜んで下さるので、運ぶ私も嬉しくなります」


 美味しいものは美味しいのだ。感想を伝えなくては、作ってくれた人に申し訳ない。


「今日はサラが料理長ですよ」


「カレーだもんな」


 視線を浴びたサラは気まずそうにそっと俯き、フレアに小瓶を渡した。


「これ、唐辛子?」


 フレアの問に、サラはこくりと頷く。フレアはサラに微笑みかけ、小瓶の中身をカレーへと注いだ。

 そんなに唐辛子を入れても大丈夫なのだろうか。少し心配になりながらも、ゆっくりとカレーを食べ進めた。

 今日の食事も満足だ。腹八分目で、量も丁度良い。ナプキンで口の周りを拭い、小さく息を吐く。

 食べ終わったのは、私が最後になってしまったらしい。既に、アレクとフレアは楽しげに話をしている。


「これからも、こんな日が続けば良いな」


 仲間と楽しく団欒し、のんびりとした時を過ごす。今の私にとって、この穏やかな時間が異常になりつつある。受け入れ難い事実だ。


「ずっと続かせてみせよう?」


「うん……」


 励ましてくれるクラウの顔も見ず、睫毛を伏せる。


「俺たちなら大丈夫だよ」


 ふわりと掛けられた言葉と共に、柔らかなものが頭に触れた。


「大丈夫」


 まるで子守唄のようだ。一気に心が温かくなる。


「もーそろそろオレらは部屋に戻るけど、オマエらはどーすんだ?」


「明日もあるしね。早めに戻るよ」


「そーだな」


 アレクとクラウの会話で、一気に現実に引き戻される。こんなにもしばしの別れが早いなんて。ガッカリしてしまう。

 私の気持ちを悟ったかのように、クラウは目を細めた。


「また明日も、明後日も、その先だってあるからさ」


 そうは言われても、確約されていない未来だ。生き残れる保証はどこにもない。


「私がいるのをお忘れですか?」


 声のした方を振り向いてみると、アリアが若干、目を吊り上げている。元々円な目なので、親しい間柄でないと表情の差は分からないだろう。

 頼って欲しいのだろうか。疑問には思ったけれど、口にはしなかった。


「アリアもいるなら大丈夫そう」


 クラウとアリア、それにカイルの四人で笑い合った。

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