意思表明Ⅲ
この時点で、証言の信用性が高いのはフレアだ。だからと言って、私が見たものを消せる訳でもない。
私はどうすべきなのだろう。
「もし、カノンが見間違えをしたんだとしたら……私、大変なことをしたよね」
「でも、あたしの記憶が百パーセント正しいとは言えないから……」
「カノンを殺した可能性はある?」
「それは絶対にない」
フレアは言い切ると、赤色の目を潤ませる。
これ以上、アイリスを――フレアを疑う必要はあるのだろうか。フレアの行動を見てみれば、自ずと結論は出てくる。私が過去を思い出すまでは、優しく接してきてくれた。その手を私が振りほどいたのだ。
フレアを許す口実を作りたい。
「さっき水の塔に来たのは、私が心配だったから? それとも、ただ怒ったから?」
「勿論、心配だったからだよ」
フレアは両手を握り締め、まっすぐに私を見る。
「でも、私がフレアのことを避けてるのは知ってたよね? それなのに、どうしてあそこに来れたの? なんて言われるか分からないのに」
「それは……」
苦しげに言葉を探す姿に、こちらの胸まで痛くなってくる。
「もう、悲しむ二人は見たくないから。あたしは嫌われてても構わない。でも、黙って見てるだけなんて嫌だから。あたしやアレクもついてるって言うことを忘れて欲しくなかったの。だから――」
「もう良い!」
フレアの気持ちは十分伝わってきた。今まで苦しんできたのはフレアも一緒だったのだろう。これからも互いに苦しみ続ける理由はない。
勿論、疑いは完全に消えた訳ではない。それでも――。
私、決めた。
「私はフレアを許す。カノンの記憶が間違ってたことにする。だから、今度は私に謝らせて欲しいの。ずっと疑っててごめんなさい」
フレアは口を開け、瞳を揺らす。そして、大粒の涙がポロポロと零れた。
「その代わり、カノンの記憶が本物だったら、もう二度と貴女を許せないと思う。それだけは覚悟しといて」
私の言葉を噛み締めるように、フレアは何度か頷く。そのまま両手で顔を覆い、声を上げて泣き出してしまった。
どれ程のプレッシャーが伸し掛っていたのだろう。こんな苦しみを百年間も背負っていたなんて。立ち上がり、フレアの元へ歩み寄ると、その身体を優しく包み込んだ。
「ごめんね」
「ううん。あたしの言葉を信じてくれて、ありがとう」
信じよう、これで良かったのだと。
フレアは泣き止む気配がなく、結局、彼女の部屋へ送り届けることにした。隣の部屋なので、道のりは長くはない。「また後でね」と声をかけ、そっとドアを閉じた。
今日はどっと疲れてしまった。一度ソファーで一休みし、頭をカラにする。
そうだ、なにか気分転換をしよう。テーブルに目をやると、端に追いやられたフルートに気づいた。
そういえば、過去を思い出してから吹く機会がなかった。久し振りに吹いてみようと、フルートを手に取ってみる。パカパカとキーを押す感覚が懐かしい。
ドー、シー、ラー、ソー――ロングトーン練習をしてから、ゆったりした曲調であるG線上のアリアをひと吹きした。アンブシュアがいまいち安定していない。
“それ、なんて言う曲?”
「えっ? G線上のアリアだよ」
“アリアかぁ。もう少し、ちゃんと話がしたかったなぁ”
そうだ。カノンとアリアは「さようなら」を言う間もなく別れてしまったのだ。カノンの感情が移ってしまったのか、寂しさが募る。
思いを馳せて窓を見遣った時、ドアを三回ノックする音が聞こえた。
「ミユ?」
「あっ……」
また騙された。今度こそクラウが来たと思ったのに。
私の心を読んだかのように、アレクは意地悪そうに笑う。
「今、あからさまにガッカリしただろ」
「そんなことないもん」
絶対に分かっているくせに。
口をへの字に曲げてみせると、アレクはにかっと笑った。
「もう大丈夫なの?」
「何がだ?」
「クラウと話しに行ったでしょ?」
「あぁ」
一瞬だけ、アレクの表情が曇ったように見えた。しかし、瞬きをする間に、元の表情に戻っていた。
「アイツごちゃごちゃうるせぇから、オレが黙らせた」
「えっ!?」
黙らせたとは、何をしたのだろう。暴力的なことでなければ良いのだけれど。
おろおろしていると、アレクは「それでよー」と話を切り出した。
「このまま何もしねーで影を迎え撃つ気はねぇ。オマエの呪いを何とかしなくちゃな」
「アレクも動いてくれるの?」
「当たり前だろ。仲間じゃねーか。影の好き勝手に殺らせる気はねぇよ」
「ありがとう……」
私が一人でなくて良かった。こんなにも頼もしい人たちが一緒にいてくれるなんて。
感動に声を震わせると、アレクは照れたように頭を搔いた。
「それで、だ。今のオマエを一人でエメラルドに帰すのは危険過ぎる。だから、明日から四人で魔法の特訓だ」
「特訓……」
確かに、まだ私の魔法は下手くそだ。この機会に、影と互角に戦えるまでに成長しておきたい。
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた。恐らく、私以外の三人は魔法をきちんと使いこなせているだろう。この場を設けてくれるのは、とてもありがたい。
「んなにかしこまんな。それと」
一旦言葉を区切ると、アレクはいつもとは違い優しく笑った。
「フレアのこと、ありがとな」
「フレアに聞いたの?」
「あぁ」
アレクに礼を言われるようなことは何もしていない。むしろ、今まで蔑ろな対応をして申し訳なく思っているのだ。
「んじゃ、夕食の時に呼びに来るからな。ゆっくり休んどけよ」
「うん」
アレクがヒラヒラと片手を振るので、私も手を振り返した。ドアが静かに閉まる。




