意思表明Ⅱ
それからどれくらいの間、魔方陣の上に居座っていたのかは分からない。ただただ悔しくて、意地でも動いてやるものかと歯を食いしばる。
“実結”
カノンに優しく名を呼ばれても、上手く反応が出来なかった。
“そろそろ帰ろう? 実結がダイヤを抜け出したこと、バレてる頃合だよ”
「駄目。神様から何も聞けてないもん」
既に私の頭の中から、抜け出したことがバレてはいけないという考えは消え去っていた。神から直接謝罪があるまで、いつまでも居座る覚悟だ。
“何言ってるの! 実結まで皆に心配かけてどうするの?”
「だって、悔しいんだもん」
“それは分かるけど……”
声から覇気が消えたカノンに、もう言うべきことはない。
いつまで黙りを決め込むつもりなのだろう。神にとって、私はちっぽけな存在なのだろうけれど、あまりにも酷い。
もう一言文句を言ってやろう。そう思った時だ。誰かの足音が聞こえてきたのだ。こちらに近づいてくる。この甲高いヒールの音、そんな筈は――。
まさかと思い、はっと顔を上げた。その瞬間、左頬に衝撃と痛みが走る。その原因になった人物を見上げ、キッと睨みつけた。
「何しに来たの?」
「それはこっちの台詞だよ! 何でこんな所にいるの!?」
薄暗がりで表情は分からない。それでも、フレアの声は震えていた。怒りのせいか、憎しみのせいか、その両方のせいなのか――。
次の瞬間、予期していない事態が起きた。フレアはしゃがみ込み、私の身体を優しく抱いたのだ。
「お願いだから、一人で無茶しないで」
あまりの事に、身体が動かない。ただ、怖い、と思ってしまった。
前世で私を殺したかもしれない人だ。私も殺そうとするかもしれない。
咄嗟にフレアの身体を突き飛ばし、身を縮めた。フレアは小さな悲鳴を上げると、そのまま蹲ってしまった。拒絶されても尚、彼女は口を開く。
「帰ろう? アレクにもクラウにも心配かけたくないから」
「二人とも、フレアがここにいることを知らないの?」
「うん。二人とも、それどころじゃないみたいだから」
「だったら、放っておいて。神様と話したいことがあるの」
きっぱりと言い切ると、今度はフレアが目をつり上げた。
「アレクに言われたよね? 絶対に水の塔には行くなって」
「言われたけど、そんなの三日も前の話だもん」
「仲間の期待を裏切るの?」
これは流石に頭にきた。両手でぎゅっと拳を作る。
「仲間を裏切ったのはアイリスでしょ!? 自分のことを棚に上げたりしないで!」
「あたしは……アイリスは、仲間を裏切ったことなんてない!」
何を言っているのだろう。カノンを殺しておいて。
しかし、それを言ったとしても、した、していないの水掛け論になってしまう。互いに感情は収まらないだろう。
フレアのせいで、真面に神の話を聞ける状態ではなくなってしまった。ここにいる意味はない。
「神様、良かったね。私、神様どころじゃなくなっちゃった。今日はね」
荒々しく言い捨てると、ゆらりと立ち上がった。
「帰る」
天に一瞥をくべ、魔法を発動した。
瞼を開ければ、そこは私の部屋の前だ。一歩足を踏み入れたなら、そこは自分だけの空間だ。一度、気持ちを落ち着けよう。
ドアノブを回し、さっとドアを開ける。
「待って!」
声と共に何かとぶつかり、よろめいてしまった。そのまま部屋へとなだれ込む。後方でドアが閉まると、鍵が締まる音がした。
私の横にはフレアがいた。四つん這いで互いの顔を見る。
――やられた。この鍵はフレアの魔法だ。魔法でかけられた鍵は、魔法を使った本人しか開けることは出来ない。
密室で一番会いたくなかった人と二人きり――何があるか分からない。心臓が妙に脈打ち、嫌な汗までもが滲んでくる。
「フレア、よく私と二人きりになれるね」
「疑いを晴らすためには、こうでもしないと駄目だって分かったから」
「疑い?」
私にとっては、疑いではなく確信に近い。
「あたしたち、エメラルドの湖の近くで仲直りした筈でしょ? どうしてあたしがカノンを殺す、になるの?」
「湖で仲直り? なんのことを言ってるの?」
「えっ? ヴィクトとリエルが魔法対決してた時、あたし謝ったよね?」
ううん、違う。私の記憶では、夜にアイリスと二人で会う約束をしただけだ。
首を横に振ると、フレアは怪訝そうな表情をする。
「何で? あたしとミユで、記憶が⋯⋯違う?」
「えっ?」
記憶が違う――そんなことが有り得るのだろうか。もし、フレアが事実を言っていて、私の記憶が間違っていたなら、ううん、その逆だってある。
私の頭の中は混乱状態だ。正常な判断が出来るとは思えない。
「ごめん。フレア、ちょっと頭を整理させて」
「あたしも……分からなくなってきちゃった」
私はベッドに、フレアは椅子に腰掛ける。顔を合わせることなく、自分自身と向き合う。
私の記憶では、アイリスと二人で会う約束をした。しかし、アイリスは現れることなく、影に呪いをかけられた。その時にようやく、憎らしい笑みを浮かべたアイリスと対面する。
フレアの記憶では、アイリスは今までことを謝罪し、カノンと仲直りをした。その後のことは、まだ分からない。
「ちょっと確認させて。アイリスはあの夜、何してたの?」
「えっ? あたしは、ふっと目が覚めたらカノンの姿がなくなってたから、外まで探しに行ったの。そしたら突然、森の方で爆発音が聞こえて……。そこに行ったら、カノンが倒れてた」
またしても記憶が食い違う。カノンがテントを抜け出した時には、既にアイリスもいなくなっていた筈だ。
「それを証明出来る人は?」
「サラ。あたしについてきてくれたから」
使い魔が証人になるかと問われると疑問は残る。とは言え、アイリスの行動を見ていた人物はいたのだ。
一方で、カノンが目撃したことを証明出来る人物は私しかいない。




