意思表明Ⅰ
「アイツ、相当落ち込んでるみてぇなんだ。オマエからも声かけてやってくれねーか?」
「それくらいなら、勿論」
断る理由なんて無い。恐らく、私の呪いのせいで、クラウは傷ついてしまったのだから。
返事をするなり廊下へと出た。アレクの後を追うのではなく、並んで歩く。逸る気持ちで目的地に着くと、早速ドアを三度ノックした。
「クラウ、大丈夫?」
返事はない。ただ、何もなかったかのように静寂があるのみだ。
「入っても良い?」
またしても返事がない。クラウの神経を刺激しないように、ゆっくりとドアノブを回してみる。
開かない。鍵が締まっているらしい。
他人の侵入をここまで拒むのなら、一人にしてあげた方が良いだろう。ワープをしてまで部屋に侵入するなんて、以ての外だ。
「今はそっとしてあげた方が良いと思う」
「そーだな……」
アレクは頭を掻きながらドアを見遣ると、次に私と視線をすっと捉えた。
「また、様子見に来てやってくれねーか? フレアも一人にはしておけねぇし、頼む」
「分かった」
薄々は勘づいていたけれど、やはりそういうことなのだろう。思い切って聞いてみるのも有りだろうか。
「いつからフレアと付き合ってるの?」
「あ? いや⋯⋯」
「見てたら分かるよ」
アレクは気まずそうに視線を逸らすと、フレアの部屋の方を見る。
「現世からだ。悲しむフレアを放っておけなくてな」
「そっか。それなのに、私のことまで心配してくれてありがとう」
嫌味で言った訳ではない。単純にそう思った。恋人を嫌う異性とは、話もしにくいだろうに。申し訳ない。と思いつつ、悪いのはフレアだという気持ちも消えない。
気持ちの狭間で揺れつつも、今、一番辛いのはクラウだと、なんとか気持ちを切り替えた。
「私、部屋に戻るね。また何かあったら教えて」
「あぁ」
切ない笑顔を残し、アレクは片手を振りながら去っていった。このままここにいたとしても、今の私に出来ることはない。「また来るね」と心の中で呟き、クラウの部屋に背を向けた。
それから三日が経過したけれど、膠着状態が改善することはなかった。
流石に落ち込み過ぎだ。よほど酷い言われ方をしなくては、こうはならないだろう。段々と水の神に怒りが募っていく。
一度、クラウの様子を確認してから、行動を起こすのも良いかもしれない。決めた。
廊下へと飛び出し、クラウの部屋へと向かう。ドアをノックし、反応を窺ってから口を開いてみる。
「クラウ、ご飯食べれてる?」
「……ミユ、アレクを呼んできて欲しい」
僅かな沈黙の後、か細い返事が聞こえた。
「私じゃ駄目?」
「ごめん」
私では力になれないことが、素直に悔しい。でも、あれから初めて話してくれた。一歩前進、だろうか。
「ちょっと待っててね」
「うん」
とにかく、アレクに話を聞いてもらおう。彼が自室にいることを願いつつ、隣の部屋をノックしてみる。返事が聞こえるよりも早くドアが開き、アレクが顔を覗かせた。
「お? どーした?」
「クラウがアレクと話したいみたい」
「やっとか」
アレクはのそのそと部屋から出ると、クラウの部屋へと向かう。
今がチャンスかもしれない。
一度自室へと戻り、身支度を整える。胸にはカノンのリングが煌めいている。
私は許さない。神であろうとなかろうと、クラウを傷つける者には牙を立てよう。誰かに気づかれて追ってくる前に、神と話をつけてやる。
「カノン、応援してて」
“当たり前だよ”
カノンのリングを右手で強く握り、水の塔へとワープした。
一瞬にして寒さが襲う。雪が吹き荒れ、私に叩きつける。視界があまり利かず、恐る恐る塔へと前進していく。
「寒っ!」
両手で身体を抱き、何とか耐え凌いだ。入口はそう離れていなかったらしい。
塔の中は風が遮られているせいか温かい。安堵の息を吐き、身体についた雪を払う。
この光景も、水の神はどこかで見ているのだろう。床から壁、天井まで見渡しても、あの声が聞こえそうな雰囲気はない。
私を無視しているか、馬鹿にしているのだろう。怒りは頂点に達した。
「ねえ、クラウに何て言ったの?」
私の命は諦めろ、とでも言ったのだろうか。
私の反響した声が消える中、見えない天井を睨みつける。
「答えてくれるまで、私は帰らないから」
なんの光も放っていない魔方陣の中央に移動し、その場で座り込む。
「馬鹿だって思われるかもしれないけど、私は生きることを諦めてないの」
クラウが諦めずにいてくれるのに、自ら命を捨てることなんて出来はしない。
「だから、神様も完全否定は止めて! 神様も知らない、呪いを解く方法が何かあるかもって!」
私の声は虚しく空を漂う。もしかして、神はこの声を聞いてすらいないのだろうか。
「ねえ、神様、聞いてる!? 私、本気で神様と話したいだけなの!」
床を拳で叩き、怒りを露わにする。それなのに、何故、こんなにも反応がないのだろう。
「私、皆を……クラウを悲しませたくないだけなの! このまま何も出来ずに死んでいくなんて、絶対に嫌なんだから!」
いつの間にか、両目から涙が溢れていた。髪も振り乱れているかもしれない。もう、なりふり構ってなんていられないのだ。




