知らない過去Ⅲ
「聞いたってことは、見てはいないの?」
「あぁ。オレとフレアも三回転生してるからな。魔導師だった期間が合わない時期もあった。オレとフレアが魔導師じゃなかった空白期間の出来事は、使い魔しか知らねぇ」
「アレクとフレアの前世の寿命が短いのも、カノンのせい?」
「いや。元々、魔導師の寿命は短ぇんだ。四十まで生きられたら良い方だろ」
少しほっとしている自分が嫌になる。クラウの前世を死なせなたのは私なのに。アレクとフレアの前世の死が私のせいではないのなら良かったと、どうしても考えてしまうのだ。
「オレらのことは良い。アイツが今まで、どんな思いで生きてきたのか、少しでも伝わったんなら良いんだけどよー」
頭を搔くアレクに、無言で頷いてみせる。
私も前から分かっていた筈なのに。クラウは私にだけ優しく、温かな笑顔を向けてくれる。
今分かったのは、それは私が特別な存在だから――ずっと探していた相手だから。
こんなにも胸が熱く、痛く、切ない。はらはらと零れ落ちた涙は、テーブルに小さな水溜まりを作っていく。
「オマエのせいじゃねぇ。全部、影のせいだ。それだけは間違うんじゃねぇぞ」
「うん」
アレクの言葉が心に染み渡っていく。その一言がなければ、私は自分自身を責めていただろう。
今、初めて自分の気持ちを認めようと思った。胸の鼓動や高鳴りをカノンのせいにして、優しくされたのは仲間だからと言い訳をして。そんなのはもう止めよう。
私は、クラウのことが好き。この世の誰よりも大好きだ。
私が落ち着いた頃を見計らい、アレクは再び口を開いた。
「にしても、何でオマエだけ百年も転生しなかったんだろうな。カノンに原因があるのか、影に原因があるのか、そのどっちもかもしれねぇけどよー」
「う〜ん、私には分かんないなぁ」
「そーか。にしても、百年だけで良かったよな。もっと年数がかかっちまってたら、アイツ転生する気もなくしてたかもしれねぇし」
それに関しては、ごめんなさいと心の底から謝ることしか出来ない。目を伏せると、アレクは慌てた口調で「いや……」と続ける。
「オマエを責めるつもりはねぇんだ。ただ、不思議に思っただけだ」
「うん、分かってる」
アレクにそのつもりが無くても、私の心には重く伸しかってくる。そろそろ一人になりたくなってきた。
「私、部屋に戻っても良い?」
「あぁ。ただし、ぜってぇに水の塔に行くんじゃねぇぞ」
「うん」
それは約束出来る。クラウの身に危険が迫っていないのなら、行く必要はないだろう。
にかっと笑顔を向けるアレクを顧み、会議室を後にした。廊下はしんと静まり返っている筈だった。
突然、ドアが思い切り閉まるようなけたたましい音が廊下に響く。フレアが立てた音ではないのなら、クラウが帰ってきたのだろうか。
どうしても気になってしまい、慌ててクラウの部屋の前まで急ぐ。本当ならば、そのまま部屋の中へ入ってしまいたかった。しかし、そう出来ない理由があったのだ。
部屋の中から泣き声が漏れていたから。
私の呪いは解けないと、念押しでもされたのだろうか。
今来た道を引き返し、自分の部屋へと向かう。私の両目からも自然と涙が溢れていた。辿り着くと、静かにドアを閉める。そのまま床にへたり込んでしまった。
「何でなの……?」
何故、そんなに残酷なことが出来るのだろう。仮にもこの世界の神であるのなら、少しは希望を与えてくれても良いではないか。
これ以上、クラウを傷付けたくはないのに。ごめんなさい。
その後、どうやってベッドまで辿り着いたのかは覚えていない。瞬きをするような感覚で瞼を開けると、天井が目に映った。布団も身体にかけられ、温かさを感じる。
「あれ……?」
いつの間に眠ってしまったのだろう。何度か瞬きをし、窓の方を見てみる。
ダイヤに来てから、初めての雨だ。恵の雨とは言うけれど、今の私にはカノンとリエルの涙雨としか思えなかった。
もう少し眠ってしまおうか。ううん、その前に。のそのそとベッドから這い出し、重たい身体を引きずりながらドレッサーの前へとやってきた。鏡の前には、あの時クラウがくれたリングが転がっている。この引き出しのどこかに、ネックレスチェーンがあった筈だ。左から順番に開けていく。見つからない。中央の引き出しにもない。では、右側に――あった。
それを丁寧に摘むと、留め具を外した。リングを通し、首に回す。
クラウから想われているとしても、両片思い状態だ。流石にこのリングを指に嵌める勇気はない。それならばと、クラウがしていたように、ネックレスへ通すことにしたのだ。
呪いがあったとしても、影に狙われていたとしても、死にたくない。死ぬ訳にはいかない。これは私の決意だ。ネックレスの先で揺れるリングをぎゅっと握り締める。
そんな時、部屋のドアがノックされた。
「ミユ、話があるんだけどよー」
「何?」
一瞬、クラウが来たかと思ってドキドキしたのに。アレクの声で少しガッカリしてしまった。
次にドアの間から覗かせたアレクは神妙な面持ちだった。戸惑いが残念な気持ちを上回っていく。




