知らない過去Ⅱ
はっと顔を上げると、眠そうではありながらも眉間に皺を寄せるアレクの顔があった。
「こんな朝早くにどーした?」
「アレク、どうしよう! クラウが……!」
「ちょっと落ち着け」
落ち着いていられる訳がない。首をぶんぶんと横に振る。一緒に涙までもが溢れてくる。
「何があったか、一から話せるか?」
「そんな場合じゃない!」
「良いから話すんだ!」
その脅しにも似た声色に、肩がビクッと震えた。言葉が何も出てこなくなる。
「悪ぃ。脅すつもりはねーんだ。アイツは無事だ。安心しろ」
「何でそんなことが分かるの?」
「いや、アイツに口止めされてるからよー」
何のために口止めなんて――。
訳が分からず、揺れる眼差しを向けてくるアレクを見詰めてみる。
それ以前に、何を口止めされているのだろう。私にとって都合が悪いことなのだろうか。堪らず首を傾げてみても、アレクの表情は変わらない。
「何で?」
「いや、本人に聞けよ」
当の本人がこの場にいないのに、聞ける筈がないではないか。口を尖らせてみると、アレクの眉が僅かに動いた。
「ここじゃなんだ、会議室で話そうぜ」
恐らく、フレアを配慮してのことだろう。私はここでも構わないのだけれど、アレクは嫌だったようだ。私の身体を避け、ゆっくりと廊下へと出てきた。
「行くぞ。立てるか?」
「うん」
腰に手を当てたまま、アレクは僅かに微笑む。彼が歩き出す前に、私も立ち上がろう。自分を奮い立たせ、両手を床についた。
「歩きながらでも、何があったのかくらい話せ」
「うん……」
先に歩き出したアレクに遅れを取らないように、駆け足になる。一呼吸置き、何とか口を開いた。
「昨日、喧嘩した後は何もなかったんだけど、今日の朝になってクラウが部屋に来てくれて――」
不安のせいか、若干早口になる。上手く伝えられたのかは分からない。早くクラウの居所を教えて。アレクに訴えるように、語気も強まっていく。
会議室に入り、そそくさと指定席に座る。ようやく話終わると、アレクは頭を抱えた。
「アイツ、オマエに何一つ言わなかったんだな」
「私、仲間を危険な目には遭わせたくないだけなのに……!」
「大丈夫って言っただろ。危険な目に遭うような話じゃねぇ」
アレクは大袈裟に溜め息を吐き、こちらに向き直った。若干、その表情から怒りの感情を読み取れたのは気のせいだろうか。
「それより、アイツを『仲間』って言ったか?」
「それが……何?」
「ただの仲間か?」
それ以外に何があるのだろう。張り詰めた空気感のせいか肯定することも出来ず、ドキドキしながら僅かに首を傾げた。
「……報われねぇよな」
アレクは私から視線を逸らすと、数秒押し黙る。
「口止めなんか、どーでも良くなった。オレはオマエに話がある」
腕を組むと、再びまっすぐな瞳が私を見据えた。
「……何?」
「今、アイツは水の塔にいる」
「じゃあ、助けに行かなきゃ!」
「止めとけ。ろくなことにはならねぇ」
勢い良く立ち上がろうとした所を、アレクは言葉だけで制する。思わず動きが止まった。
「オマエの呪いのことで話があるから一人で来いってよ。神ってヤツが言ってたらしい」
「えっ? でも、私、呪いは解けないって神様の口から聞いたばっかりだよ?」
「それは良く分からねぇけどよ。何でアイツが、ここまでオマエのことで必死になるか分かるか?」
「えっ?」
「アイツは、ずっとオマエを探してたんだ」
言葉の真意が良く分からない。返事が出来ずにいると、アレクは細い息を吐く。
「良いか? アイツには、ぜってぇ話すなよ?」
念を押すように、一言一言をはっきりと話す。私もクラウに言うつもりはないので、無言で頷いた。
「リエルはカノンを助けられなかったことをずっと後悔し続けた。カノンの墓は、影と戦った、あの場所にあるんだけどな? 毎日カノンに会いに行ってたんだ」
その光景は想像に難くない。ぎゅっと胸を締め付けられるような思いに駆られる。
「どこの世界にあるか分からねぇ、あんな場所に毎日ワープだぞ? 心臓が耐えられる筈がねぇ」
――ただの心臓発作だよ――
クラウが言っていたあの言葉が蘇る。
なんということだろう。リエルが亡くなったのはカノンのせいだったのだ。
「もう気付いたみてぇだな。リエルが死んだのは、カノンが死んだ一ヶ月後だった」
耐えられず、涙が一粒零れ落ちた。
「辛ぇ話はまだ続くんだ。悪ぃな、オレの気が収まらねぇからよ」
アレクも睫毛の影を落とす。
「アイツの後悔はその後も続いた。一回、二回、三回転生しても、終わらなかった」
「三回って……百年で三回も?」
「いや、アイツで四回目だ。アイツ以外の三人は、二十五までには死んでるからな」
「えっ……?」
頭がついていかない。何がどうしてそうなっているのだろう。ううん、分かろうとしていないだけなのだろうか。
「無茶ばっかりしやがって。オレらもアイツを止めたんだけどな。全然、聞く耳持たねーし」
勿体ぶらないで教えて欲しい。目で先を促すと、アレクは小さく頷いた。
「アイツ、カノンの転生を信じて、時間が許す限りエメラルド中をひたすら探し回って、その度にワープして……んな無茶な魔法の使い方して、身体が持つ訳がねぇんだよ。三人とも、リエルみてぇな最期だったらしい。カイルから聞いた」
アレクの声が震えている。必死に絞り出した言葉なのだろう。それ以上に、私の心も震えていた。どうしようもない後悔と懺悔の念が津波のように押し寄せる。




